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アディショナルタイム増加の理由は?IFAB新指針と厳格計測
最近の試合で掲示板に「+8」「+10」といった大きな数字が並び、「長い…!」と感じた人は多いはず。じつはこれは気のせいではありません。国際サッカー評議会(IFAB)の新しい考え方が広がり、主審が“失われた時間”をより正確に取り戻す運用へシフトした結果です。本稿では、何が変わり、何が加算され、どのように準備すべきかを、現場目線でわかりやすく解説します。
導入:なぜアディショナルタイムが長く感じるのか
用語整理(アディショナルタイム/ロスタイムの定義)
「アディショナルタイム」は競技規則上の正式用語で、前半・後半の終了時に主審が示す“追加時間”を指します。かつて一般的に使われた「ロスタイム(失われた時間)」と意味はほぼ同じですが、現在はアディショナルタイム表記が主流です。掲示板に出る数字は「最低◯分」の目安で、その間にさらに時間が失われれば、実際の終了は表示より遅くなります。
近年の傾向と話題化の背景
世界大会や主要リーグでの方針転換により、ゴール後のセレブレーション、VAR確認、選手交代などで止まった時間をより厳密に“返す”ようになりました。結果として、これまで慣習的に短めに収められていた試合が、100分を超えるのが珍しくなくなり、体感として「長い」と感じやすくなっています。
IFAB新指針の全体像
いつ、何が変わったのか(2022年以降の流れ)
2022年の国際大会以降、「失われた時間を正確に取り戻す」という考え方が明確化・共有され、各国協会や主要リーグに波及しました。大枠は競技規則に以前から存在していましたが、2022年以降はその運用がより厳密になった、というのが実態に近い説明です。特に、ゴール後の時間やVAR関連の停止など、試合空白の“見落とし”を減らす方向へ舵が切られました。
「厳格計測」とは何を厳格にするのか
厳格計測は、主審や第4の審判が、試合の“非プレー時間”をできるだけ実数に近づけて合算することを指します。具体的には、ゴール後、VAR、負傷対応、交代、抗議で試合が進まない時間などを、その都度カウントし、前半・後半の終わりにまとめて加算します。従来の「交代1回につき◯秒」といった大まかな推定から、現実の停止時間に寄せる運用へ移っています。
競技規則(Laws of the Game)での該当箇所
追加時間は競技規則第7条(試合時間)に定義されています。第7条は、プレーが止まっていた時間(例えば、負傷者の手当て、選手交代、懲戒に伴う遅延、VAR関連のレビュー等)を考慮して、主審が適切な時間を追加できる(すべき)ことを明記しています。新指針はこの条文の趣旨を実務で徹底する取り組みです。
何が加算対象になっているのか
ゴール後のセレブレーションの時間
ゴール後の集団セレブレーションや、得点者のベンチへの駆け寄り、再開までの整列にかかる時間は、原則として“失われた時間”として加算されます。歓喜の瞬間も試合時間の一部ですが、プレーが再開していないため、純粋な“プレー時間”には含まれません。
VARチェックとオンフィールドレビュー
VARによる事象確認、オンフィールドレビュー(主審がモニターで再確認)に費やされた時間も加算対象です。確認対象が得点に直結する場面であれば、停止時間も長くなり、アディショナルタイムは大きく伸びます。
交代・負傷治療・担架の出入り
選手交代時の移動、負傷者の手当、担架の出入りなど、再開までの準備にかかる時間は合算されます。交代が複数同時に行われたり、治療が長引いたりすれば、その分だけ追加時間が増えるのは自然な結果です。
ペナルティキック前後の準備・抗議
PKの判定後、ペナルティマークの整備、キッカーの準備、ゴールキーパーの位置確認、抗議や駆け引きなどで再開が遅れる場合、その時間もカウントされます。特に重要な局面ほど感情が高まり、再開までの手続きが増えるため、追加時間が伸びやすい領域です。
時間稼ぎの反復行為(GKの保持、スローイン等)
ゴールキーパーの過度なボール保持、意図的に遅いスローインやフリーキック、リスタートのやり直しの繰り返しなど、プレー遅延に該当する行為が重なれば、警告や再開位置の修正と共に、その遅延時間が積み上がります。
レッドカード・乱闘・観客要因などの例外
退場に伴う混乱、選手間の小競り合いの収束、観客の投擲物やピッチ侵入対応など、競技外の要因で長時間止まった場合も、当然ながら加算対象です。安全確保が最優先で、再開手順が増えるほど時間は延びます。
