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サッカーのスイス代表戦術はなぜ堅牢か—可変3バックの仕組み

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相手の良さを消しつつ、自分たちの強みを押し出す。近年のスイス代表は、この“二兎”を高いレベルで追いかけ続けています。鍵は「可変3バック」。守備では5枚が素早く並び、攻撃では3-2-5(あるいは2-3-5)に形を変えて押し込みに転じる。この変化を、チーム全体で同じタイミング・同じ意図で行うことで、無駄なく試合をコントロールします。本稿では、その仕組みを具体的に分解し、テレビ観戦の着眼点から育成年代への落とし込み、データで確かめる方法までを一気通貫で解説します。

導入—サッカーのスイス代表戦術はなぜ堅牢か

可変3バックの定義と基本コンセプト

可変3バックは、守備時に5枚の最終ライン(3CB+両WB)で幅と深さを守りつつ、攻撃に移るとWBやIH、時にCBまでが位置を入れ替えて「3-2-5/2-3-5」を作る考え方です。ポイントは“3”を基軸とすること。中盤やサイドの選手が前後左右に移動しても、後方に最低3枚が残り、ボールロスト即のカウンターに備えます。スイス代表はこの基本を徹底し、前進のルートと守備の出口(ボールを奪われても危なくならない場所)をセットで設計しているのが特徴です。

スイス代表が堅牢と評される背景(近年の国際大会の傾向)

代表戦は準備期間が短く、守備の約束事とトランジションの精度が結果を左右しがちです。スイスはこの2点が安定。EURO 2020では優勝候補を相手に粘り強く戦い、EURO 2024でもベスト8進出(ラウンド16で前回王者を破り、準々決勝で善戦)と、トーナメントでの競争力を証明しました。大崩れが少なく、多くの試合で失点数を最小限に抑える“落ちない守備”が土台。そのうえで、少ない人数でも仕留め切る攻撃の形を持つため、接戦をものにしやすいのです。

ベースフォーメーションと可変の仕組み

守備時の5-4-1/5-2-3ブロックとライン間の管理

守備は基本的に5-4-1。相手のサイドバックが高いならウイングが戻って5-4-1、相手インサイドハーフが起点ならシャドーが絞って5-2-3と、相手の長所に合わせて中盤の枚数を調整します。重要なのは「ライン間の管理」。最終ラインと中盤ラインの距離を12〜18m前後に保つイメージで、ボールサイドは詰め、逆サイドはコンパクトを優先。これにより、相手の縦パスに対して前向きで潰せる距離が確保されます。

ビルドアップ時の3-2-5/2-3-5への移行ロジック

後方の“3”は、3CBそのまま、またはアンカーが最終ラインに落ちて作る“2CB+アンカー”でも成立。対面のプレス人数に応じて、アンカーの上下動やWBの出し入れで数的優位と角度優位を確保します。前線の“5”は、両幅(タッチライン付近)+両ハーフスペース+中央の5レーンを均等に占有。これで相手のスライドに限界を作り、縦→斜め→横の順に角度を変えて前進します。

左右非対称の可変—左のインバート、右の幅維持

スイスは非対称の使い分けが巧みです。例として、左側はサイドの選手(WBやサイドバック役)が内側レーンへ“インバート”して中盤に加勢。これにより左のビルドアップが安定し、X字のパス角が生まれます。一方、右側は幅を取り続ける配置で、相手のラインを横に伸ばし、最後に1対1の勝負(突破・カットイン・クロス)を作る狙い。左で作り、右で仕留める——この非対称性が、相手の守備を迷わせます。

守備の堅牢性を生む3つの原則

ハーフスペース遮断と縦ズレの同期

守備の最重要エリアはハーフスペース。ここを通されると、背後と中央の両方を同時に消すのが難しくなります。スイスは中盤が“内側優先の立ち位置”を取り、縦パスの受け手に対して前向きで潰す準備を整えます。このとき、最終ラインはボールホルダーの体の向きに合わせて一歩ずつ縦ズレ。前後の動きが同時に行われるため、背後を使われにくいのです。

人基準のプレッシングトリガー(外切り/内切りの使い分け)

