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スペインサッカー戦術の現在地:代表は保持×縦速攻

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ボールを大切にしながら、一気にゴールへ。いまのスペイン代表を一言で表すなら「保持×縦速攻」。長年の強みであるポゼッションを土台にしつつ、相手のズレや背後を見つけた瞬間、速度を上げて突き刺す。ゆっくり支配するだけでも、ひたすら速く直線的でもない、中庸ではなく“両立”の戦術です。本記事では、その思想からデータの読み方、役割設計、トレーニングの落とし込みまで、現場で再現できる形で解説します。

いま“保持×縦速攻”がキーワードである理由

スペインサッカーのアイデンティティと世界潮流の接点

スペインのアイデンティティは、技術と判断でボールを握ることにあります。一方、世界の潮流は「保持の中で縦に速い決定打」を求める方向へ。ハイプレスの高度化により、遅い前進は奪われるリスクが増し、逆に奪われた瞬間の守備転換も困難になります。つまり、保持は“守るための攻撃”でもあり、縦速攻は“攻めるための守備”にもなる。スペインのDNAと現代サッカーの要請が、いま重なり合っています。

相反しない“保持”と“縦速攻”の共存原理

保持は時間の支配、縦速攻は空間の支配です。保持で相手を引き出し、空いた背後や内側のレーンへ素早く差し込む。前進のスピードは常に一定でなく、加速のための“ため”を作り、その瞬間にギアを上げるのが原理です。この“ギアチェンジ”を全体で共有するからこそ、共存が成立します。

勝つための最適化としてのプレースタイル転換

大会を勝ち抜くには、多様な相手への適応が不可欠です。低ブロックには根気強い崩し、高い最終ラインには速い裏抜け。一本化された美学ではなく、勝利に必要な機能を積み上げた結果が“保持×縦速攻”。美しさは、勝つ最短距離を設計したときに副産物として現れます。

歴史的背景と変遷:ティキタカから“保持×縦速攻”へ

2008–2012の黄金期:ポゼッション至上主義の確立

短いパスを連続させるティキタカは、相手の守備原則を機能不全にし、ゲーム全体のリズムを支配しました。ボール保持は最大の防御であり、同時に持続的な攻撃力でもあった時代です。

停滞期の示唆:ボール保持の目的化がもたらした課題

次第に相手はブロックを下げ、中央を締め、奪った瞬間のカウンターに特化。保持が目的化し、テンポ変化や縦パスの質が落ちると、シュートまで届かない試合が増えました。「持つこと」自体は強みでも、“いつ速くするか”の判断が曖昧だと決定力に結びつきにくい。ここがアップデートの出発点でした。

現体制のアップデート:保持の質を保ちつつ前進速度を上げる

いまのスペインは、基礎の技術とポジショニングを保持しながら、ウイングの推進力と三人目の連動で縦加速します。内外の同時脅威、背後への針、そして奪われても即時回収できる隊形。保持と速攻を、相互強化の関係に再設計しています。

データで見るスペイン代表の現在地

ボール保持率と前進速度(ダイレクトネス)のバランス

大会平均を上回る保持率を保ちながら、前進の速さは過去のスペインより明確に高い傾向です。深い位置での横パス回数を減らし、中盤・前線での前向きアクションを増やすことで、保持の“密度”を上げています。

PPDA・自陣回収率が示す守備強度とハイプレスの適用範囲

PPDA(相手の守備アクション1回あたりに許すパス数)は、相手陣での能動的な守備を示す目安。スペインは相手ビルドアップに対して選択的に圧を掛け、縦パスの入口を塞いでサイドへ誘導します。自陣回収率は過度に高くなく、前方で奪い返す意図が透けます。

プログレッシブパス/キャリーと最終3分の1侵入の質

縦パスと縦運びの総量だけでなく、受け手の前向き率が向上。ライン間で受けてからの反転、もしくは落としから三人目のスプリントが増え、最終3分の1への侵入が“フリーな状態”で起きています。

カットバック起点のxGとショットクオリティ

ニアゾーン(ゴール脇スペース)からのカットバックは、ミドルレンジのクロスよりxGが高く出やすい傾向。スペインはここを起点に、PAライン上でフリーのシュートを引き出す回数が増えています。

戦術原則:保持の原理と縦加速のトリガー

ポジショナルプレーの継承(幅・深さ・5レーン・3人目)