実際の数字とリーグ別の運用差
国際大会(カタールW杯以降)の平均追加時間
2022年の世界大会では、前半・後半のアディショナルタイムが合計で10分前後に達する試合が目立ちました。特定試合では20分以上となるケースもあり、従来の感覚からすれば“長い試合”がスタンダード化した印象です。
欧州主要リーグ(特に2023-24プレミア)の方針
2023-24シーズンの一部欧州主要リーグ、特にプレミアリーグでは、ゴール後や交代、VARの時間をより厳密に計測する方針が明確になりました。結果、90分を超えて100分前後まで伸びる試合が一般的になり、アディショナルタイムは前後半ともに増加傾向です。
国内リーグや年代別カテゴリーの傾向
国内リーグでも指針に沿った厳格運用が広がりつつありますが、カテゴリや大会ごとに強度は異なります。育成年代は安全面や大会進行を考慮し、極端な長時間化を避ける運用が取られる場合もあります。つまり「同じルールでも、現場の状況に応じた運用差がある」というのが実際です。
ボールインプレー時間との関係
プロのトップゲームでは、実際にボールが動いている有効プレー時間は概ね50〜60分の範囲に収まることが多いと言われます。厳格計測は、この“実質プレー時間”を底上げする意図を持っており、遅延が多い試合ほどアディショナルタイムで調整されます。
目的は『有効プレー時間』の確保
フェアネス回復と観客体験
時間稼ぎの巧拙で勝敗が左右される度合いを減らし、純粋なプレーで決着する時間を確保する——これが新指針の骨子です。観る側にとっても、ボールが動いている時間が増えれば、納得感のある試合体験に近づきます。
90分という枠と実質のプレー時間のギャップ
サッカーの“90分”は、時計が進み続けるランニングタイムです。そこに交代、治療、VARなどの停止が積み重なると、実質プレー時間が減ります。アディショナルタイムは、このギャップを埋めるための調整弁として機能しています。
将来の『ストップクロック』議論との違い
バスケットボールのような“時計停止”を採用する案も議論されますが、現行のサッカーは一体感のあるゲームフローを重視する競技文化があります。今回の厳格計測は、ストップクロック導入ではなく、現行ルールの範囲内で実効性を高めるアプローチです。
選手・チームへの影響
走行距離・強度の増加とコンディショニング
試合が100分規模で推移することが増えると、終盤の走行距離やスプリント回数がじわりと増えます。筋グリコーゲンの枯渇、集中力低下、判断スピードの鈍化は避けにくく、練習で“最後の10分”を再現する設計が重要になります。
終盤の戦術(交代・時間帯別リスク管理)
交代枠やクーリングブレイクの有無を踏まえ、80分以降のゲームプランを二段構えで用意しましょう。アディショナルタイムが長い前提なら、85〜95分と95分以降で役割を分ける設計が理にかないます。
セットプレーの集中力維持
終盤はファウルも増え、CKやFKが多発します。マークの受け渡し、ニア・ファーの役割、キーパー前のスペース管理など、ルール化した合言葉(トリガーワード)で素早く統一する仕組みが有効です。
メンタルとクレバーなゲームマネジメント
「掲示は最低◯分」を理解しているか否かで、心の余裕が変わります。得点直後のリスタート、カードの出方、主審の傾向を“観察して伝える”役割をピッチ内に1人置くと、チーム全体の焦りを抑えられます。
監督・指導者・親ができる実践対応
練習計画(終盤強度の再現、反復走、ポジショナルゲーム)
・90分+アディショナルタイムを想定し、最後の15分に高負荷をかける設計を週2回程度配置。
・反復走(シャトル、RST)をセットプレーや切替ドリルとつなげ、疲労下の意思決定を磨く。
・狭い局面のポジショナルゲームで、タッチ制限と時間制限を併用し、素早い判断と身体の向き作りを徹底。
リカバリーと栄養計画の見直し
試合翌日の睡眠・栄養・補水を最優先。特に終盤のけいれん対策として、電解質と炭水化物の摂取タイミングを設計します。遠征試合では帰路の軽食(低脂肪・高炭水化物)をチームで準備しておくと実効性が高いです。
審判の意図を理解するコミュニケーション
主審は“失われた時間を返す”任務を負っています。抗議で時間が延びれば、むしろ自分たちの首を絞めます。キャプテンが窓口を担い、必要な確認だけを簡潔に行うルールをチーム内で共有しましょう。
育成年代で教えるべき時間管理のリテラシー
・「掲示は最低◯分」「遅延はさらに加算」の二点をまず理解。
・得点直後は最も失点しやすい。心拍が高いほど判断は遅れるので、合言葉で“標準動作”を呼び出す。