プレスの合図は明確。バックパス、横パス、トラップミス、相手CBの逆足受け、GKへの戻しなどがトリガーです。外切りでサイドへ追い込むのか、内切りでアンカーを消して中央圧縮するのかは相手の構造次第。スイスは“次の守備者がどこから現れるか”を共有しており、1人目のアプローチの角度と2人目・3人目の奪いどころが連動します。

レストディフェンス3+2とラインコントロール

攻撃時もカウンター対策は常にオン。後方に3枚+中盤2枚(3+2)を残し、縦に速い相手のカウンターを中央で受け止めます。最終ラインは“ボールが逆サイドに移る瞬間”に1〜2m押し上げ、オフサイドラインを管理。これにより、相手のファーストタッチを後ろ向きにさせ、セカンドボールを拾いやすくします。

攻撃—少人数でも崩せる理由

中盤起点の配球とサイドチェンジ(縦→斜め→横の三段パス)

スイスの前進は“縦で刺して、斜めで外し、横で逃がす”が基本。中盤(アンカーやレジスタ)が縦の差し込みで一列飛ばし、受け手がワンタッチで斜めに流し、その先で大きくサイドチェンジ。相手の重心を少ないパスで揺さぶり、後手に回った瞬間に最前線まで一気に運びます。

片側過負荷と逆サイド隔離で作る1対1(Vargas/Ndoye型の活用)

左で人数をかけて相手を吸い寄せ、右のタッチラインに張るアタッカーを“隔離”する設計がよく見られます。個で剥がせるウイング(例:ドリブルと運動量に優れたタイプ)をアイソレートすることで、1対1の成功率を高めます。カットイン、縦突破、ニアゾーンへの進入、いずれにも移行でき、少人数でも決定機を作れるのが強みです。

CBの対角ロングボールとセカンドボール回収設計

相手が中央を固めたら、CBの対角ロングボールで一気に局面転換。落下点には2列目が“内→外”の順で寄り、こぼれ球を拾って二次攻撃へ。ここでもレストディフェンスは崩さず、弾かれた瞬間の逆カウンターを抑えます。

トランジション設計(攻守の切り替え)

奪ってから5秒の前進ルールと即時幅取り

ボール奪取から5秒間は“最短でゴールに近づく”が合言葉。縦に速い選手は背後へ、サイドは素早く幅を取り、ボール保持者は最も前を向ける味方へ。ダイレクトプレーが難しければ、いったん逆サイドへ安全逃げして体勢を整えます。

失ってから5秒のカウンタープレスと圧縮方向

失った直後はボールサイドに3人以上で圧縮。相手の前を切って外へ誘導し、スローにさせます。この“奪い返し”で取り切れなくても、相手のファーストパスを限定できれば後方の5枚が整う時間を稼げます。

ファウルマネジメントと遅延の線引き

危険なカウンターの芽は、半身で抱える軽い接触や進路妨害でスピードを落とすのが現実的。カードや位置を踏まえた“許容の線引き”を共有し、無用なイエローは避けつつ流れを切ります。

セットプレーの強み

コーナーのニア攻撃とスクリーンの作法

ニアで触る、ニアで合わせる、ニアでこぼす——いずれのパターンも使えます。ニアへ走る味方のコース上でスクリーン(進路妨害にならない範囲のブロック)を設定し、相手のマーカーを一瞬止めることで、ファーの選手まで連鎖的にフリーを生みます。

フリーキックの二次攻撃とこぼれ球の配置

直接狙いが難しい距離では、折り返しとセカンド回収を前提に配置。ペナルティアーク周辺にミドルを打てる選手、逆サイドの深い位置に拾い役、最終ラインにはカウンター止めの“2枚”を残します。

守備のハイブリッド(ゾーン+マン)の役割分担

ゴール前はゾーンが土台。ニアと中央はゾーンで弾き、相手の空中戦に強い選手にはマンマークをミックス。ファーはこぼれと折り返しに備える役割を配置し、二段目の守りを厚くします。

