目次
- サッカーのパスアンドムーブ戦術の意図と再現法
- パスアンドムーブの定義と誤解の整理
- 戦術の意図:数的・位置的・質的優位を同時に作る
- 認知→決断→実行のフレームで見るパスアンドムーブ
- 体の向きとパス角度:三角形と菱形の設計図
- 代表的な連携パターンの意図と再現条件
- プレス耐性を高めるパスアンドムーブ再現法
- 相手守備別の攻略:マンツー/ゾーン/ハイプレス/ローブロック
- ポジション別の役割とコーチングキュー
- トレーニング設計(基礎→応用→試合形式)
- 制約付きゲームで学習を加速する方法
- よくある失敗と修正ドリル
- 測定と分析:KPIで再現度を見える化
- 年代・レベル別の落とし込み
- フィジカルとスキルの橋渡し
- メンタルとコミュニケーションの整備
- 試合準備:一週間のマイクロサイクル例
- 試合中の調整とハーフタイム修正
- まとめとセルフチェック
サッカーのパスアンドムーブ戦術の意図と再現法
ボールを出して動く。言葉にするとシンプルですが、再現性のある「パス&ムーブ」は、意図・角度・タイミングの3点セットで初めて相手を外します。この記事では、意図の整理から再現ドリル、試合での運用、測定までを一気通貫で解説します。図解なしでもイメージできるよう、角度と言葉を丁寧にそろえました。
パスアンドムーブの定義と誤解の整理
パスを出したら必ず動くのか?意図のない移動は逆効果
「出したら動け」は合言葉ですが、方向とタイミングがズレると渋滞や逆カウンターを招きます。動く目的は2つだけ。受け手を“楽にする”か、相手を“引きはがす”。どちらでもない移動は控えましょう。
- 動く前に「誰を連れていくのか」を決める(マーカーの視線・重心を奪う)。
- 出した後の最短は“寄る”ではなく“空ける”こともある(スペース確保)。
- 静止も選択肢。止まることでパスコースを保存できる。
ムーブの優先順位(幅・深さ・近接サポート)の設計
優先順位はボール状況で変わりますが、原則は「幅→深さ→近接」。幅で相手のラインを広げ、深さで背後の脅威を保ち、最後に近くで数的優位を足します。
- 幅:サイドが狭まったら最優先でタッチライン方向へ。
- 深さ:CBやボランチが前を向いた瞬間は背後ランで釘付け。
- 近接:圧が強い局面は三角形を作る距離で“壁”を用意。
ボール保持と非保持の“連続性”としてのパス&ムーブ
パス&ムーブは保持のためだけではありません。ボールを失っても、次の5秒で即時奪回(リロード)しやすい配置が理想です。攻守の切り替えが早い現代では、配置の連続性が命です。
- 背後に2人以上が同時走をすると、ロスト後のリスクが増えるので役割をずらす。
- 三角形は奪回トライアングルでもある(囲い込み)。
戦術の意図:数的・位置的・質的優位を同時に作る
数的優位:ライン間で“足し算”を起こす動き方
一列飛ばしでボールが入る直前に、もう一人が同じラインに入ると「2対1」が生まれます。足し算のタイミングが鍵です。
- パス出しと同時にサードマンが同ラインへ侵入。
- 寄る距離は4〜6m。近すぎて背中を向けない。
位置的優位:ハーフスペースと背後の二重脅威
ハーフスペースで前を向くか、背後へ刺すかの二択を同時提示。守備はどちらかを捨てざるを得ません。
- ハーフスペース受けは体を開き、逆サイドの背後ランと連動。
- 内で前向きのとき外は幅固定、外で受けたら内が深さを取る。
質的優位:1対1の好条件を作るための前準備
ドリブラーに時間と向きのアドバンテージを用意します。味方のムーブで相手のカバーを引き離してから勝負。
- 逆サイドでオーバーロード→スイッチで1対1を作る。
- 駆け引きは“半歩の間”を与えることから。
テンポとリズムの操作で守備を外す理由
速いだけが正解ではありません。あえて止める、遅らせる、踏む。守備の同期を崩すのはリズム差です。
- 2本速い→1本遅い→背後の加速、の三拍子をチームで共有。
- 縦→横→縦のテンポ変化は最も効きやすい。
認知→決断→実行のフレームで見るパスアンドムーブ
スキャン(事前視野)の頻度と角度を習慣化する
受ける前の1〜2秒で2回以上のスキャンが目安。見る角度は“背中→斜め→前”。