5レーンに適切な占有を行い、幅と深さを同時に確保。ボール保持者と受け手の二人だけでなく、三人目がどこから関与するかを先に決めておくことで、テンポアップが自然に起きます。

縦へのスイッチ条件:背後スペース、内外逆の同時脅威、数的優位の認知

縦加速の合図は主に3つ。背後が空く、内外の同時脅威で相手の肩が開く、もしくは局所的な数的優位が成立する瞬間。誰かが見つけた“合図”を全員で共有できる距離感が重要です。

“遅攻のための速攻”と“速攻のための遅攻”の使い分け

・遅攻のための速攻:相手が整い切る前に一気にペナルティエリアへ。
・速攻のための遅攻:一度落ち着かせて相手を釣り出し、空いた背後へスパイク。
この二刀流が、試合の主導権を握る鍵です。

役割別の機能配置:誰が何を担うのか

GK/CB:第一ラインの前進と縦パスのタイミング設計

GKはライン間の“針穴”へ刺す視野と、CBへの戻しを怖がらせない足元が必須。CBは相手CFの背後でボールを持つ時間を作り、内外の斜めに差し込む。縦パス後の守備リスク(即時奪回の位置)までセットで設計します。

ピボーテ/IH:レーン間の占有と前向き着火の角度作り

ピボーテは相手の10番とCFの間で顔を出し、前を向く角度を提供。IHは背中取りとアウトサイドのサポートを交互に行い、受けた瞬間にライン間を加速させる“着火剤”になります。

ウイング:幅取りと1v1、内外の同時脅威、カットバック供給

タッチラインを広く使って相手SBを固定。内へ切れ込む脅威と、縦へ抜ける脅威を同時に提示し、PA脇からのカットバックで中央のフィニッシャーを解放します。

CF:裏抜け・壁役・プレスの起点としての多機能性

最終ラインの背後を常に脅かし、縦パスの落としで三人目を生かし、守備では最初のボールコースを決める。点取りだけでなく、チームの“方向”を決める役割です。

SB:可変の起点(インナーorハイ&ワイド)とリトリート管理

ビルドアップで中へ差し込むのか、外で高い位置を取るのかを相手に応じて選択。縦に出た後のカバーやカウンター時のリトリート速度まで含めて“可変の守備”を担います。

フォーメーションと可変:4-3-3を基軸とした3-2-5/2-3-5化

4-3-3の骨格とビルドアップ時の3-2-5化

片方のSBが中へ入り3バック化、ピボーテともう一人で2の土台、前線は5レーン占有の3-2-5。外の高さと内の人数を同時に作れるのが強みです。

4-2-3-1の選択肢とライン間の占有方法

相手のダブルボランチに対しては、トップ下をライン間に固定し、IH的に流動。2-3の中盤ラインで圧力を逃がし、トップ下の前向きから一気に裏へスルーを狙います。

可変SB・偽WG・内 inverted の使い分け判断基準

・相手のサイド圧が強い→SBを中へ、偽WGで内に人数を集める。
・相手の内圧が強い→SBをハイ&ワイド、WGは外で1v1を作る。
・保持不安定→SBは低め、中盤に+1で土台を安定。