代表個の特性と戦術適合

センターバック—前進パスとカバーリングの二面性

前進の質はCBで決まります。対角へのスイッチ、縦パスの通しどころ、背後ケアのスピード。対人に強いCBと配球に長けたCBの組み合わせは、可変の安定に直結します。

ウイングバック—幅の確保と内側レーン走行の両立

走力と気の利き方が肝。幅を保つだけでなく、タイミングよく内側へインバートして中盤の数合わせを行います。サイドの上下動と内外の出入りを同時にこなせると、非対称の可変が劇的に機能します。

中盤—アンカー/レジスタの配球と守備カバー

アンカーは「最初の出口」と「最後のストッパー」を兼ねます。視野の広さ、受ける角度、失った直後のカウンターファウルの判断まで含めて総合力が問われます。並走する相棒は運動量と二次配球でチームに推進力を与えます。

前線—CFとシャドーの流動性(裏抜けと降りる動き)

CFは背後への脅威で相手CBを釘付けにし、シャドーは降りて前を向く。どちらもできる選手が揃うと、相手のラインに“迷い”が生まれ、ハーフスペースの受け手が常にフリーになりやすくなります。

試合別に見る可変の使い分け(近年の事例傾向)

強豪相手—5-4-1からのカウンター設計

ブロックを低めにし、ボール奪取後は縦2本で背後へ。サイドは即時に幅を取り、逆サイドのウイングは一拍遅れて背後へスプリント。3本目のパスで仕留める“短距離カウンター”に寄せます。

主導権を握る試合—2-3-5での押し込みとリスク管理

相手が引いたら、後方2+中盤3で相手1列目を包囲。5レーンを埋めてスイッチの回数を増やし、ペナルティエリア角での崩し(カットバック/壁パス)を繰り返します。ロスト地点を常に相手ベンチ側へ寄せるなど、再奪取しやすい配置も織り込みます。

終盤のゲームマネジメント(リード時/ビハインド時)

リード時はWBの高さを抑え、5-4-1でスペース管理。ビハインド時は2トップ化やWBの同時高幅取りでエリア内の枚数を増やします。いずれもレストディフェンスの人数は減らさないのが原則です。

テレビ観戦で見抜く分析ポイント

キックオフ直後の隊形変化サイン(誰が数的優位を作るか)

最初の2分でチェック。アンカーが落ちるのか、左がインバートするのか、右が張るのか。誰が“余り”を作るかで、その試合の設計図が見えてきます。

サイドの非対称性—インバートのタイミングと幅の出し方

左が内に入る瞬間に、右のウイングがどれだけ高く幅を取れているか。ここが揃うと一気に前進速度が上がります。逆にズレていると、縦パスの先で潰されがちです。

プレスの合図(バックパス/横パス/トラップミス)とラインの高さ

合図が出た瞬間に、最終ラインが“連鎖して1〜2m”押し上げられているかを確認。これができる試合は、陣地回復が早く、相手のロングキックも回収しやすいです。

育成年代・アマチュアで実装する手引き

3バック導入の判断基準(選手資質・層・交代枠)

・対人に強く走れるCBが3人いるか
・サイドで90分往復できるWBがいるか
・アンカーが“落ちる/残る”を試合中に判断できるか
これらが揃えば3バックは有力。交代枠を使ってWBの運動量を維持できるかもポイントです。

トレーニングドリル:3-2-5化のビルドアップ(3ゾーン制限ゲーム)

ピッチを縦に3分割。後方ゾーンは3人、中間ゾーンは2人、前方ゾーンは5人までと制限して8分×3本。縦→斜め→横の三段パスを成功させたら加点、ロスト即の再奪取でボーナス。配置と原則が自然に身につきます。

トレーニングドリル:5-4-1ブロックの距離感(8v8ハーフコート)

ハーフコートで8対8、守備側は5-4-1の隊形を維持しながら、ボールサイドの圧縮と逆サイドのコンパクトを採点。中盤と最終ラインの距離が18mを超えたら減点、奪取から5秒で前進できたら加点といったルールが有効です。

よくある失敗と修正ポイント(最終ラインの割れ/中盤の縦ズレ)