- 合図:味方の植え替え(一歩止め)でスキャンを挟む。
- 練習:ロンドで「受ける前に首振り回数をコール」。
トリガーの共有:同時性を生む合図と言語化
声・手・体の向きが同時性をつくります。単語は短く明確に。
- 例:「背後」「足元」「リターン」「返しなし」など。
- 手の合図は指差しと手のひらで方向と距離を示す。
ファーストタッチで前を向く/向かせる技術
自分が前を向けないなら、味方を前向きにする。レイオフや壁の角度で“前向き”を引き出すのもパス&ムーブ。
- 浮き気味のパスはアウトサイドで逃がす。
- 逆足で内へ、利き足で外へ。相手の足と同方向に触れない。
体の向きとパス角度:三角形と菱形の設計図
オープンボディとクローズドボディの使い分け
オープンはスイッチや前向き、クローズドは壁と隠しパス。使い分けで意図を隠し、相手に読ませません。
- オープンのときは次の2手を準備(縦/横)。
- クローズドのときは背後ランを優先的に起動。
逆足コントロールとアウトサイド活用の実利
逆足で“置く”技術があると角度の自由度が増えます。アウトサイドは最短距離と隠し角度を両立。
- 逆足インサイドで2mのズラしを正確に。
- アウトサイドは体を開かずにスルーの線を作れる。
受け手と出し手の角度が生む“第三の選択肢”
三角形は最低2本のパスコース+ランニングの1本で“3つ目”が見えます。
- 出し手と受け手のラインに対し、3人目は45度を意識。
- 菱形は圧縮に強く、縦と斜めの両立が可能。
代表的な連携パターンの意図と再現条件
ワンツー(壁パス):距離と角度が崩壊条件
距離は4〜7m、角度は相手の背中側へ。壁は“半身で置く”のが鉄則。
- 壁は前に運ばない。置いて返す。
- 返す足は相手から遠い足で安全に。
三人目の動き(サードマンラン)で縦を通す
2人目が引きつけ、3人目が縦へ。ボールに触らない“空走”が価値を生むことも。
- 合図は二度目のアイコンタクト。
- 走り出しはボール離れと同時が最適。
アップ・バック・スルーの最短経路と偽装
前に当て、戻し、縦に通す。戻しの角度を外に見せて内へ刺すなど、偽装で成功率が上がります。
- “バック”は1タッチ、迷いを排除。
- “スルー”の線を走者が先に示す。
内外の入れ替え(アンダー/オーバーラップ)の判断基準
ウイングの足元が重い時はアンダー、相手SBの視線が内へ釘付けならオーバー。
- カバーが内に厚い→外回りでクロス起点。
- 外が詰まる→インナーラップでペナ侵入。
オーバーロード→スイッチで生む時間と空間
片側に人数を寄せて相手を圧縮→逆サイドで1対1。スイッチの質は高さとスピードが命。
- 寄せ側は最低3人の三角形を維持。
- スイッチ後は即前進、止まると戻される。
プレス耐性を高めるパスアンドムーブ再現法
背後の脅威を保つ立ち位置で縦圧を抑える
常に一人は最終ライン裏を固定。これがあるだけで相手のラインは出にくくなります。
- CFが裏に立つ→IHが前向きで受けやすく。
- SBの高い位置取りで相手WGを縛る。
サポート距離と角度:短く深くを状況で切替
圧が強ければ距離短く、視野を確保しやすい斜め後ろへ。余裕があれば縦関係を長めに。
- 近接は3〜5m、深さのサポートは6〜10m。
- 縦一列は避け、必ず斜め関係を作る。
1〜2タッチ制約の効果と副作用
テンポは上がりますが、意図のない“早回し”はリスク。狙いのある1本に絞りましょう。
- 制約は「前進時のみ1タッチ」など条件付きに。
- 前を向けるなら触ってOK、が実戦的。
クリアではなく“前進”を選ぶときの判断軸
前進の基準は「味方2つ」と「相手1つ」。味方のサポート2本と、相手の圧が1人なら前進を選択。
- 背後ランが作動中→前進優先。
- 中央閉鎖→外経由でリロードして再前進。
相手守備別の攻略:マンツー/ゾーン/ハイプレス/ローブロック
マンツーマンへの連続的な入れ替わりとスイッチ
同一レーンでの入れ替わりと、逆サイドへの即スイッチが有効。相手に誰をマークするか迷いを生ませます。
- 2人同時のローテでマーカーを剥がす。
- 背後への空走でマークを引き伸ばす。
ゾーン守備の縦横ギャップを同期ずらしで突く
縦パスの瞬間に横移動、横パスの瞬間に縦ラン。同期をずらすとギャップが開きます。
