「なぜここで試合が止まるの?」「あの四角いジェスチャーは何?」——初めてVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)に触れると、どうしても流れがつかみにくく感じます。実は、VARには“介入できる場面”と“手順”が明確に決められており、そこを押さえるだけで混乱はぐっと減ります。本記事は、初心者向けに「VARの流れ」をやさしく解説。選手としてプレーする時も、観戦する時も、落ち着いて判断できる視点を提供します。
目次
- はじめに:なぜVARの“流れ”を知ると混乱しないのか
- VARの基本:目的・役割・介入の原則
- VARが介入できる4つの場面
- VARの流れを一枚の線で理解する:チェックから最終決定まで
- 合図の見方:判定が今どこにあるかをジェスチャーで読む
- シーン別:よくあるVAR判定の手順と“見るポイント”
- なぜ時間がかかるのか:裏側で起きている“技術的”理由
- 再開方法で判定の意図を読み解く
- 選手ができること:試合中に“損をしない”ふるまい
- 保護者・指導者向け:子どもに伝えるシンプルな説明法
- 観戦者のための確認リスト:混乱を減らす3ステップ
- 誤解されやすいポイントQ&A
- 用語ミニ辞典:ニュースや解説がスッと入る基礎知識
- 大会ごとの違い:環境・技術・運用のバリエーション
- 最新情報の追い方:正しい知識を更新する
- チームで活かす:練習とミーティングのアイデア
- まとめ:混乱しないための3つのコツ
- あとがき
はじめに:なぜVARの“流れ”を知ると混乱しないのか
試合を止める理由と、止めない理由
VARは全てのプレーを止めて検証するわけではありません。止めて確認するのは「試合の行方を左右しかねない重大な局面」に限られます。逆に、流れを切らない方がよいと判断される場面では、通信で裏側チェックをしながらプレーは続行されます。ここに“止める・止めない”の基本方針があると分かるだけで、場内の空気に飲まれず冷静に見守れます。
観る側・プレーする側のストレスを減らす視点
VARの介入対象は4つしかありません。対象外の接触や小さなファウルが見逃されても、VARは原則入りません。対象と手順を知っておくと、「なぜ見直してくれないの?」という不満が「そもそも対象外だったのかも」という理解に変わり、余計なストレスを減らせます。
この記事の狙い:判定の手順を筋道で理解する
本記事では、VARの目的→介入対象→チェックから決定までの流れ→合図の読み方→再開方法のロジック、という順で“ひとつの線”として理解できるように整理します。選手・指導者・保護者・観戦者、それぞれが現場で活かせる実用的なポイントも添えました。
VARの基本:目的・役割・介入の原則
VARの目的は“明白で重大な間違い”の是正
VARの役割は、主審の判定に「明白で重大な間違い」や「見逃し」があった時にそれを正すこと。つまり、“微妙な判定の上書き”ではなく、“明らかな誤りの是正”が目的です。この「閾値(しきい値)」を理解しておくと、介入があった・なかった理由が腑に落ちます。
最終決定者は主審(VRではない)
映像から助言するのはVAR(ビデオ担当)ですが、最終決定を下すのはピッチ上の主審です。OFR(オンフィールドレビュー)で主審がモニターを確認し、最終的に宣告と再開方法を決めます。
すべてのプレーが対象ではない理由
試合の流れを重視し、過度にゲームを分断しないため、VARは介入対象を4つに限定しています。これにより、競技としての“連続性”を守りつつ、致命的なミスのみを補正する設計になっています。
VARが介入できる4つの場面
得点(または得点機会)とオフサイドの関与
ゴールが入った場面、または得点に直結する攻撃において、オフサイドや攻撃側の反則がなかったかを確認します。直前の攻撃フェーズ(APP)の中で起きた事象が対象です。
ペナルティキックの判定・やり直し
PKを与えるかどうか、与えたPKを取り消すか、さらにキッカーやGKの反則による“やり直し(リテイク)”の要否をチェックします。
レッドカード(直接退場)に関わる行為
過剰な力のタックル、暴力的行為など、直接退場の対象となる行為の“見逃し・誤審”を補正します。イエローカードに関する介入は原則対象外です。