・最終ラインの割れ:ボールサイドのCBだけが前に出て、残りが付いてこないケース。合図(トリガー)を固定し、全員で1歩ずつ出る練習を。
・中盤の縦ズレ:アンカーが下がるのにIHが付いてこない。背後を消す役割分担を言語化し、IHの初動を0.5秒早める意識づけを行いましょう。

データと映像で裏付ける方法

スタッツの読み解き方(PPDA/進入回数/被最終局面)

・PPDA(守備の強度指標):低いほど前から行っている傾向。スイスは相手や局面で可変するため、単体ではなくホーム/アウェイや時間帯とセットで確認。
・敵陣進入回数:3-2-5でどれだけ押し込めているかの目安。
・被ボックス進入:堅牢性の核心。ここが少ない試合は大崩れしにくいです。

映像チェックリスト(停止→再生で見る5つの局面)

1. 自陣ビルドアップ開始時の並び(3-2-5 or 2-3-5)
2. 左のインバートが起きる瞬間と、右の幅の高さ
3. 縦→斜め→横の三段パスの有無
4. ロスト直後5秒の人数と圧縮方向
5. セットプレーの配置(残し人数とセカンド回収)

セットプレーのスカウティングシート作成手順

・攻撃CK:キッカーの軌道、ニアの走路、スクリーン役、二次配置
・守備CK:ゾーン配置、マン付け対象、カウンター残し
・FK:直接/間接の比率、リハーサルの有無、セカンドの拾い位置

用語ミニ辞典

可変3バック/インバート/ハーフスペース

・可変3バック:試合中に3→5や3→2→5などに形を変える後方配置。
・インバート:サイドの選手が内側レーンに入って中盤化する動き。
・ハーフスペース:サイドと中央の間の縦レーン。攻撃の“黄金地帯”。

レストディフェンス/オーバーロード&アイソレート

・レストディフェンス:攻撃時に残しておく守備の土台(3+2など)。
・オーバーロード&アイソレート:片側に人数をかけ、逆サイドで1対1を作る発想。

カバーシャドウ/ファイブレーン

・カバーシャドウ:自分の背後のパスコースを影で消しながら寄せる技術。
・ファイブレーン:左右の幅、左右ハーフスペース、中央の5つの縦レーン。

Q&A—よくある疑問

なぜ4バックではなく3バック(可変)なのか

代表は準備時間が限られます。3バックは“後方3枚を常に残す”原則がシンプルで、ロスト即の安定感が高い。WBの上下動で攻撃枚数も自在に増やせます。

ウイングが戻れないときの代替策はあるか

シャドーが外まで下がり、IHがハーフスペースを閉じる“疑似5-4-1”でカバー可能。逆サイドは中盤が一枚余るように配置して中央圧縮を優先します。

身長が低いチームでも空中戦に耐えられるか

ゾーン配置で落下点を先取りし、セカンド回収に人数を割けば対応可能。キッカーの軌道を読んでニアで触る練習を増やすと失点率は下がります。

まとめ—スイス代表の堅牢さの核は「可変」よりも「同期」

守備:共通言語と距離感の維持

“いつ出るか、どこを消すか、誰が残るか”。この共通言語があるから、5-4-1でも5-2-3でも一体感が崩れません。ライン間12〜18m、ロスト直後5秒、ニアとハーフスペース優先——数字と合図でズレを最小化しています。

攻撃:再現性の高い前進ルートの確立

左で作り、右で仕留める非対称。縦→斜め→横の三段。CBの対角スイッチと2列目のセカンド回収。これらがセットで回り出すと、少人数でも決め切れるのがスイスの強みです。

明日から試せる3つの実践項目

1) レストディフェンス3+2を“先に”決めてから前進する
2) 左のインバートと右の幅取りを合図で同期させる
3) ロスト直後5秒の圧縮方向(外 or 中)を試合前に全員で統一する

可変は手段、同期が本質。スイス代表が見せる堅牢さは、形を変えることそのものではなく、全員が同じリズムで変われることに支えられています。観る側も、プレーする側も、そこに目を向けるだけでサッカーの見え方が一段深くなるはずです。

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