目次
- サッカー監督の練習メニュー作り方:勝点を生む90分設計術
- はじめに:勝点から逆算する練習メニュー設計
- ゲームモデルの明確化:攻守の原則を言語化する
- 現状分析:試合から課題を抽出してテーマ化する
- マイクロサイクル設計:試合週の負荷と内容の整合
- 90分メニュー設計の原則:密度・制約・再現性
- 90分の基本テンプレート:時間配分と狙い
- セッション例1:ポゼッション志向の90分
- セッション例2:堅守速攻(トランジション特化)の90分
- セッション例3:セットプレー強化の90分
- セッション例4:高校部活の現実に合わせた90分(多人数・時間制限)
- セッション例5:少人数・狭小スペースでの90分
- GKとフィールドプレーヤーの統合設計
- フィジカル要素の戦術化:ボールを使った負荷設計
- コーチングの言語化:短いフレーズで意図を揃える
- セッション前後のルーティン:準備・回復・レビュー
- よくある失敗と改善のコツ
- 安全管理とリスク低減:現場で守るべき基準
- 計測と可視化:データがなくても回る仕組み
- チェックリスト:今日の90分を出発前に点検
- まとめ:勝点を生む90分の再現性を高める
サッカー監督の練習メニュー作り方:勝点を生む90分設計術
練習の良し悪しは、週末のスコアに静かに表れます。必要なのは、かっこいいドリルの寄せ集めではなく「勝点から逆算した90分」。本記事では、現場でそのまま使えるテンプレートと調整の考え方をまとめました。人数・天候・用具の制約があっても、意図をブレさせずに再現できるように設計しています。今日の練習に1つ足すだけでも、明日のピッチで差が出ます。
はじめに:勝点から逆算する練習メニュー設計
練習の目的を『勝点』に接続する思考
「良い練習=勝てる」とは限りません。勝点に直結する行動(ゴールに直進する前進、奪って3秒で決める、被カウンターを止める、セットプレーで上積みする)を、練習テーマに変換することが出発点です。テーマは1セッションにつき1〜2個に絞り、KPI(測れる目安)で確認します。
90分設計の利点と現場での再現性
90分は高校・社会人の現場で最も扱いやすい枠です。短すぎず、集中が切れにくい。さらに「導入→反復→ゲーム→仕上げ」の流れが作りやすく、微調整も簡単。重要なのは「密度・制約・再現性」。待ち時間を消し、意図を引き出すルールを置き、毎週繰り返せる構造にします。
この記事の使い方(そのまま使えるテンプレと調整指針)
- まずは「基本テンプレート」をそのまま実施。
- 次に「現状分析→テーマ化」で1〜2箇所だけ差し替え。
- 最後に「マイクロサイクル」「安全管理」「計測」で再現性を上げる。
ゲームモデルの明確化:攻守の原則を言語化する
攻撃と守備、それぞれの4局面での狙い
サッカーは4局面(攻撃/守備/攻→守の切替/守→攻の切替)。各局面で「狙い」を一文で言語化します。
- 攻撃:幅と深さで相手のラインを動かし、前向きの3人目で前進。
- 守備:ボールサイドを圧縮し、前進の第一選択肢を消して奪う。
- 攻→守:即時プレッシング3秒。縦パスのレーンを最優先で遮断。
- 守→攻:縦への第一歩。奪った瞬間に2レーンを同時に走る。
キーファクターの定義(幅・深さ・サポート・カバー等)
- 幅:タッチラインを使って相手の横スライドを最大化。
- 深さ:背後の脅威でDFラインを下げ、間を広げる。
- サポート:受け手の「前向き」を助ける角度と距離(5〜10m)。
- カバー:奪い損ねた時の背中の保険(斜め後ろ、縦の穴を閉じる)。
優先順位の決め方とチーム合意の取り方
- 勝点に直結する場面を選ぶ(例:被カウンター、CK守備)。
- 試合の失点/得点要因を1つに特化。
- キーフレーズを3つ以内に絞り、全員で共有。
現状分析:試合から課題を抽出してテーマ化する
定量KPIの例(シュート、被シュート、PPDA、敵陣侵入回数)
- シュート・被シュート:狙い通りに打てているか、打たれているか。
- PPDA:相手に許したパス数/自陣の守備アクション数の目安。数値が低いほど能動的に奪えている傾向。
- 敵陣侵入回数:相手PA周辺への進入数(フリーズフレームでカウント可)。
定性観察チェック(間延び、切替速度、ライン間距離)
- 間延び:最終ライン〜前線の距離が40m超で維持されていないか。
- 切替速度:奪ってからの最初の2歩。ボール保持者の顔が上がる前に動けているか。