人違い(誤った選手の懲戒)
主審が誤って別の選手に警告や退場を与えた場合、正しい選手に訂正するために介入します。
VARの流れを一枚の線で理解する:チェックから最終決定まで
チェック(Check):裏で全ゴール・PK・退場を自動的に確認
ゴール、PK関連、直接退場、人違いに関しては、プレーが続いていてもVARルームで即座に“チェック”が始まります。主審の耳へ通信が入り、必要に応じて止める準備をします。
プレー続行のままチェックする場面と、直ちに止める場面
- 続行のまま:オフサイドの可能性など、次のアウトオブプレーで止めれば支障が少ないとき
- 直ちに止める:レッドカード相当の見逃しや、重大な安全面の懸念があるとき
レビュー(Review):映像での再確認と助言
チェックの結果、「明白で重大な誤りの可能性が高い」場合にレビュー段階へ。VARが最良アングルを提示し、主審へ助言を行います。
オンフィールドレビュー(OFR):主審がピッチ脇モニターで確認
接触の強度やハンドの“不自然さ”など、主観判断が伴う場合は主審自身がモニターで確認します。一方、完全な事実判定(オフサイド位置など)のみなら、OFRを行わず助言だけで決定することもあります。
最終決定:主審の宣告と再開方法の確定
主審が最終判断を宣告し、適切な再開方法(ドロップボール/フリーキック/PK/キックオフなど)を示します。ここが結論です。
アディショナルタイムへの反映
チェックやOFRに要した時間はアディショナルタイムに反映されます。時間が伸びるのは“遅いから”ではなく、手順に則って精度を優先しているためです。
合図の見方:判定が今どこにあるかをジェスチャーで読む
耳に手を当てる=通信中・チェック中
主審が耳に手を当てていれば、VARと通信中。プレーを続けながら裏で確認しています。
四角形のジェスチャー=OFRまたは映像介入の合図
テレビ画面の形を手で示せば、映像レビューに入る合図。OFR実施や、映像による介入があると理解しましょう。
判定宣告後の再開サインを見逃さないコツ
結論は再開方法に現れます。主審・副審・第4の審判の指示を確認し、ボール位置・フリーキックの向き・PKの準備などをチェックしましょう。
ベンチ・観客の反応と選手のふるまいの違い
感情的になりやすいのは外側。選手は「笛が鳴るまでプレー」「決定後は即リスタート準備」という態度が結果的に得をします。
シーン別:よくあるVAR判定の手順と“見るポイント”
オフサイド:関与(干渉・視界妨害)と3Dラインの考え方
- 位置:最前フレームで肩・足先など“得点に使える部位”で判定。3Dラインの生成は大会によって技術が異なります。
- 関与:単に前にいただけでは反則にならず、プレーへの干渉、相手の視界妨害・チャレンジがあったかが焦点。
- APP:守備側が明確にボールをコントロールすれば攻撃フェーズはリセット。こぼれ球やセーブの“跳ね返り”はリセットになりません。
ハンド:不自然な手の位置か、意図か、跳ね返りの要素
- 不自然:体を大きくする手の広がりは反則リスクが高い。
- 意図:手に向けて動かしたか、自然な動きか。
- 跳ね返り:至近距離のリバウンドや自分の体からの跳ね返りは、反則としない傾向が説明されることがあります(大会方針に依存)。
接触の強度:軽微・不注意・無謀・過剰な力の見分け方
- 軽微:ファウルを取らないことが多い。VAR介入の対象外になりがち。
- 不注意(ケアレス):ファウルはファウル。ただし“明白で重大”でなければ介入しにくい。
- 無謀(レックレス):警告相当。VAR介入の対象外。
- 過剰な力(エクセッシブフォース):直接退場の可能性。ここはVARの出番。
ペナルティエリア内外:ライン上は内、接触点の判断
ライン上=エリア内。ファウル位置は接触が起きた“最初の点”で判断されます。スローでフレーム単位の確認が行われるのはこのためです。
ゴールキーパーとPK:片足ルールとやり直しの条件
キックの瞬間、GKは少なくとも片足の一部がゴールライン上またはその上方になければなりません。ゴールが入らず、GKの位置が不適切だった場合はリテイク(やり直し)になることがあります。VARはこの位置もチェックします。
