目次
はじめに
延長戦とPK方式は、トーナメントで勝ち上がるための“最後の勝負所”。しかし、細かなルールや戦略を見落とすと、試合の設計や現場の判断にズレが生まれます。本記事では、延長戦(Extra Time)とPK方式(Kicks from the Penalty Mark)の基礎と要点を、実戦で使える視点に絞って一気に整理します。大会規定によって異なる部分はありますが、ベースとなる国際ルールを軸に、現場の意思決定に直結するチェックポイントやトレーニング案までまとめました。
延長戦とPK方式の全体像
トーナメントでの勝敗決定の流れ
ノックアウト方式の試合は、90分で決着がつかない場合に「延長戦」→「PK方式」の順で勝者を決めるのが一般的です。延長戦は前後半に分かれ、なお同点ならPK方式に移行して最終的な勝敗を決めます。得点や警告・退場、交代の扱いは延長戦も「試合の続き」。一方、PK方式は“試合”ではなく、勝者を決めるための手順です。ここを切り分けるだけで、交代や記録、メンタル準備の考え方がクリアになります。
リーグ戦・カップ戦での扱いの違い
リーグ戦は引き分けが結果として成立します。一方、カップ戦(トーナメント)は勝者が必要なため延長戦とPK方式を採用します。大会によっては日程や安全面の配慮から「延長戦を行わず即PK」「延長時間を短縮」といった規定もあります。まずは大会要項の「試合時間」「引き分け時の取り扱い」「交代枠と延長の関係」を必ず確認しましょう。
試合設計に与える影響(体力・メンタル・交代)
- 体力計画:90分で終わらない前提で“100〜120分設計”に切り替えると、プレッシング強度や走力配分、交代タイミングが変わります。
- メンタル設計:延長・PKを想定した声かけやルーティンを準備するほど、終盤の意思決定は安定します。
- 交代戦略:延長ありなら「温存」「延長から投入」「PKスペシャリスト起用」など選択肢が増えます。
延長戦(Extra Time)の基礎知識
延長戦が実施される条件
延長戦は、90分で勝敗が決しない場合に大会規定で実施されます。採用の有無、延長時間の長さは大会ごとに異なることがあります。国内の育成年代では安全面や日程の都合で延長なし(即PK)も珍しくありません。
時間配分とインターバルの取り扱い
- 基本構成:延長戦は2本(各15分以内が標準)の前後半で行われます(大会要項で短縮するケースあり)。
- 短いインターバル:90分終了後と延長前半終了後に短い休憩が認められます。給水・指示整理のための“超短時間ハドル”を前提に準備しましょう。
- 時計管理:前半・後半と同様にアディショナルタイムが加算されます。
交代枠と延長戦の関係(大会規定の確認ポイント)
- 交代人数と機会:多くの大会で「延長戦に入ると交代可能人数や交代機会が追加」されます。ただし、人数や“機会”の扱いは大会ごとに違います。
- ハーフタイム扱い:ハーフタイム、延長開始前、延長ハーフタイムでの交代は「交代機会」にカウントしない運用が一般的ですが、要項確認が必須です。
- PK要員:PKを見据えたキッカー、セーブに強いGKの起用・温存を計画に組み込みます。
歴史の要点:ゴールデン/シルバーゴールの導入と廃止
かつては延長中の先制点で即終了する「ゴールデンゴール」や、延長前半終了時点でのスコアで決する「シルバーゴール」が試行されましたが、現在は廃止されています。現行は延長の前後半を最後までプレーします。
統計上の扱い(延長・PK後の公式記録の見方)
- 延長中の得点は試合スコアに加算され、得点者の公式記録になります。
- PK方式の得点は“試合のゴール”には含まれません。結果表記は「引き分け(PK勝ち/PK負け)」の形式が一般的です。