- ライン間距離:MF背中のスペースが常に使われていないか。
課題→練習テーマへの変換手順
- 事象を言語化(例「被カウンター」)。
- トリガーを特定(「失った瞬間にボールサイドが緩い」)。
- 制約で再現(「奪われたら3秒以内に2人で囲む」)。
- KPI設定(「即時奪回成功回数」)。
簡易データ収集のやり方(動画・手書きメモ・口頭レビュー)
- 動画:スマホの定点撮影で十分。タグは3種類まで(例:前進/奪回/被カウンター)。
- 手書き:ハーフタイムに5行メモ(良い/課題/相手特徴)。
- 口頭レビュー:試合後5分で全員一言。キーワードはボードに記録。
マイクロサイクル設計:試合週の負荷と内容の整合
試合3日前〜前日の流れ(MD-3/MD-2/MD-1)の基本
- MD-3:ボリューム大(戦術ゲーム+反復走の統合)。
- MD-2:強度中〜高(テーマ特化の制約ゲーム、セットプレー)。
- MD-1:強度低〜中(テンポ確認、スプリントは短く、成功体験を積む)。
RPEとボリューム管理(強度×時間×密度)
RPE(主観的運動強度)を1〜10で選手から回収。セッション終了時に15秒で実施。強度(心拍・スプリント感)×時間(分)×密度(待ち時間の少なさ)で全体負荷を把握し、翌日の内容を微調整します。
学業・仕事スケジュールとの調整術
- テスト週はMD-3のボリュームを-20%、セットプレーは維持。
- 遅刻者は「導入→合流」を定型化(合流用の3分ミニドリルを常備)。
天候・グラウンド制約がある日の代替案
- 雨天:狭い局面のポゼッション、転がりやすさを活かす。
- 強風:グラウンダーパスとセカンド回収ゲームに特化。
- 狭小:3v3/4v4で原理学習。ターン数を増やして密度確保。
90分メニュー設計の原則:密度・制約・再現性
比率設計(戦術:技術:フィジカル)と一体化のコツ
目安は「戦術50:技術30:フィジカル20」。ただし分けないのがコツ。ボールを使い、戦術課題の中で技術と走力が必要になる設計にします。
待ち時間ゼロを目指す組み方(レーン・ステーション化)
- 同一テーマを2〜3ステーションで回す(A:方向付け、B:前進、C:フィニッシュ)。
- 人数が増えたらボール数を増やす→列を作らない。
制約主導アプローチ(ルールと報酬で意図を引き出す)
- 例:前進パスは2点、逆サイド展開で+1点。
- 例:奪って3秒以内のシュートは3点、外せば即守備復帰。
インターバルとレストの設計(目的別に最適化)
- 意思決定向上:短い反復(1〜2分)×休息短め(30〜45秒)。
- スプリント耐性:高強度(15〜20秒)×十分休息(60〜90秒)。
90分の基本テンプレート:時間配分と狙い
10分:アクティベーション(可動域×ボールタッチ)
- ダイナミックストレッチ+FIFA 11+要素。
- 2人1組のボールタッチ(アウト→イン→方向転換)。
15分:技術-戦術導入(小集団・方向づけ)
- 4対2ロンド+出口2門。出口を抜けて初めて1点。
- キーフレーズ:「前向きの人を最優先」「出口を意識」。
35分:戦術ゲーム(テーマ特化の制約付きゲーム)
- 6対6+フリーマン2人、縦40×横30m。
- 前進パスで+1、背後ラン受けで+2。即時奪回成功で+1。
10分:フィニッシュとセットプレー確認
- クロス3本→CK1本→再現1本の流れを2周。
10分:トランジション反復(短時間高強度)
- 3対3+GK、奪ってから3秒ルール。20秒ゲーム×6本。
10分:クールダウンとミニレビュー
- ジョグ→静的ストレッチ、RPE回収、KPI確認。
時間配分の調整ルール(人数・気温・疲労度に応じて)
- 人数過多:ステーションを増やす(2面化)。
- 高温:戦術ゲーム-5分、給水+1回。
- 疲労高:導入を延ばし、トランジション本数を-2。
セッション例1:ポゼッション志向の90分
目的とKPI(前進回数・ライン間受け・前向きタッチ)
- 目的:相手1stラインを外して前進、ライン間で前を向く。
- KPI:前進成功15回、ライン間で前向きタッチ10回。
設定とフィールドサイズ(数的優位の作り方)
7対5+GK、縦50×横35m。ビルド側に常に+1を作るようフリーマンを背後と中間に配置。
ルール案(制限タッチ・前進ボーナス)
- ビルドゾーンは2タッチ、中盤ゾーンはフリー。
- 縦パス→落とし→前向きの3人目で+2点。
コーチングキーフレーズと観察ポイント