守備側のクリアミスと新たなフェーズ(APP)の切り替わり
守備側が「意図してボールをプレーし、コントロールした」とみなされればAPPはリセット。単なる“当たり損ね”でも、余裕があり落ち着いて蹴れていれば意図的と判断されることも。反対に、至近距離のブロックやGKのセーブは“故意のプレー”とは見なされず、オフサイドが継続することがあります。
なぜ時間がかかるのか:裏側で起きている“技術的”理由
複数カメラの同期・最良アングルの選定
中継には多数のカメラがあり、VARは同期を取りながら“何が最も事実を示すか”を選びます。角度によって印象は変わるため、最良アングルの選定に時間が必要です。
フレーム単位の接触点・ボール接触の特定
ボールが足から離れる瞬間や、最初の接触フレームを掴むにはコマ送りが不可欠。数コマの差で結論が逆になることすらあります。
3Dオフサイドラインの生成と確認
自動・半自動など大会ごとに方法が異なりますが、いずれも基準点の設定と検算を行います。わずかな誤差も試合の行方を左右するため慎重です。
介入の閾値“明白で重大”のハードル
「微妙かも」では介入しません。「明白におかしい」と言えるかどうかをチームで確認する時間が必要です。
早さより正確さを優先する設計思想
VARは“正確さ”が最優先。スピードは大事でも、正確さを犠牲にしないルールになっています。
再開方法で判定の意図を読み解く
ドロップボール・フリーキック・ペナルティキックの違い
- ドロップボール:プレーを止めたが反則がなかった等、再開理由が消えた時の中立再開。
- フリーキック(直接/間接):攻撃側・守備側の反則に応じて再開。笛の向きとボール位置で分かります。
- ペナルティキック:エリア内の直接フリーキックとなる反則が確定した場合。
得点取り消し時の再開位置のロジック
- オフサイド:守備側の間接FK(反則位置)。
- 攻撃側のファウル:守備側の直接/間接FK(反則位置)。
- ボールアウトの見逃し:出た地点からの適切な再開(ゴールキック、CK、スローインなど)。
やり直し(リテイク)になるケースとならないケース
- PKでGKやキッカーの反則が結論に影響した場合はリテイク。
- 反則があっても結果に影響しない場合は継続とされることも(大会方針による)。
選手ができること:試合中に“損をしない”ふるまい
笛が鳴るまでプレーをやめない理由
オフサイド疑惑でも“笛が鳴るまで続ける”のが鉄則。後でオンサイドと判定されれば、それまでのプレーが生きます。
キャプテンを通じた冷静な確認と伝達
主審へはキャプテンが短く要点を伝えるとスムーズ。チーム内には「今はチェック中」「再開は間接FK」など情報共有を。
感情のコントロール:カードを避ける実践法
- 深呼吸→両手を下ろす→距離を取る、のルーティンを決める。
- 判定理由を「主観」でなく「手順」に置き換えて理解する。
判定が覆らなかった時の切り替え術(次のプレーへ)
「明白で重大」ではなかった=グレーだったと捉え、すぐ再配置。切り替えの速さが勝敗を分けます。
保護者・指導者向け:子どもに伝えるシンプルな説明法
4つの対象だけ覚える(全部は見ない)
「ゴール・PK・レッドカード・人違いの4つだけを見る」と教えると、子どもも混乱しません。
主審が決める、VARは助けるだけ
映像は“助っ人”。決めるのは主審、と一言伝えるだけで納得しやすくなります。
“不満”ではなく“学び”に変える声かけ
「なぜ止まった?」ではなく「今はチェック。再開方法を見よう」と、観察の視点に切り替える声かけが有効です。
映像がない現場でも役立つフェアプレーの価値観
多くの試合はVARがありません。だからこそ、リスペクト、早い切り替え、笛までプレー、といった基本が人生の武器になります。
観戦者のための確認リスト:混乱を減らす3ステップ
今のプレーは4つの対象に当てはまるか
当てはまらないなら、VAR介入は基本起きません。
主審はチェック中か、OFRに向かったか
耳の合図、四角のジェスチャーを見逃さないように。
再開方法は何か(結論のヒント)
間接FK=オフサイド、直接FK=ファウル、ドロップボール=反則なし等、再開から結論を逆算しましょう。
