「ボールには触れていたのに、なんで退場?」――試合後にこんな疑問が残ったことはありませんか。サッカーでは「ラフプレー」という日常語がよく使われますが、競技規則には別の明確な言い方と基準があります。本記事では、IFAB(国際サッカー評議会)の競技規則に基づいて、退場になる行為の客観的なライン、グレーゾーンの見極め方、そして選手・指導者・保護者が今日から実践できる予防策までをまとめました。強度と安全を両立させることは、上級者の条件です。基準を理解するほど、プレーの余白が増えて判断が速くなります。
目次
導入:なぜ「ラフプレーで退場」が起きるのか?用語と誤解
「ラフプレー」は日常語、競技規則上の用語との違いを整理
日常会話の「ラフプレー」は「荒っぽいプレー」全般を指します。一方、競技規則には「重大な反則行為(Serious Foul Play:SFP)」「乱暴な行為(Violent Conduct:VC)」など、退場に直結する明確なカテゴリーがあります。つまり、同じ「荒い」に見えても、規則上の呼び方と扱いは違います。退場の判断は、感覚ではなく、この用語と基準に沿って行われます。
退場の主なカテゴリー(重大な反則行為・乱暴な行為・DOGSO・二度目の警告・侮辱的/差別的発言・つば吐き等)
- 重大な反則行為(SFP):ボールを巡るタックル/チャレンジで「相手の安全を危険にさらす」または「過剰な力」を用いた場合。
- 乱暴な行為(VC):ボールの有無に関わらず、人に対する「過剰な力/残虐性」。殴打・頭突き・蹴り・報復など。
- DOGSO:明らかな得点機会の阻止(手や反則でゴールの機会を消す)。
- 二度目の警告(累積):二枚目のイエローで退場。
- つば吐き・噛みつき・侮辱的/差別的/下品な発言や身ぶり:対象が誰であれ退場。
- ハンドによる得点機会阻止:特にゴールや明白な機会を手で防いだ場合は退場。
ファウルと反スポーツ的行為の境界
ファウルは、原則として「ピッチ上の選手が、ボールがインプレー中に相手に対して行う」特定の行為です(例:チャージ、タックル、押す、足を掛けるなど)。一方、反スポーツ的行為(不正行為)は広く、ボールがアウトプレーでも成立し、言動や遅延、抗議、テクニカルエリア内の行為も含まれます。退場は、この両方の領域から起こり得ます。
客観的基準:IFAB競技規則が定める退場となる反則
重大な反則行為(Serious Foul Play)の定義と判定ポイント
SFPは、ボールを巡るタックル/チャレンジで「相手の安全を危険にさらす」または「過剰な力」を用いた場合に適用されます。主な判断要素は次の通りです。
- スピードと勢い(減速の有無、助走・跳躍の大きさ)
- 接触部位(足首・すね上部・膝など脆弱部位ほど重く評価)
- スタッズの向き(足裏・スタッズ先端が相手に向くか)
- 片足か両足の突っ込み、レッグラップ(すくい上げ)
- ボールへの到達可能性(無謀な距離・角度からの突入か)
ボールに先に触れていても、相手の安全を脅かす接触があればSFPになり得ます。
乱暴な行為(Violent Conduct)の定義と対象範囲(ボールがプレー外でも適用)
VCは、ボールが近くにあるかどうかを問わず、人(選手・交代要員・スタッフ・審判・観客など)に対する過剰な力や残虐性です。殴る、蹴る、頭突き、報復のキック、プレーと無関係な突き飛ばしなどが該当します。プレーが止まっていても、ピッチ外でも成立します。
DOGSO(明らかな得点機会の阻止)の4要素と適用条件
明白な得点機会かどうかは、総合判断ですが、代表的な4要素が用いられます。
- ゴールまでの距離(近いほど機会は明白)
- プレーの方向(前進してゴール方向へ向かっているか)
- ボール支配の可能性(コントロール可能性・ボールとの距離)
- 守備者の位置と数(他の守備者やGKの有無と距離)
これらが揃う場面で反則により機会が消された場合、原則として退場です。
つば吐き・噛みつき・侮辱的/差別的/下品な発言や身ぶりの扱い
つば吐き、噛みつき、侮辱的・差別的・下品な言動や身ぶりは、対象が誰であれ退場です。試合のどのタイミングでも適用されます。
ハンドによるDOGSOと自然な腕の位置の評価
手や腕でゴールや明白な得点機会を阻止すれば退場です。そもそもハンドの反則かどうかは「腕で体を不自然に大きくしたか」「動きに見合った自然な位置か」「直前の跳ね返りや距離」などで評価されます。ハンドではないと判断された場合はDOGSOも成立しません。