延長戦の戦術とマネジメント
体力配分とテンポ管理:90分以降の設計
- テンポの波形管理:90分終盤〜延長前半は一段テンポを落とし、延長後半に再加速。交代で強度を上げる“二段ロケット”の設計が有効です。
- 走る場所を絞る:非保持の横スライドを短く、スイッチングの回数を制限。保持では2〜3タッチで前進し、ロスト後の即時奪回を限定的に。
インターバルの使い方(リセットと優先課題の共有)
- 3点共有:守備のライン設定、セットプレーの配置、ビルドアップの出口(誰に付けるか)を15秒で確認。
- 合言葉化:たとえば「外回し→背後」「CKはニア・スクリーン固定」など、短い言葉に落とし込む。
意思決定の質を落とさないルールづくり
- クリアの基準:自陣では“縦クリア”を原則に。中央ミスを防ぐ合意がブレを減らします。
- ファウルマネジメント:危険地帯の後追いファウルを減らし、セットプレーの被リスクを抑制。
交代の優先順位:延長見越しの起用と温存
- バテやすいポジション(SB/SH/CF)から交換。延長で走れる駒を残す。
- PK要員を温存しつつ、延長での起点確保(セットプレーのキッカー、空中戦)を両立。
- カードリスクの高い選手は早めに判断。退場は延長・PKの選択肢を狭めます。
守備ブロックとプレスの再設計(ライン設定の考え方)
- ライン高の調整:中ブロックで中央封鎖、背後はGKとCBのカバーリングで対応。
- プレスの合図を限定:相手のバックパス、トラップミス時のみ全体でスイッチ。
セットプレーのリスク/リターン管理
- 攻撃:ニアで触る作戦はリバウンドケアを厚く。キッカーの疲労を考慮してキック種を事前決定。
- 守備:マンマーク+1(ゾーン)でGKの可動域を確保。リスタートの遅延防止で集中を切らさない。
痙攣・脱水リスクの最小化(ピッチ内外の工夫)
- 給水の優先順位:塩分+水分、氷袋で首筋冷却。延長前の摂取は“量よりスピード”。
- テーピング・替えソックスの準備:足裏のふやけ・摩擦を抑制。
PK方式(Kicks from the Penalty Mark)の基礎知識
実施手順とコイントスの流れ
- コイントス1:どのゴールで実施するかを決めます(安全面などで変更される場合あり)。
- コイントス2:先攻・後攻を決定。勝ったチームが先攻・後攻を選びます。
- 実施:各チーム5人が交互に1本ずつ。決着しなければサドンデスへ。
キッカーの人数・順番・サドンデス
- 参加選手:試合終了時(延長後)のフィールド上にいる選手が対象(主審の許可を得て一時退場中の選手を含む)。
- 順番:最初の5人の順番を事前登録する必要はありません。各キック前に主審へ誰が蹴るかを明確にします。
- サドンデス:5人ずつ蹴って同点なら、両チームの全員が1巡するまで繰り返し、必要なら2巡目へ。
参加資格と人数合わせ(Reduce to Equate)
- 人数調整:一方のチームが退場等で人数が少ない場合、相手は開始前に人数を減らして揃えます(誰を外すかはチームが選択)。
- 外れた選手はPKに参加できません。
GKのルール:位置取り・交代・キッカー兼任
- 位置取り:キックされる瞬間、GKは少なくとも片足の一部がゴールライン上(またはその延長線上)にある必要があります。
- 交代:GKが負傷した場合、大会規定に基づき交代可能枠が残っていれば登録済みの交代要員と交代可。枠がない場合はフィールドプレーヤーがGKを務めます。
- キッカー兼任:GKもキッカーとして蹴ることができます。
反則とやり直しの基本(主な事例)
- GKが早く前に出てセーブした:やり直し(状況により警告の対象)。
- キッカーの二度蹴り:反則でキックは無効。相手ボールで再開。