フェーズ別メカニズム:ビルドアップからフィニッシュまで

第1段階(自陣):プレス回避と誘いの原則

GK–CB–ピボーテの三角形で一度相手を呼び込み、逆サイドへ展開。誘って空ける、空いたら突くが基本。無理に中央を通さず、外→内→背後の順を意識します。

第2段階(ミドル):縦パス→落とし→スプリントの即時連動

縦差しの瞬間に、逆サイドWGやIHが同時スプリント。壁→三人目を“決めてから”縦を入れるのがスペイン流の丁寧さです。

最終局面:ニアゾーン攻略とカットバックの型

PA脇のニアゾーンへ運び、低く速い折り返し。中央はペナルティスポット周辺に2人、ファーに1人、バイタルにこぼれ球要員1人の“3+1”で再現性を高めます。

攻撃から守備への切り替え:5秒ルールの現代解釈

即時奪回は5秒以内が目安。ただし無理に狩りに行くのではなく、外へ追い込み、相手の前進角度を消す“遅らせる奪回”も選択肢。プレッシングの質で時間を買います。

守備から攻撃への切り替え:回収地点からの最短経路設計

ボール回収地点に応じた“最短ルート”を準備。サイドで奪えば縦→内→背後、中央で奪えば即背後、深い位置なら2タッチで前を向く安全な出口を用意します。

守備戦術の骨子:能動的ハイプレスと中盤ブロック

ボールサイド圧縮と逆サイド管理の優先順位

ボールサイドでは縦のパスコースを閉じ、逆サイドはSB or WGのポジショニングで“見せて消す”。中央は必ず1枚余らせ、背後のリスクは最後列が統括します。

マンツーマン要素の混合とスイッチ抑止

局所は人基準、エリアはゾーン基準のハイブリッド。ボール保持者と同レーンの受け手に対し、スイッチのタイミングを遅らせる“手渡し”を徹底します。

背後管理と最後列のリスクコントロール

最終ラインは1人が前に出れば、他は背後管理。GKはスイーパーとして裏球に対応し、ラインは“出る・下がる”の判断を1テンポ早く。

セットプレーの傾向と意図

攻撃CK:ニアゾーン活用とセカンドボール回収設計

ニアで触り、ファーとバイタルを二次攻撃の狙い所に。こぼれ球の回収ラインを事前に決め、即2本目のクロスorショートコンビを繋げます。

FK:間接・速いリスタートでの不意打ち

相手が整う前に再開し、内側のフリーマンへ。直接狙いは相手の壁とGK位置を見て、助走の角度で意図を隠します。

守備セットプレー:ゾーン主体の強度と人基準のハイブリッド

危険スペースはゾーンで守り、キーマンには人基準を足す。セカンドボールの外側に最低2枚を配置し、カウンター阻止を優先します。

現代表の選手タイプと起用傾向

スピードとドリブルに長けたウイングの重用

外で時間を作り、内の数的優位を生かすために、推進力のあるウイングが主役。1v1で勝てる人材が“保持×縦速攻”のアクセルです。

マルチロールなインサイドハーフの存在価値

ライン間で受ける、外へ流れる、背後へ走る。IHの多機能性が相手の守備基準を乱し、加速のトリガーを増やします。

配球力と機動力を兼備するセンターバック像

前進パスの質と、背後カバーの走力の両立。最終ラインから“縦の脅し”を持てると、相手の前線プレスが鈍ります。

対策と弱点:相手に突かれやすいポイント

低ブロックへの打開策とクロス選択の妥当性

中央が詰まると単調なクロスに逃げがち。解決策は、ニアゾーン侵入と折り返しの回数を増やすこと、CFとIHの入れ替わりでマークを外すことです。

ハイプレス対策に対する再対策(第2ライン飛ばし)

相手がGK・CBを限定するときは、中盤を飛ばしてWG/CFへ直結。セカンド回収の位置を前向きに確保し、相手の守備枚数を上回ります。

マンツーマン気味の圧力とポジションズレのリスク管理

人を捕まえられると、配置が崩れてカウンターリスクが上昇。受け手は“背中側の支持”を使い、フリーマンを見失わない声かけを徹底します。

トランジション疲労と終盤のライン間拡大

終盤は前後の間隔が開きがち。IHの運動量を交代で補い、SBの位置を5〜8m低く調整して、転換時の穴を減らします。

試合ケーススタディ:最新大会から学ぶ

UEFA EURO 2024における“保持×縦速攻”の具体例

保持で相手を引き出しつつ、ウイングの推進力と三人目の抜けで仕留めるシーンが多く見られました。特にサイドからのカットバックと、中央での前向き着火が連動。大舞台でも“保持→加速”の再現性を証明しました。

UEFAネーションズリーグ2022-23決勝での守備と切り替え

ロースコアの拮抗戦で、カウンタープレスとセカンド回収の質が勝敗を分けました。整ったブロックと即時の寄せが、PK戦までの流れを支えた好例です。

W杯予選で見せた可変構造と相手別プランニング

相手のプレッシング特性に合わせて、SBの位置と前線のレーン占有を微調整。4-3-3から3-2-5、あるいは4-2-3-1へのスイッチが機能しました。

現場に落とし込むトレーニング設計

ポゼッション→縦差しへ移行する段階的ラウンド

・4対2→6対3のロンドで背中のフリーマンを意識。
・規則:10本つないだら縦差しチャレンジ権、成功で得点。
保持の中に“縦のご褒美”を埋め込みます。

縦優先スモールサイドゲーム:条件付きで前進速度を引き上げる

・ハーフコート5対5+GK。
・ルール:縦パス→落とし→三人目のゴールは2点。
・制限:横パス3回連続は禁止(テンポ上げの合図に)。

トランジション強化:5秒カウンタープレスと即時縦展開

・6対6の2ゴールゲーム。奪われたら5秒間は全員前向きで狩る。
・奪い返した瞬間、背後ランに必ず1人出るルールを追加。

ウイングの1v1+カットバック連動ドリル

・サイドで1v1→エンドライン到達→カットバック。
・PA外には2人配置し、折り返しの角度ごとに走り込み位置を固定。
反復で“ニアゾーン→折り返し”をパターン化します。

