90分の試合を最後まで走り切る。そのために必要なのは、ただ長く走る体力だけではありません。加速・減速・方向転換・スプリントの反復、そしてボールを扱いながらの判断。この記事では、走力を「持久力・スピード・スプリント反復」の3つに分け、12週間で高める練習計画と、週ごとの組み立て方、具体的なメニューまでをまとめました。現場でそのまま使える内容にこだわり、測定→計画→実戦化→振り返りの流れで、あなたの走力を数字と感覚の両方から引き上げます。
目次
はじめに:サッカーで「走り切る」とは何か
走力の定義(持久力・スピード・スプリント反復)
サッカーの走力は、単に長く走る力ではありません。次の3要素のかけ算です。
- 持久力(有酸素):90分間、動き続ける土台。スピードを保つための燃料タンク。
- スピード(加速・最高速):最初の3歩と伸び。相手に先に触る、背後を取る力。
- スプリント反復(RSA):短い全力走を繰り返せる力。試合終盤でも速さが落ちにくい耐性。
この3つをバランスよく鍛えることで、走る量も質も上がり、プレーの選択肢が増えていきます。
90分の運動様式データと実戦で求められる体力要素
多くの試合データでは、フィールドプレーヤーの総走行距離はおおむね9〜12km。そのうち高強度走行(速いラン~スプリント)はおよそ1〜3kmで、全力スプリントは数十回に及ぶことが一般的です。さらに、小さな加速・減速・方向転換は数百回起こります。つまり、必要なのは「長距離を一定ペースで走る力」ではなく、頻繁なスピード変化を支える持久力と、短い高強度を繰り返す能力です。
練習計画の原則(過負荷・特異性・継続性・回復)
- 過負荷:少しずつ負荷を上げる(量・強度・頻度)。
- 特異性:試合で起こる動きに似せる(加速・減速・方向転換・ボール有)。
- 継続性:週のリズムを崩さない。小さな積み上げが効く。
- 回復:休むのも練習。疲労をリセットして次の質を保証する。
現状把握:走力を数値で見える化する
フィールドテスト(Yo-Yo IR1/IR2・クーパー走・30-15IFT)
- Yo-Yo Intermittent Recovery Test(IR1/IR2):20mシャトル往復+短い休憩。
IR1は有酸素寄り、IR2は高強度寄り。合計距離で現状把握できます。 - クーパー走(12分間走):12分で走れた距離を記録。
おおよその最大有酸素速度(MAS)は「走行距離(m)÷720」で算出できます(km/h)。 - 30-15 Intermittent Fitness Test(30-15IFT):30秒走+15秒休を繰り返し、速度が徐々に上がるテスト。
最終到達速度(VIFT)がインターバル強度設定の目安になります。
同じテストを2〜4週ごとに再実施し、伸びを確認しましょう。
スプリントと加速の計測(10m/30m・反復スプリント能力)
- 10m/30mタイム:10mは加速、30mは最高速の指標。スマホのハイスピード撮影や手動計測でもOK(条件は毎回同じに)。
- 反復スプリント能力(RSA):
例:30m×6本、レスト20秒、2セット(セット間3〜4分)。最速タイムと平均タイム、落ち率を記録。
RPE・心拍・簡易GPS/距離計の活用と記録方法
- RPE(主観的運動強度):10段階などでその日のきつさを記録。
「RPE×時間(分)」で1日のトレーニング負荷を推定できます。 - 心拍:安静時心拍の上昇や睡眠の質が低下していないかをチェック。
- 簡易GPS/距離計:スマホのランアプリやトラックの距離表示でもOK。
「同じ場所・同じコース」で比較できるようにしましょう。
期間設計:12週間ロードマップ(オフ~プレシーズン)
フェーズ1(4週):基礎有酸素・動きの質・筋力の土台
- 目的:心肺の土台作り、関節の可動性、基本の筋力。
- 主な内容:テンポ走・ビルドアップ、技術を伴う軽いインターバル、スクワット/ヒンジ/ランジ、RAMP型ウォームアップ。
- 頻度:週3〜5回(うち筋力2回、走2〜3回)。
- 目安:RPE6〜7中心、長めの休憩、フォーム最優先。
フェーズ2(4週):スピード持久・閾値・方向転換耐性
- 目的:速いペースを持続、変化走、方向転換の負荷に慣れる。
- 主な内容:閾値走(ややキツい一定ペース)、30-15IFT基準のインターバル、505系の方向転換ドリル、プライオメトリクス。