- 侵入(他の選手がペナルティエリアに入る等):侵入側・結果に応じてやり直し/得点認定が判断されます。
VARの関与(導入大会の場合の確認事項)
- GKのライン違反、キッカーの二度蹴り、侵入などの明白な事実確認に用いられます。
- 最終判断は主審。VAR導入の有無は大会要項で確認しましょう。
ABAB方式と過去のABBAトライアルの位置づけ
PKの順番はABAB(先攻→後攻の交互)が現行の標準です。過去に先攻有利をならす目的でABBA方式が試行されましたが、正式採用には至っていません。
PKで勝つための実践ポイント
キッカーの技術:助走・軸足・コース選択
- 助走:短く一定(3〜5歩)で再現性を高める。助走角でGKの読みをずらす。
- 軸足:ボール横・やや後ろに安定着地。上体は被せ、視線は最後にボールへ。
- コース:サイドネットを狙う意識。ただし無理にギリギリは狙わず、“高めど真ん中”をセカンドプランに持つのも有効。
プレショット・ルーティンと呼吸法
- 一定手順:ボール設置→深呼吸→合言葉→助走という固定化。いつも同じが安心を生みます。
- 呼吸:4-2-4のボックスブリージング(4秒吸う→2秒止める→4秒吐く)で心拍を整える。
左右選択の考え方と“セカンドプラン”
- 決め打ち+例外条件:基本は決め打ち、GKが大きく先出ししたらセカンドプランに切替。
- 風・芝・足元の状態を助走前に確認。滑る日はミドルハイト中心に。
GKの戦略:事前分析・視覚的圧力・動作の統一
- 事前分析:相手の利き足、助走角、過去コースの傾向をカードやメモで可視化。
- 視覚的圧力:腕を広げる、ステップで存在感を出す。最後は“待つ勇気”。
- 動作の統一:毎回同じ初動を見せ、相手の読みをブレさせる。
オーダー設計:先攻/後攻と5人目の配置基準
- 先攻選択:統計的に先攻が勝つ傾向が報告されています(おおむね先攻が優勢)。コイントスに勝てば先攻を基本に。
- 順番設計:1番手=チームで最も安定したキッカー、2・3番手で差を広げ、5番手は「勝負を決められる精神的に強い選手」。
- サドンデス見越し:6〜8番手までの優先順位を延長中に決めておく。
GKスペシャリスト起用は有効か:判断材料とリスク
- 有効条件:身長・リーチ・反応速度が高く、PKの読み・準備に長けた選手がベンチにいる場合。
- リスク:交代枠や交代機会の消費、直前投入でのウォームアップ不足、チームの心理変化。
- 判断軸:セーブ率の実データ、現在のGKの状態、風向・ピッチ状態、相手のキック傾向との相性。
心理的優位を作る声かけ・所作
- ベンチの所作:静かなガッツポーズ、短い称賛。外しても責めない空気で次のキッカーを守る。
- 主将の役割:順番確定、審判とのやり取り一本化、キッカーへの短いトリガーワード。
年代別・カテゴリー別の注意点
高校・大学・社会人で異なる大会規定のチェック項目
- 延長の有無・時間、交代人数と交代機会、ウォーターブレイクの扱い。
- 大会独自の方式(例:延長省略やベンチ入り人数の上限)に注意。
育成年代の配慮(試合時間・交代・安全面)
- 酷暑・寒冷時の負担管理。無理な延長は避ける規定が設けられることもあります。
- 痙攣予防の栄養・水分補給、アイシング、早めのサイン共有。
気候とコンディション対策(夏の延長・冬のPK)
- 夏:延長前に塩分+炭水化物の素早い補給。氷嚢、冷感タオルを準備。
- 冬:ウォームレイヤー、手袋、足先の保温でキック精度を落とさない。
保護者・指導者ができる準備とサポート
- 用具:替えソックス・テーピング・飲料・エネルギー補給食の事前準備。
- 声かけ:結果ではなくプロセスを評価する言葉で選手の恐怖心を下げる。
よくある誤解とFAQ
「PKは運だけ」は本当か?