- 横→縦→斜めの三段でギャップ進入。
- ハーフスペース受けでCBとSBの間を攻撃。
ハイプレス回避の出口(レイオフ/サイドチェンジ)設計
出口を先に用意。背負ってレイオフ→前向き、もしくは低い位置から一発サイドチェンジ。
- CF足元→IHレイオフ→SB前進の型。
- GK経由の大スイッチは高さを出して時間を稼ぐ。
低ブロック崩し:やり直し(リロード)で引き出す
急がず、やり直しで相手を出させる。出た瞬間に背後へ。
- 外→中→外で幅を最大化。
- ペナルティエリア角で数的+1を維持。
ポジション別の役割とコーチングキュー
CB/ボランチ:誘って剥がす“待つ勇気”
相手を引きつけてから縦。早すぎる前進は味方が追いつけません。
- キュー:「待て」「今」→サードマン始動。
- 片足つき直しで相手を誘うフェイク。
SB/ウイング:幅と内側の使い分けとレーン管理
同レーン渋滞を避け、内外を入れ替えながら縦を通す。
- ウイング内→SB外、逆もOK。合図は指差し。
- 幅を取る選手は常に一人は残す。
IH/トップ下:三人目を起動する立ち位置
背後を見ながら半身で。受ける前から“返し先”を確保。
- 背中のCBとSBの間に浮く。
- 一度外へ出てから内へ差し込む動き直し。
CF:固定か流動か、背後と足元の比率設計
相手のタイプで配分を変更。鈍重なCBなら背後多め、機動力があるならポストを増やす。
- 前半は足元で引き寄せ、後半背後で仕留める。
- 落としの角度は45度で前向きを作る。
トレーニング設計(基礎→応用→試合形式)
3対1・4対2ロンド:角度とテンポの基礎化
首振り、1・2タッチ、三角形維持。制約で意図を染み込ませます。
- ルール:受ける前に首振り2回で1点。
- 斜めパスのみ可→角度の質を高める。
3ゾーンポゼッション:前進基準の明確化
中央ゾーンで三人目経由のみ前進可能。基準を明確にします。
- サードマンを通らない前進は無効。
- 背後ランが見えたらボーナス加点。
5対5+フリーマン:三人目必須の条件設定
フリーマンは常に前向き。三人目を経由したシュートにのみ加点。
- 1タッチでの“バック”を推奨。
- 得点の前に最低1回スイッチを要求。
7対7トランジション付きSSG:現実的強度への橋渡し
奪った5秒間は即時前進のボーナス。攻守の連続性を強化。
- リロード成功で+1点、前進失敗で−1点。
- サイド制限でレーン管理を学ぶ。
制約付きゲームで学習を加速する方法
タッチ数・時間制限と“情報処理”の関係
時間制限はスキャンを促し、判断が先行するようになります。
- 受けて2秒以内にパス、違反は相手ボール。
- 前向き限定で2タッチ可、後ろ向きは1タッチのみ。
スキャン回数の可視化ルールで行動を促す
首振り回数をスタッフがコール。数値化で行動が変わります。
- 1分あたりのスキャン目標を個人設定。
- 基準達成でチームにボーナス加点。
三角形が消えたら失点:構造を保つペナルティ
三角形/菱形が崩れたら即ペナルティ。形を習慣化します。
- 同一レーン2人以上で−1点。
- 縦一列で受けたら相手FKから再開。
得点条件を“三人目経由”にする目的と注意点
意図的な三人目を増やす狙い。ただし、無理な回り道は禁物です。
- 背後が空いたら三人目なしでもOKにする。
- 回数より前進の質を評価。
よくある失敗と修正ドリル
パス後に止まる:リードランの習慣化ドリル
出した瞬間に2mのリードを取るクセづけ。ミニゲートを使い、出したら通過で得点。
- 「出す→動く→見る」の三動作を掛け声で。
- 止まったら−1点で罰ゲーム。
同一レーンで渋滞:レーンチェンジの合図とタイミング
指差し+名前で入れ替え。ボールが横に動く瞬間が最適解。
- 合図なしの侵入禁止ルールで整理。
- 入れ替え後は必ず深さを取る。
早すぎる/遅すぎるムーブ:同期を揃える練習
ボール離れと同時の第一歩。動画で足元のタイミングを確認。
- メトロノーム音でテンポ合わせ。
- 「見て→出る→走る」の秒差を個別修正。
ボディシェイプが閉じる:オープン化の反復
半身受けの反復。コーン2本を“ゴール”にして、前向きで通過できたら成功。
- 逆足トラップ→前向きの2タッチ固定。