誤解されやすいポイントQ&A
Q:VARが判定している? A:最終決定は主審
VARは助言役。決めるのは常に主審です。
Q:すべてのファウルを見直す? A:対象は4つのみ
軽微な接触の判定などは原則対象外です。
Q:ラインは完全自動? A:大会によって技術が異なる
手動補助、半自動、完全自動など、導入状況はさまざまです。
Q:判定が遅いのは下手だから? A:精度確保の手順がある
複数アングルの検証と「明白で重大」の確認に時間を使います。
Q:選手は抗議していい? A:過度な抗議は不利益になり得る
カードのリスクが上がり、チームの集中も切れます。キャプテンが冷静に要点確認を。
用語ミニ辞典:ニュースや解説がスッと入る基礎知識
チェック(Check)/レビュー(Review)
チェックは裏確認、レビューは介入・再検討の段階。OFRは主審が実映像で確認することを指します。
オンフィールドレビュー(OFR)
ピッチ脇モニターで主審が自ら判断を再確認。主観が絡む事象で使われます。
AVAR(アシスタントVAR)とRO(リプレイオペレーター)
AVARはVARを補助し、別アングルや手順のダブルチェックを担当。ROは映像操作の専門役です。
APP(アタッキング・フェーズの開始)
得点につながる攻撃の“スタート”の考え方。守備側の明確なコントロールでリセットされます。
“明白で重大”の基準
「微妙」ではなく「誰が見ても明らかにおかしい」レベル。これがVAR介入のハードルです。
大会ごとの違い:環境・技術・運用のバリエーション
VARの有無と適用の範囲(国内外・年代別の違い)
リーグやトーナメント、年代・カテゴリーによって、VARの有無や使用範囲は変わります。現場の運用ルールを事前に確認しましょう。
一部大会のセミ・オートマテッドオフサイド技術(導入状況の差)
オフサイド判定を補助する半自動技術が導入されている大会もありますが、すべてではありません。仕組みが違えば所要時間や可視化の方法も変わります。
放送・会場アナウンスの情報量の違い
判定理由のアナウンスや映像開示の有無は大会ごとに差があります。情報が少ない現場では、合図と再開方法を頼りに読み解きましょう。
最新情報の追い方:正しい知識を更新する
競技規則・プロトコルの公的発信源をチェックする方法
競技規則やVARプロトコルは、国際・国内の公式サイトで公開されます。シーズン前に改訂が出ることも多いので、定期的に確認を。
大会運営が出す“説明動画”“事例集”の活用
大会ごとに判定例や教育動画が公開される場合があります。言葉より映像で理解が進むのでおすすめです。
メディア情報と公式情報の付き合い方
解説記事は理解の助けになりますが、最終的な根拠は公式文書。両方を照らし合わせてアップデートしていきましょう。
チームで活かす:練習とミーティングのアイデア
微妙な判定への“反応スピード”を鍛えるゲーム形式
コーチの合図で突然「オフサイド続行」や「笛で中断→再開位置変更」を入れるトレーニング。混乱下でも役割を遂行する習慣が身につきます。
主審の合図を合図で返す(キャプテン主体)ルールづくり
「チェック中」「OFR」「再開は間接」など、チーム内ハンドサインを作って即共有。ピッチでの情報伝達が一段上がります。
試合後の“VAR想定ディブリーフ”で学習を定着
映像がなくてもOK。「今のは対象4つに当てはまる?」「再開は何が正しい?」を振り返るだけで理解が深まります。
まとめ:混乱しないための3つのコツ
対象は4つ、最終決定は主審、と覚える
ゴール、PK、レッド、人違い。決めるのは主審、VARは助言。
“明白で重大”の閾値を意識して見守る
微妙なら介入なし。はっきり誤りなら介入あり、が基本線。
再開方法から判定の意図を逆算する
間接FK=オフサイド、直接FK=ファウル、ドロップボール=反則なし。再開を見れば結論が読めます。
あとがき
VARは難しい新ルールではありません。“どこを見て、どう進むか”の道筋が決まっているだけ。手順を知ることで、感情に振り回されず試合に集中できます。選手は損をしないふるまいを、指導者・保護者は落ち着いた声かけを、観戦者は再開から答えを読み解く目を。正しい理解が、ピッチでの一歩先をつくります。