完全な運ではありません。先攻有利の傾向や、ルーティン・コース選択・GKの分析で成功率は安定します。準備と意思決定の質が勝敗に直結します。
延長戦での時間稼ぎはどこまで許される?
負傷装い、極端な遅延行為は反則で警告の対象。スローインやFKの準備に必要な範囲は認められますが、主審の判断でアディショナルタイムに反映されます。安全・フェアの範囲を超えない運用が前提です。
キッカー順の事前登録は必要?変更はできる?
事前登録は不要です。各キックの前に主審にキッカーを明確にします。ただし、同一選手が2回目を蹴るのは全員が1巡した後です。
先攻有利の実態と対策
- 傾向:過去の主要大会では先攻が勝つ傾向が報告されています。
- 対策:コイントスに勝てば先攻選択。後攻になったら「1本目の成功」で流れを作り、GKは初手で存在感を最大化。
GKが早く動いたらどうなる?(主な判定の整理)
- キック時にラインから前に出てセーブした場合:やり直しの対象。
- 再犯や状況により警告が示されることがあります。
- 同時侵入など複合事案は主審の総合判断となります。
練習メニュー例とチェックリスト
延長戦を想定したコンディショニング(実戦型)
- 90分後インターバル→15分ゲーム×2本:給水・短時間指示を実戦同様に。
- 終盤強度ブースト:延長後半にスプリント・切り替えを追加して“二段目の燃料”を体に覚えさせる。
PK練習の設計:本数・強度・再現性
- 本数:1セッションあたり各選手5〜10本。毎回「同条件」を再現。
- 状況再現:疲労状態でのPK(走った直後)と、静的状態の両方を実施。
- 記録:コース、軌道、高さ、成功/失敗を簡易ログ化。翌週に修正点を反映。
分析と共有:キッカーデータ・GK傾向のテンプレ
- キッカー:利き足/助走角/第一選択コース/セカンドプラン。
- GK:左右の飛び出し傾向/待つタイプか先出しか/反応速度。
- テンプレ:A4一枚で見られる“PKカード”を用意(ベンチとGKが即参照)。
試合当日のフロー:延長突入〜PK開始までの動線
- 延長決定:交代枠・機会の残数確認、PK想定の温存確認。
- 延長ハーフタイム:優先課題3点、セットプレー確認、PK候補の再点検。
- 90+延長終了:主将とスタッフでキッカー順確定→GKに相手情報の最終共有→整列。
- コイントス:先攻選択の準備(勝ったら即「先攻で」)。
チーム内役割分担(声かけ・順番決定・用具・水分)
- 主将:審判対応、順番確定、キッカーへの最終声かけ。
- GK担当:相手キック傾向をGKに簡潔共有。
- 用具担当:ボール拭きタオル、飲料、替えソックス、氷嚢の手配。
まとめ:現場で使える要点
意思決定の優先順位と最終チェック
- 大会要項の確認(延長の有無、交代枠・機会、PK手順)。
- 延長のテンポ計画と交代優先順位の事前合意。
- PKの先攻選択、オーダー、GK戦略のテンプレ化。
大会規定の“見落とし”を作らないために
- 要項の抜粋をA4一枚でベンチ常備。交代・延長・PKの条項にマーカー。
- 審判への確認事項を事前に共有(延長のインターバル、交代機会、PKの実施ゴール)。
次の試合に活かす振り返りテンプレ
- 延長の良否:走力配分/交代タイミング/セットプレー結果。
- PKの良否:ルーティン遵守率/コース意図と実際/GKの初動・読み。
- 改善策:次回の優先度上位2つだけを明文化して練習へ落とし込む。
おわりに
延長戦とPK方式は、ルールの理解と準備の質がそのまま勝敗に現れます。試合の“最後の30分”と“最後の5本”を日常から設計しておくことで、偶然に見える出来事を味方にできます。今日からできるのは、テンプレ(交代・指示・PKカード)の整備と、練習の再現性を上げること。小さな仕込みが、いざという時に大きな差になります。