- 頻度:週4〜6回(筋力2回、走2〜3回、小人数ゲーム1回)。
- 目安:RPE7〜8、休憩を短めに、進行は漸進。
フェーズ3(4週):試合特異的負荷・RSA・小人数ゲーム
- 目的:試合に近い強度と流れ、スプリント反復の改善。
- 主な内容:RSA(直線/COD混合)、高強度インターバル(VIFT基準)、小人数ゲームでのトランジション強化、短時間の最高速刺激。
- 頻度:週4〜6回(強度高→中→回復→強度中→ゲーム→休)。
- 目安:RPE8前後のセッションを週2回、回復日を確保。
1週間の基本マイクロサイクル例
強度配分の原則(高・中・低の波形と連結)
- 高強度日の前後に低〜中強度を配置し、質を確保。
- 同じ部位への刺激が連続しすぎないよう走×筋力×ゲームの順序を工夫。
- 週の合計負荷(RPE×時間)を段階的に増やし、3〜4週目で一旦軽くする。
週5回/週3回の両パターン設計
週5回例
- 月:加速・最高速(フライング30)+短いプライオ
- 火:有酸素インターバル(VIFT70〜85%)+補助筋
- 水:オフ/回復(モビリティ・軽いスイム/サイクリング)
- 木:RSA(直線+方向転換)
- 金:筋力(下半身メイン)+コア
- 土:小人数ゲーム(4v4〜7v7)
- 日:オフ
週3回例
- 火:加速・最高速+全身筋力
- 木:有酸素インターバル(テンポ/ファルトレク)
- 土:小人数ゲーム+短いRSAブロック
休養・アクティブリカバリーの入れ方
- 疲労が強い日はRPE3〜4のサイクル運動・ウォーキング・モビリティのみ。
- 睡眠不足の日は強度を落とし、翌日に回す判断も有効。
ウォームアップと動き作り
RAMP法(体温上昇・活性化・可動・促通)の組み立て
- Raise:軽いジョグ→サイドシャッフル→スキップ(3〜5分)
- Activate:中臀筋・体幹・足首のアクチベーション(バンド歩行、デッドバグ)
- Mobilize:股関節・足首中心にダイナミックストレッチ(ランジ+ツイスト、脚振り)
- Potentiate:加速に近い動き(Aスキップ、3〜5本の流し、ショート加速)
股関節・足首のモビリティ優先課題
- 股関節:ワールドグレイテストストレッチ、90/90ヒップスイッチ
- 足首:壁くるぶしタッチの背屈ドリル、カーフレイズ(膝伸展/屈曲)
ハムストリングス保護のダイナミックドリル
- ハイニー→バットキック→Aラン(各20〜30m)
- スティックドロップ→3歩加速(反応走)
- 軽いwicket run(マーカー間をリズムよく通過)
- スプリント前に段階的に速度を上げる流しを2〜3本
筋力とパワー:走力の土台を作る
下半身プッシュ/プルの基本(スクワット・ヒンジ・ランジ)
- スクワット系:ゴブレットスクワット→フロント/バックへ進行(6〜8回×3セット)
- ヒンジ系:ヒップヒンジ→ルーマニアンデッドリフト(6〜8回×3セット)
- ランジ系:リバースランジ/ブルガリアンスクワット(8〜10回×2〜3セット)
片脚安定性と体幹(アンチローテーション・アンチフレクション)
- 片脚RDL、ステップダウン、バランスリーチ
- 体幹:パロフプレス、デッドバグ、サイドプランク(20〜40秒)
- 狙いは「固める」ではなく、力を素早く伝えるための安定
弾性とSSC(プライオメトリクス/バウンディング)
- ポゴジャンプ(両脚→片脚)、スプリットジャンプ、バウンディング
- 各8〜12回×2〜3セット、高品質・十分休憩が原則
有酸素を賢く鍛える(長く動き続ける力)
低~中強度インターバル(テンポ走・ファルトレク・ビルドアップ)
- テンポ走:快適だがややきついペースで10〜20分×1〜2本
- ファルトレク:3分速め+2分ゆっくりを5〜8セット
- ビルドアップ:10分ごとにペースアップ、合計30〜40分
MAS/VIFTを使った強度設定とペース管理
- MAS(最大有酸素速度):クーパー走などから算出。
例:MASの90〜100%で3〜5分走×4〜6本、レスト2分 - VIFT(30-15IFTの最終速度):インターバルの基準。
例:15秒走(VIFTの95〜100%)+15秒歩き×10〜20本 - ペースは「毎回同じ環境」「同じ計測法」で管理
ボールを使う有酸素(ポゼッション系・ラウンドロビン)