- 「幅は最後まで、深さは最初から」
- 「背中の情報を先に取る」
- 観察:受け手の体の向き、サポート角度、逆サイドの準備。
負荷調整(接触強度・テンポ・ボール複数化)
- テンポUP:2ボール同時スタート。
- 接触調整:接触制限を宣言→意思決定に集中。
評価と振り返り(即時フィードバックの型)
SBIで即時フィードバック。「状況:相手が片側圧縮」「行動:逆サイドの幅を保った」「影響:前進がスムーズに」。
セッション例2:堅守速攻(トランジション特化)の90分
目的とKPI(奪取からの3秒、被カウンター制御)
- 目的:奪って3秒でフィニッシュ、失って3秒でコースを遮断。
- KPI:3秒以内の枠内シュート8本、即時奪回成功12回。
回収地点を意図した制約設計
相手の縦パスを誘うレーンを開け、インターセプト狙いの選手を配置。奪った瞬間はサイドレーンに2人目が全力で抜ける。
数的不均衡ゲームでの意思決定トレーニング
4対3→3対2→2対1の連続トランジション。各フェーズ20秒。判断の速さを優先。
回復インターバルとスプリント管理
- 高強度20秒→レスト60秒×8本を2セット。
- 最高速よりも「最初の2歩」を強調。
フィニッシュ局面の質(ラストパスと走り分け)
- ニア・ファー・カットバックの3レーンを固定。
- ラストパスは「早く弱く」か「遅く強く」を状況で使い分け。
セッション例3:セットプレー強化の90分
CK・FKの役割固定と代替案の準備
- キッカー2種(インスイング/アウトスイング)。
- 欠場時の代替担当を事前に指定。
ルーティンの言語化(合図・走路・スクリーン)
合図は1手で明確に。走路は「ニア→スクリーン→ファー」など固定語で共有。
守備セットプレー(ゾーン/マンツー/ミックス)
- ゾーン:6ヤードの制空権を死守。GK前に最強ヘッダー。
- ミックス:ニアのランナーだけマンツーで潰す。
短時間で反復数を稼ぐ工夫(並行ステーション)
A面:キック精度、B面:ブロックとラン、C面:実戦再現。3面並行で回す。
試合前週の微調整とスカウティング反映
相手の守備方法に合わせて1パターンだけ追加。全体の負荷は控えめに。
セッション例4:高校部活の現実に合わせた90分(多人数・時間制限)
多人数ローテーション(A/B/Cピッチ運用)
グラウンドを3分割。A:ポゼッション、B:フィニッシュ、C:トランジション。8分×3ローテで全員稼働。
学年差と役割分担(コーチングリーダー育成)
上級生に「合図役」「得点集計」「タイムキーパー」を委任。下級生の待ち時間をゼロに。
用具が少ない日の代替ドリル
- マーカー少:ラインは想像線、門は背番号で指定。
- ゴール無し:コーン2本間への通過で得点化。
安全管理とレフェリー役の活用
接触強度は「肩から上禁止」「後方からのチャージ禁止」を明文化。レフェリー役を各ステーションに配置。
セッション例5:少人数・狭小スペースでの90分
3v3/4v4の設計でゲーム原理を学ぶ
縦24×横18m。タッチラインを壁に見立てた3v3/4v4。得点はカウンター2点、ポゼッション10本で1点。
壁パスとトライアングルを強制する制約
- 同じレーンに2人以上立たない。
- 壁パス成立で+1、3人目の関与で+1。
フィジカル統合(方向づけシャトル×ボール)
左右のゲートへボール運搬→戻りはシャトルラン。方向転換の質を競う。
終盤のスコアリングゲームと罰ゲーム設定
5分間の総力戦。敗者は片付け担当。緊張感で強度を担保。
GKとフィールドプレーヤーの統合設計
ビルドアップでのGK役割(視野・配球・支持角度)
GKは第三のセンターバック。支持角度を作り、背後への配球で相手1stラインを固定。
クロスと守備ラインの連動(スターティングポジション)
ボールがサイドに出た瞬間のGK位置はニアポストから1m外。DFはニア・中央・ファーの三角で守る。
シュートストップと再開の素早さ
キャッチ後3秒の再開をKPI化(スローorキック)。相手の整う前に攻撃開始。
GK個別×全体戦術の接続メニュー
GKの配球ドリル→即座に5対4の前進ゲームに接続。個と全体を一気通貫。
フィジカル要素の戦術化:ボールを使った負荷設計
エネルギーシステムとゲーム形式の対応
- 短時間全力(無酸素):トランジションゲーム(10〜20秒)。
- 中強度反復(混合):制約付きゲーム(2〜4分)。
- 有酸素:大きめのポゼッション(5〜8分)。