二度目の警告による退場(累積)と典型的な警告事例
二枚目のイエローは退場です。よくある警告は以下の通りです。
- 無謀なチャレンジ(reckless)
- 有望な攻撃の阻止(SPA:ショルダーチャージや引っ張り等)
- 再三の反則(継続的違反)
- 異議(言葉やジェスチャーによる抗議)
- リスタート遅延、ボールの持ち去り
- フリーキック時の距離不保持(9.15m不保持)
- 無許可のピッチ出入り、ユニフォームの不適切な扱いなど
テクニカルエリア(スタッフ/交代要員)への退場適用
交代要員・交代済みの選手・チーム役員にも退場は適用されます。SFPは「ボールを巡るチャレンジ」に限定されますが、これらの関係者にもVCや侮辱的言動、つば吐き、反則的介入などが適用されます。
境界線の見極め:危険なプレーと退場級の差
不注意・無謀・過剰な力(careless/reckless/excessive force)の違い
- 不注意(careless):注意不足。ファウルのみでカードなし。
- 無謀(reckless):安全を無視。イエローカード。
- 過剰な力(excessive force):相手の安全を危険にさらす。レッドカード。
足裏を見せるタックル:ボールに触れても退場になり得る理由
足裏・スタッズが見える直線的な突入、すね上部や足首への高い接触、体重を乗せた踏み抜きは、ボール接触の有無に関わらずSFPになり得ます。相手の安全を脅かしたかが核心です。
後方/側方からのチャレンジと相手の安全を脅かす要因
死角からのチャレンジは相手が身を守れず危険度が高まります。スピード差、支点(相手の軸足)への接触、スライディングの軌道がプレーの安全を左右します。
空中戦の腕・肘の使い方:不注意→無謀→乱暴の変化
ジャンプ時の腕はバランスに必要ですが、肘を振り上げて相手の顔面に当てる、狙いを持って打つ動作はVCに近づきます。視線、腕の高さ、振り抜きの有無が評価されます。
ゴールキーパーのチャージと接触の評価基準
GKでも「ボールに行っていればOK」ではありません。突進の速度、膝の出し方、前腕の使い方、相手頭部への接触、ボールへ到達可能だったか、が判断材料です。過剰な力ならSFPやVCに該当します。
DOGSOと「最後のディフェンダー」神話の誤解
「最後のDFを倒したら必ず退場」は誤解です。DOGSOは「最後の一人」かどうかではなく、前述の4要素の総合評価です。角度が悪い、ボールが長すぎる、他の守備者がカバーできるなどで退場ではなくなることがあります。
SPA(有望な攻撃の阻止)とDOGSOの線引き
SPAは「有望な攻撃」の阻止でイエロー。DOGSOは「明白な得点機会」でレッド。距離・方向・ボール支配の確度・守備者数で線引きします。中盤での引っ張りは多くがSPA、PA直前でGKと1対1ならDOGSOに近づきます。
ハンドとDOGSO:PA内外と『二重罰の緩和(ダブル・ジオパーディー例外)』
PA内でのDOGSOでも、守備側が「正当にボールをプレーしようとした」結果の反則(例:スライディングで遅れて足がかかる)の場合、退場はイエローに緩和され、PKが与えられます。ただし、引っ張り・押さえ・手での阻止・ハンドはこの緩和の対象外で、退場が維持されます。PA外なら緩和はありません。
プレーの速度・角度・接触部位によるリスク評価
同じ接触でも、速度・入射角・当たった部位・点で突くか面で当たるかで危険度は大きく変わります。審判はこれらを一体で評価します。
審判の視点:判定に影響する要素
接触の部位・強度・速度・タイミング(点の接触か面の接触か)
点の接触(スタッズ先端が足首に刺さるなど)は重く、面の接触(脛当てに沿うなど)は相対的に軽く評価されます。タイミングの遅れも危険度を上げます。
スタッズの当たり方、支点の位置、踏みつけの有無
軸足への踏みつけ、足が地面に固定された状態での衝撃、逃げ場のない接触はSFPの有力要因です。
審判の視野・角度・距離とブラインドサイド
審判の位置取りで見え方は変わります。副審・第4の審判・VARが情報を補完します。ブラインドサイド(死角)での接触は、より厳密な協力が必要です。
『相手の安全を危険にさらしたか』の評価基準
骨折・脳振盪リスクの高い部位、過剰な力の痕跡、コントロール不能な突入かどうか。結果(ケガの有無)よりも、行為自体の危険性が重視されます。
アドバンテージ適用と事後の退場処置