- 4v2〜6v3のポゼッション:制限タッチ・タイマーで強度管理
- ラウンドロビン形式で休憩短めに回す(稼働時間を確保)
スプリント持久と反復スプリント能力(RSA)
直線スプリント反復(15–30m×高品質レップ)
- 15〜30m×4〜6本×2〜3セット、完全回復寄り(レスト45〜90秒、セット間3分)
- 質優先。タイムが落ち始めたら終了または延長レスト
方向転換付きRSA(505・プロアジリティ応用)
- 505ドリル:10m加速→5m手前でターン→5m戻る
- プロアジリティ(5-10-5)を反復形式で
- 直線とCODを交互に入れて試合に近い疲労に適応
レスト比と本数で試合強度へチューニングする
- 初期:レスト長め(1:6〜1:8)でフォーム維持
- 中期:レストを圧縮(1:4〜1:5)して反復耐性を獲得
- 後期:本数を増やすか、方向転換を増やすことで負荷アップ
スピードと加速:最初の3歩を速くする
姿勢・腕振り・接地の基本メカニクス
- スタート時はわずかに前傾、地面を後方へ強く押す意識
- 腕振りは大きく速く、肘は90度前後、肩はリラックス
- 接地は足の真下〜やや前、接地時間を短く
加速ドリル(壁押し・Aマーチ/スキップ・メッドボール)
- 壁押しドリル:身体角度と押し感覚を作る
- Aマーチ/Aスキップ:膝の高さと接地リズム
- メディシンボール前投げ:地面反力の方向を学ぶ
最大スピードの安全な獲得(フライング30/漸進法)
- 助走20m→計測区間10〜30m(フライング10/20/30)
- ウォームアップ→流し→90%→95%→100%へ段階的に
- 最高速刺激は週1〜2回、各2〜4本でOK
小人数ゲームで走力を実戦化
コートサイズ×人数で強度を設計する考え方
- 小さめ+人数少:方向転換・加減速が増える(高心拍)
- 広め+人数少:スプリント距離が伸びる(最高速刺激)
- ルールと時間管理で強度を一定に保つ
トランジション重視のルール設定(制限時間/方向転換)
- シュートまでの制限時間、2タッチ制限、ターンポイントの設定
- 得点後すぐリスタートで切れ目を減らす
ポジション差の負荷調整(CM/SB/WG/CF)
- CM:連続稼働が多い→レスト短めで回す
- SB/WG:ロングスプリント多め→広めの設定で
- CF:反転・加速→ターン制限、狭い中での反応走
具体メニュー:フィールドとジムのセット
45分でできるハイブリッドセッション
- 0〜10分:RAMPウォームアップ+Aスキップ
- 10〜20分:フライング20×3本+ポゴジャンプ×2セット
- 20〜35分:VIFT75〜85%の15-15×10〜16本
- 35〜45分:コア(パロフプレス/サイドプランク)+クールダウン
90分走り切るための週2回メニュー例
Day1(強度高)
- ウォームアップ→加速ドリル
- RSA:25m×6本×2セット(レスト20〜25秒/セット間3分)
- 小人数ゲーム:5v5×4分×4本(レスト2分)
- 補助筋力:ブルガリアンスクワット8回×3、RDL8回×3
Day2(強度中)
- テンポ走:12〜15分×2本(RPE6〜7)
- 技術系ポゼッション:4v2×2分×6〜8本(レスト1分)
- 体幹+モビリティ:15分
家・公園でも可能な代替メニュー(器具最小)
- 坂ダッシュ(10〜20m×6〜10本)+歩いて下りレスト
- 自重筋力:片脚スクワット補助、ヒップヒンジ、カーフレイズ
- ファルトレク:2分速め+2分ゆっくり×6〜10セット
試合週の調整(インシーズン)
試合3日前~前日の流れ(高→低→鋭さ)
- −3日:短い最高速刺激(フライング20×3〜4)+軽いRSA
- −2日:技術・戦術メイン(RPE5〜6)、インターバルは短く
- −1日:15〜25分のシャープニング(流し、反応ドリル)
リカバリーと微調整(タクティカル連動)
- 試合翌日:アクティブ回復(RPE3〜4)、モビリティ
- 中2〜3日:戦術テーマに合わせて走の質と量を微調整
遠征・連戦時の簡易プランと時短メニュー
- 到着後:10〜15分のRAMP+流し2〜3本で体内時計を合わせる
- 連戦中:最高速刺激は流し90〜95%×2〜3本に短縮
リカバリーと故障予防
睡眠・栄養・水分補給の基本チェック
- 睡眠7〜9時間、寝る前のスマホ光を控える
- 試合/練習後30〜60分で炭水化物+たんぱく質補給