・交代選手には、入る前に“最初の3アクション”を明確に伝える(プレス方向、背後警戒、初回のビルドアップ位置など)。
よくある誤解と正しい理解
『長くなった=審判の気分』ではない
アディショナルタイムは恣意的に伸ばすためではなく、止まっていた時間を返すためにあります。主審は一定の根拠に基づいて積み上げています。
計測の透明性と掲示のタイミング
第4の審判が掲示するのは「最低◯分」。掲示は後半(前半)終了間際に行われ、そこから先の遅延はさらに加算され得ます。
ロスタイムの『最低◯分』の意味
掲示は下限値です。例えば「+5」であっても、その5分間に治療やVARがあれば、実際は+7、+8になることがあります。
アディショナルタイム中の遅延はさらに加算される
終盤の時間稼ぎは、かえって“自分に返ってくる”仕組みです。遅延が多いほど試合は長引き、リスクはむしろ増えます。
反発・課題・リスク
過密日程と疲労リスク
試合時間の伸長が累積疲労を増やす懸念は現実的です。特に複数大会を戦うチームは、遠征移動と合わさって回復時間がタイトになりがちです。
負傷発生の懸念データと実感のギャップ
「長い=ケガが増える」とは単純化できません。実際には、試合運動量、連戦間隔、ピッチ状態、交代戦略など複合要因の影響が大きいからです。重要なのは、終盤の疲労下での判断エラーを減らす練習と交代設計です。
試合時間の長期化が視聴体験に与える影響
有効プレー時間の増加は観る満足度を高める一方、放送枠やスケジュール調整には新たな工夫が必要です。観客にとっても、終了時刻の読みづらさは課題になります。
国・リーグ間での解釈差
指針の方向性は共通でも、運用の強度や文化は地域差があります。国際大会での“基準の違い”に戸惑わないよう、事前の情報共有が欠かせません。
今後の見通し
IFAB会合での継続的検証ポイント
有効プレー時間の伸長、負傷率、観客満足度、試合平均時間などが検証対象となり、各国の運用事例がフィードバックされ続ける見込みです。
テクノロジー活用(自動計時・トラッキング)の可能性
将来的には、審判の手計測を補助するテクノロジー(イベント自動検知、停止時間の提案など)が導入される可能性があります。現行のゲームフローを守りつつ、透明性の高い運用を支える方向です。
ルール周知と教育のアップデート
選手・指導者・審判・観客それぞれに向けた“時間の考え方”の共通理解が不可欠です。ミスコミュニケーションを減らすことで、試合の質はさらに上がります。
まとめとチェックリスト
今日からできる3つの対策
- 終盤15分の“疲労下スプリント+意思決定”を週2回は再現する。
- 得点直後の標準手順(再開対応、リスクエリアの共有)を言語化する。
- キャプテンを中心に、審判とのコミュニケーションを簡潔化する。
試合当日の確認事項
- ウォームアップで終盤を想定した心拍域を一度作る(上げて落とす)。
- 交代プランを「85〜95分」「95分以降」で二段階に分けて共有。
- セットプレー守備の合言葉(例:ニア優先/キーパー前クリア)を統一。
終盤10分の勝敗を左右する習慣
- リスタート5秒ルール(素早く置く・素早く動く)を徹底。
- プレー外の抗議をしない。必要な確認はキャプテンだけが行う。
- 相手の時間稼ぎに反応しない。自分たちの次のプレーに集中する。
FAQ
どうすれば試合中の加算目安を把握できる?
ゴール後、VAR、負傷治療、交代の数と長さを簡単にメモしておくと感覚が磨かれます。ベンチではスタッフが“停止イベント”をカウントし、ハーフタイムと終盤に共有すると精度が上がります。
アディショナルタイムでの時間稼ぎは損か得か?
原則として損です。遅延は加算されやすく、カードリスクも上がります。ボールの遠投や不必要な抗議は、守備側に有利どころか、相手に“もう一度のチャンス”を与えます。自分たちの整った守備ブロックでプレーを完結させる方が合理的です。
少年サッカーでも同様に増えるの?
指針の方向性は同じですが、育成年代では安全面や進行管理を優先する場合があります。極端に長いアディショナルタイムは避けられることもあり、大会規定や審判の運用を事前に確認しましょう。
後書き:長くなった「終盤」を、勝機に変える
アディショナルタイムが伸びるのは、フェアに“失われた時間を返す”ため。つまり、終盤はこれまで以上に勝負どころになります。疲労下での判断、素早い再開、セットプレーの精度——この3点を磨けるチームほど、長い終盤を味方にできます。今日の練習から、最後の10分の習慣を作り始めましょう。