高強度反復の設計(時間×人数×広さ)
人数を減らし、縦を短くして状況密度を上げる。時間は短く本数で勝負。
回復インターバルの個別化(ポジション特性)
- SB/WG:方向転換の休息を長めに。
- CF/CB:空中戦後は+15秒の回復を許可。
RPEと主観疲労での当日調整
開始前に主観疲労を3段階で確認(軽い/普通/重い)。重い選手はローテで休息多めに。
コーチングの言語化:短いフレーズで意図を揃える
1分ブリーフで伝える要点の絞り方
- 今日のテーマは1つ。
- 狙いの行動を2つ。
- 評価方法を1つ。以上を60秒で。
合言葉(トリガー)でプレーを呼び起こす
- 「3秒戻る!」(即時奪回)
- 「背中OK!」(ライン間受け)
- 「幅最後!」(サイドの我慢)
SBI型フィードバック(状況・行動・影響)
短く具体的に。感情評価を避け、行動と影響にフォーカスします。
ポジティブな競争を生むスコアリング
狙いの行動に点を付ける。点を取られた側にすぐに取り返すチャンスを与えるルールで集中維持。
セッション前後のルーティン:準備・回復・レビュー
到着〜開始までのウォームアップフロー
- 到着10分前集合→装備チェック→自主タッチ3分。
- FIFA 11+の流れで実施開始。
FIFA 11+など傷害予防プログラムの組み込み
片脚バランス、コア、ハムストリング強化を週2回。接触強度が高い日は特に実施。
クールダウンとセルフケア(栄養・睡眠の基本)
- ジョグ5分→静的ストレッチ5分。
- 30分以内の補食(炭水化物+タンパク質)。
- 睡眠は7時間目標、就寝前の画面時間を短縮。
5分レビュー(個人・ユニット・チーム)
- 個人:今日の成功1つ、次回やる1つ。
- ユニット:課題ワードを1枚のボードに。
- チーム:KPIの結果を共有。
よくある失敗と改善のコツ
目的が曖昧なドリルの連発
対策:テーマとKPIを先に決め、合わないドリルは捨てる。
待ち時間と行列が生む学習機会の損失
対策:ボール数を増やす、面を増やす、役割(審判・カウント)で全員稼働。
情報過多と指示の冗長化
対策:1分ブリーフ+ハーフタイムの30秒補足。合言葉で統一。
ゲームモデルと練習が噛み合わない問題
対策:ゲーム最後の5分でテーマが点数に直結するルールに調整。
改善サイクル(計画→実行→観察→調整)
「1つだけ変える」原則。複数同時変更は何が効いたか分からなくなるため避ける。
安全管理とリスク低減:現場で守るべき基準
コンタクトの強度とルール設定
- 背後からのチャージ禁止、ヘディングは状況限定。
- 危険なタックルは即ファウルで流れを止める。
熱中症・寒冷対策の基本
- 給水は15〜20分ごと、気温に応じて頻度UP。
- 寒冷時はウォームアップ延長と防寒具の携帯。
救護動線と緊急時対応の確認
救急連絡先、AED設置場所、搬送ルートを最初に全員で確認。
用具・ピッチコンディションの点検項目
- ゴール固定、ラインの滑り、穴や石の有無。
- スパイクのスタッド長を天候で調整。
計測と可視化:データがなくても回る仕組み
手書きデータシートと簡易KPI
紙1枚でOK。「前進/奪回/被カウンター/枠内」の4列に正の字で記録。
短時間テスト(5-10-5、反復スプリント等)の使い方
月1回で十分。結果は個人の変化を確認する目的で使用。
動画活用とタグ付けの最小単位
タグ3種まで。練習後に良い/改善の各1クリップを共有。
次回メニューへの反映テンプレ
- 良かった:〇〇→継続。
- 足りない:〇〇→制約追加。
- 次回のKPI:〇〇回。
チェックリスト:今日の90分を出発前に点検
今日のテーマ・KPIは1〜2個に絞られているか
時間配分とインターバルは現実的か
人数・用具・スペースの代替案を用意したか
負荷管理(RPE/主観)の取得方法は決まっているか
最後に勝点行動へ収束する仕掛けがあるか
まとめ:勝点を生む90分の再現性を高める
小さな優位を積み上げる設計思想
特別な魔法は要りません。意図を言語化し、制約で引き出し、KPIで確かめる。これを90分の中で回し続けることが勝点に直結します。
継続と適応(季節・相手・選手の変化)
季節で負荷を、相手で制約を、選手で言葉を変える。骨格は同じでOK。変えるのは一部だけに。
次の一歩:明日のセッションに1つだけ足すこと
おすすめは「3秒ルール」「前進にボーナス」「RPE回収」のいずれか1つ。小さな一歩が、勝点1を勝点3に変えます。