- 汗量に合わせて水分・電解質を調整
ハムストリングス/股関節/足首の予防ルーティン
- Nordicハム(週1〜2回、低ボリュームから)
- ヒップヒンジとグルートブリッジで臀筋活性
- 足首の背屈ドリル+カーフレイズ(膝伸展/屈曲)
DOMSと過負荷サインの見極めと対応
- 筋肉痛(DOMS)は通常2〜3日で軽減。動ける範囲で循環を促す。
- 痛みが鋭い/偏る、動作に支障→負荷を落として専門家に相談
- 安静時心拍増、睡眠質低下、やる気の低下は疲労蓄積サイン
よくある誤解と落とし穴
長距離走だけでは走り切れない理由
サッカーは速度変化と方向転換が多いスポーツ。一定ペースの長距離だけでは、加速・減速・スプリント反復の耐性が身につきにくい。長い走りは基礎として活かしつつ、試合特異的なインターバルとRSAを入れましょう。
疲労を根性で上書きしない(質の確保)
疲労が強い状態で無理に高強度を続けると、フォームが崩れ、故障リスクが上がります。質の高い反復こそが速さと持久の両方を伸ばします。
体幹トレの目的を履き違えない(剛体ではなく伝達)
体幹は固めるだけではなく、下半身の力を上半身へ、上半身の安定を下半身へ伝える役割。アンチローテーション系で「ぶれない伝達」を鍛えましょう。
レベル別・ポジション別の調整
初心者/復帰者向けの強度スライダー
- 本数やセット数を2/3に、レストを1.5倍に
- 方向転換ドリルは角度を浅く・距離短く
- 翌日の状態を見て次回の負荷を調整
SB/CM/WG/CFで変わる走力プロファイル
- SB:オーバーラップのロングスプリント→広いエリアのゲーム+直線RSA
- CM:連続的な移動+圧縮エリア→テンポ走+短レストの小人数ゲーム
- WG:最高速と再加速→フライング走+縦方向のスプリント反復
- CF:ターン後の加速→背負い→抜け出しの反応走+短距離加速
高校生と社会人の生活制約への適応
- 高校生:部活のスケジュールに合わせ、最高速刺激を短時間で週1確保
- 社会人:週2〜3回でもOK。45分ハイブリッドを軸に継続
進捗管理とデータの使い方
再テストのタイミングと目標設定の更新
- 2〜4週ごとにYo-Yo/クーパー/30-15IFT/10m/30mを再測
- 伸びた指標に合わせて、次の4週間の目標を更新
RPE×ボリュームで疲労を見える化する
- セッション負荷=RPE×時間(分)を週ごとに合計
- 3週蓄積→1週軽め(−20〜30%)の波で過負荷を避ける
GPSなしでもできる距離・速度の推定
- トラックや直線路でマーカーを20m・30mに設置しタイム計測
- 同じ場所・同じ靴・似た気温で比較する
環境と道具の最適化
シューズ選びと路面(芝/土/トラック)の違い
- 芝:スタッドでグリップを確保。最高速時は滑りに注意。
- 土:反発が弱く疲労しやすい。ボリューム控えめ。
- トラック:スピード練習に最適。コーナーでの負担に注意。
暑熱・寒冷・雨天での調整ポイント
- 暑熱:開始前の補水、休憩を増やす、日陰でクールダウン
- 寒冷:ウォームアップを長めに、厚着→徐々に脱ぐ
- 雨天:滑りやすい動き(急停止・急ターン)を控えめに
心拍計・タイマー・コーン等の最小装備
- タイマー/スマホ、コーン4〜8個、ミニゴールがあれば十分
- 心拍計があれば回復具合の判断がしやすい
まとめ:90分を走り切るチェックリスト
日・週・月の優先順位リスト
- 毎日:睡眠・補水・5〜10分のモビリティ
- 毎週:最高速刺激(短時間)×1、RSAまたはインターバル×1〜2、筋力×1〜2
- 毎月:簡易再テスト→目標更新→計画微調整
継続の仕組み化(習慣・記録・フィードバック)
- RPE・合計時間・スプリント本数をメモ
- 同じテスト・同じ環境で比較してモチベーションを維持
- 小人数ゲームで「実戦化」しながら楽しむ
次のアクション(今日から始める3ステップ)
- 1)クーパー走かYo-Yoで現状を測る
- 2)今週の高強度1回+中強度1回をカレンダーに固定
- 3)練習の最初にRAMP、最後にモビリティを5分ずつ
あとがき
走力は、速さと持久の「折り合い」を自分の中で見つける作業です。正しい強度で、正しい頻度で、正しい方向に少しずつ。今日の1本、1セットが、90分の最後の1mに効いてきます。無理なく、でも確実に。あなたのペースで積み上げていきましょう。