明白な得点機会や即時のチャンスがあればアドバンテージを適用して、プレーが切れた時点で退場を示すことがあります。重大な反則であれば、原則として適切なタイミングで処分が行われます。
VAR介入が起きやすいケース(SFP/VC/DOGSO/見逃しの明白な事実)
得点・PK・退場(直接レッド)・重大な見逃しに関して、明白な間違いがある場合にVARが介入します。二枚目の警告はVAR対象外です。
競技規則の年次改正とローカル競技会規定の影響
IFAB競技規則は毎年更新されます。大会規定やローカル通達で運用が補足されることもあります。最新の規定を確認しましょう。
ケース別シナリオ:グレーゾーンを具体化
届かないスライディングで足首に直撃:SFPの典型例
遠い距離からの突入で減速なし、足裏が上がり足首に点で当たれば、ボール非接触でもSFPが妥当。相手の安全を著しく脅かしています。
先にボールへ触れたが裏からスタッズが相手に当たる:退場になり得る理由
「ボールに行った」は免罪符ではありません。ボール接触直後に裏からすねへスタッズが入れば、危険性が高くSFPが成立し得ます。
カウンターで後方からユニフォームを引っ張る:SPAかDOGSOか
中盤での引っ張りは多くがSPA(イエロー)。ゴールへ直進し、周囲に守備者がいない、ボールコントロールも確実ならDOGSO(レッド)に傾きます。
GKが突進して相手の頭部に接触:過剰な力か単なる衝突か
ボールへ正当に挑み、接触が不可避だった軽微な衝突ならファウルなしや不注意で済むことも。一方で、膝を立てて高速度で頭部に当たれば、過剰な力と見なされ退場があり得ます。
空中戦で肘が顔面にヒット:無謀と乱暴の分かれ目
視線はボール、腕は自然なバランス、接触は偶発に近い→無謀で警告。肘を狙って振り抜く、離れた位置から衝撃を与える→VCで退場が相当。
PA内のハンドでシュートを防ぐ:DOGSOと警告/退場の分岐
腕でゴールや明白な機会を防げば退場。近距離の自然な腕位置などでハンド不成立ならPKやカードは出ません。ハンドが成立しても、PA内の「正当なプレーの試み」による接触ではないため、緩和の対象外です。
リスタート妨害・遅延行為の連続で二枚目:累積の落とし穴
プレー強度とは無関係でも、遅延や異議で二枚目に達すれば退場です。熱くなる時間帯ほど、無駄な警告を避けるマネジメントが重要です。
プレーヤーの予防策:退場を避けつつ強度を保つ
安全なタックルの技術(軸足・入射角・減速の作法)
- 減速の予告(ステップを刻む、膝を緩める)
- 入射角を浅くし、相手の正面か斜め前からアプローチ
- 軸足を相手の体の外側に置き、足裏を見せない
- 面で当てる(足の甲/内側)→点で刺さない
- ミスったら即座に力を抜き、追撃しない
足裏を見せないアプローチとボール/相手/スペースの三点認知
ボールだけを見ず、相手の軸足と逃げスペースを同時に確認。最初の一歩で角度を作り、足首が立つ方向へ導くと、接触が穏やかになります。
空中戦の腕の位置・視線・踏切で接触をコントロール
- 腕は肩のラインを超えて振り上げない
- 踏切は相手と平行に、横から体を預けない
- 視線は常にボールへ。相手を見てから肘が動く形を作らない
カバーリングと遅らせる守備でDOGSOのリスクを下げる
一発で奪いに行かず、外へ追い出す・タッチラインを使う・味方の帰陣を待つ。守備2枚目が戻ればDOGSOの4要素が崩れ、最悪でもSPAで済みます。
カウンター対応:犯すならどこで・どう止めるかの判断基準
- 中央で前を向かれた1対1は危険。サイドへ誘導してから接触する
- 引っ張りは強い反則だが、背後からの足払いより怪我リスクは低い
- PA内では「正当なプレーの試み」以外の反則は退場に直結しやすい
感情マネジメントとレフェリーとのコミュニケーション
熱くなりそうな時は呼吸を整え、主審に短く要件だけを伝える。「OK、理解した」の一言が、その後の判定の受け止め方を変えます。ジェスチャーの過剰表現は警告のリスクです。
練習設計:接触強度を段階化するドリルと合図の統一
- 色や声で強度レベルを宣言(例:緑=接触なし、黄=軽接触、赤=試合強度)
- タックルの入り方は「角度→減速→接触面」の順で段階練習
- 空中戦はフォームチェック→軽接触→競り合いの順で負荷を上げる
指導者・保護者の視点:安全文化を育てる
チームルールと数値指標(クリーンタックル率/無謀ゼロ宣言)
「無謀なタックルゼロ」「遅延行為ゼロ」など、守るべき行動を数値目標化し、試合ごとにフィードバック。クリーンタックル率を可視化すると行動が定着します。