カテゴリー別の実装ポイント

高校・大学:週2–4回で回せるメニュー構築

頻度の限界を踏まえ、ロンド(原理)→SSG(適用)→11人戦術(統合)の順で週内に流す。動画で“縦加速の合図”を可視化して共有します。

社会人・アマチュア:参加人数変動に耐える現実的アレンジ

人数が揃わない日は、幅広の4対4+3フリーマンで縦差しの角度練習。最後は6対6で“縦→落とし→三人目”の得点2倍ルールを適用。

ジュニア/ジュニアユース:原理原則の言語化とミニゲーム化

難語を避け「背中をとる」「外と中の両方で怖がらせる」といった表現に統一。5レーンはコーンで可視化し、ミニゲームで成功体験を積ませます。

よくある誤解と注意点

ポゼッション=遅いという誤解を解く

遅いのではなく、“速くするための準備”をしているだけ。加速のスイッチが入れば一気に速くなるのが正解です。

縦速攻=ロングボールの単純化を避ける

無差別なロングではなく、縦差し後の三人目・四人目までがセット。質の高い“縦”は、準備された短い連鎖で成立します。

“保持のための保持”にならない評価軸の作り方

パス本数ではなく、縦差しの回数、前向き受けの回数、最終3分の1侵入の質で評価。行為ではなく、意図と結果を測ります。

分析・評価のための指標とツールの使い方

シークエンス速度/前進時間と攻撃効率の相関

奪回→PA侵入までの時間を計測し、得点機会との相関を確認。速すぎて精度が落ちていないか、遅すぎて相手が整っていないかをチェックします。

プログレッシブ指標・xT・カットバック起点xGの読み方

・プログレッシブパス/キャリー:前進距離と位置を可視化。
・xT(期待スレット):ゾーンごとの脅威値で“どこを通ると得点に近いか”を把握。
・カットバック起点xG:折り返しの質を定量化し、再現性を評価。

ライン間受け回数・3人目の関与・スイッチ数のカウント方法

映像タグで「ライン間受け」「落とし」「三人目」「サイドチェンジ」をそれぞれタグ化。1試合20回を基準に、質(前向き、シュートに直結)も併記します。

試合運用フレーム:準備・試合中・振り返り

試合前プランニング:相手別の幅と深さの設計

相手SBの守備傾向を見て、WGの位置(外/内)とSBの可変(中/外)を事前決定。背後の狙い所と、カウンター時の出口をセットで共有します。

試合中のトグル:可変のスイッチポイントと交代の意図

押し込まれる時間帯はSBを内側に入れて土台強化。追う展開ではSBを高く、WGは幅を最大化。交代は“縦スプリントの質”を最優先で判断します。

試合後レビュー:KPIと映像タグの紐づけ

・KPI例:縦差し→落とし→三人目の連鎖回数、ニアゾーン侵入、即時奪回成功。
主観コメントと映像を1クリップ1指標で結び、次週の練習メニューに直結させます。

まとめ:スペイン代表から学ぶ再現可能なポイント

“保持×縦速攻”を支える非交渉原則の抽出

・5レーン占有と三人目の事前設計。
・背後を常に脅すランニング。
・縦差し後の即時サポートと即時奪回。
・ニアゾーンからの低く速い折り返し。
この4点は相手やカテゴリーが変わっても揺らがない原則です。

現場でのチェックリストと次の一手

・ライン間で前を向く回数は十分か。
・縦差しの合図を全員が共有できているか。
・ニアゾーン侵入→カットバックが型になっているか。
・奪われた瞬間の5秒で、狩るのか、遅らせるのかの基準があるか。
次の一手は、練習と評価の“言語化”。チームで同じ言葉を使い、同じ映像を見て、同じ速度で成長していきましょう。

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