映像レビューのフレーム(接触部位・力・タイミング・代替案)
プレーを止めて見る時は、次の4点で評価します。
- どこに当たったか(部位)
- どれくらいの力・速度か
- タイミングは適切か(減速・ステップ)
- 他の選択肢(遅らせ・角度取り・ダブルチーム)はあったか
年代別の教え方:体格差とスピード差に応じた接触教育
成長期は体格差が極端です。U年代ほど角度・減速・面接触を徹底し、頭部コンタクトは特に慎重に。高校生以上は判断スピードとカバーリングの優先順位も合わせて指導します。
用具の許容範囲(競技規則に適合した保護具と禁止事項)
すね当ては必須、金属製の装飾品は不可。保護具は安全な素材で、危険でない構造であることが条件です。曖昧な物は試合前に主審に確認しましょう。
審判との関係構築:疑問は試合後に、規則の共通言語化
その場の抗議は感情を増幅させがちです。試合後に落ち着いて規則に照らして質問することで、次回に活きる共通認識が得られます。
最新ルールのキャッチアップ(IFAB/JFAの情報源)
毎年の改正点は必ず確認しましょう。通達や事例集で運用が変わることがあります。
よくある誤解とFAQ
ボールに触れればファウルではない?
違います。ボールに触れても、危険な接触や相手の安全を危険にさらせばファウルや退場になり得ます。
『最後のDFを倒したら必ず退場』は本当?
常にではありません。DOGSOは4要素の総合評価で、守備者の位置やプレーの方向、ボール支配の可能性がカギです。
肘はジャンプの支点だから当たっても仕方ない?
必要な腕の使用と、振り抜いて顔面を打つ行為は別物です。危険な肘打ちは警告や退場の対象です。
退場は審判の主観次第?客観基準はある?
主審の判断ではありますが、IFABの基準(SFP/VCの定義、DOGSOの要素など)に沿って評価されます。VARが明白な間違いを補正する場合もあります。
アマチュアとプロで規則は違うの?
基本の競技規則は同じです。ただし、大会規定やローカル通達で運用が異なることがあります。
VARがあれば必ず正しくなる?
VARは明白な間違いを是正するためのもので、すべての判定を置き換えるものではありません。対象も限定されています(二枚目の警告などは対象外)。
試合後の影響とリスクマネジメント
退場後の出場停止・罰則:大会規定にどう備えるか
出場停止試合数は大会規定に依存します。乱暴な行為やつば吐きは重い処分になりやすいので、規定を事前に確認し、チーム内で共有しておきましょう。
数的不利の戦術的損失とメンタルケア
数的不利はランニング量増・ライン間隔の崩れを招きます。試合後は責任追及より、再発防止の具体策にフォーカス。チーム全体のメンタルを整えることが次戦の結果に直結します。
負傷・保険・診断書とフェアプレー記録の扱い
接触で負傷が起きた場合は、適切な評価と記録(診断書や報告書)を。保険手続きや大会報告の期限も確認しましょう。フェアプレー指標を持つ大会では、カード数が評価に影響します。
再発防止:個人/チームのリカバリープラン
- 個人:映像で技術・判断・感情の各要因を振り返り、ドリル化
- チーム:強度レベルの共通言語、リスク時の約束事(スライド、遅らせ)
- 指導:次節までに実行する1〜2個の行動目標を設定
まとめ:強度と安全の両立が上級者の条件
「相手の安全を危険にさらすか」を物差しにすれば、退場ラインは見えてきます。勝負どころほど、角度・減速・接触面、そして感情のコントロールが差になります。基準を知り、チームで共有し、練習で型にする。これが退場を防ぎつつプレー強度を落とさない最短ルートです。
今日から使えるセルフチェックリスト
- タックル前に減速のステップを入れたか
- 足裏・スタッズを見せていないか
- 相手の軸足と逃げスペースを認知していたか
- 空中戦で腕が肩より上に上がっていないか
- カバーが戻るまで遅らせる判断ができたか
- 熱くなったとき、審判への言動は簡潔・冷静だったか
学びを深める公式情報源への導線(競技規則/通達/事例集)
- The IFAB(国際サッカー評議会)公式サイト:最新の競技規則と改正点
- 日本サッカー協会(JFA):通達、審判関連資料、教育コンテンツ
あとがき
「ギリギリを攻める」には、ラインを知ることが不可欠です。危険を排し、スピードと強度を残す技術は、練習で身につきます。今日の練習から、角度・減速・接触面の3点を合言葉にどうぞ。