- 体の向きを声でコーチング(開け/閉じろ)。
測定と分析:KPIで再現度を見える化
三人目経由の前進回数と成功率
試合ごとに「三人目でライン越え」をカウント。成功率60%以上を目標に。
- 敵陣進入の何割がサードマン経由か。
- 失敗時の原因(角度/距離/タイミング)を分類。
受ける前のスキャン頻度(分あたり)の記録
動画で1分あたりの首振り回数を計測。役割別に基準を設定。
- CB/ボランチ:1分6回以上。
- IH/CF:1分8回以上を目安。
1/2タッチ比率と前進率の相関
触る回数と前進成功には相関があります。相手と状況で最適比率を探します。
- ハイプレス戦:1タッチ比率↑。
- ローブロック戦:2タッチで前向き作り↑。
ターンオーバー後5秒の回収率(即時奪回)
パス&ムーブの配置は即時奪回にも効く。5秒内の回収率をチーム指標に。
- 目標:50%以上。エリア別に分析。
- 背後走の人数と回収率の関係も確認。
年代・レベル別の落とし込み
ジュニア:方向づけファーストタッチと三角形の感覚
難語は禁止。三角形・前向き・友だちを見る、の3点だけ。
- 三角形が消えたらボール交代ルール。
- 前向きに触れたら加点で成功体験。
ユース:レーン原則と役割交代の理解
5レーンと内外の入れ替えをセットで。言語化と動画で固めます。
- 同レーン2人NG、入れ替えは合図必須。
- サードマンランの走路を固定練習。
大学・社会人:相手分析に基づく適応と再設計
相手CBの機動力、SBのポジ取りで配分を調整。週ごとにゲームプランを更新。
- スカウティングから3つの“弱点角度”を抽出。
- 当日の風や芝でもスイッチの質を変える。
フィジカルとスキルの橋渡し
反復スプリント能力(RSA)と再加速の鍛え方
パス&ムーブは細かい再加速の連続。10〜20mの反復ダッシュ+方向転換を組み合わせます。
- 10m×6本×3セット(20秒レスト)。
- カーブ走で半身を保ったまま加速。
ストライド/ピッチの使い分けで間合いを支配
裏抜けはストライド、狭所の動き直しはピッチ重視。両方を使い分けましょう。
- 最後の2歩を細かく刻み、相手の足を止める。
- 受ける前の“脱力”で初速を作る。
技術自動化のための反復量と休息の管理
1本ごとの質が落ちると誤学習に。短時間×高品質×頻度高めが理想。
- 技術ドリルは10〜12分で区切る。
- 睡眠と補食で神経の回復を優先。
メンタルとコミュニケーションの整備
トリガーワードとハンドシグナルの標準化
全員が同じ言葉で同じ動きを。週初に確認して統一します。
- 短く、被らない単語を採用。
- 手の合図は2種類まで。迷いを削る。
ミス後の即時リロード文化を浸透させる
奪われた直後の3歩が命。責めるより先に“戻る・囲む・止める”。
- 声掛け:「戻れ」「止めろ」「囲め」。
- ロスト後5秒の指標をベンチで提示。
意図共有ミーティングの短時間設計
15分で十分。目標とトリガーとKPIだけに絞ります。
- 映像は3クリップ以内。
- 各ポジション1フレーズを持ち帰る。
試合準備:一週間のマイクロサイクル例
MD-4:技術と角度の基礎再確認
ロンドと2対2+フリーマンで角度・半身・1タッチ基準を再確認。
MD-3:連携パターンと三人目の徹底
アップ・バック・スルー、サードマンラン、内外入れ替えを反復。定位置での再現度を高めます。
MD-2:SSGで強度と意思決定を同時刺激
7対7トランジション付き。制約は「得点は三人目経由」+「スイッチ1回」。
MD-1:セットアップと再現確認の軽負荷
リスタートの位置取り、トリガーワード、KPI確認。負荷を落として鮮度を保つ。
試合中の調整とハーフタイム修正
レーンの再配分と立ち位置の微修正
同レーン渋滞が出たら即入れ替え。IHの高さを10m前後で微調整。
偽サイドバック/偽9の投入判断
中央過密に対してSBを中へ、CB機動力不足に対して偽9で降りて数的優位を作る。
テンポ上下で守備ブロックを分解する
止める→速く→止めるのリズムでラインを引き出して背後へ。逆に守りたい時間はスイッチで時間稼ぎ。
まとめとセルフチェック
パスアンドムーブは「意図のある移動」と「角度の設計」、そして「同時性」。この3つがそろうと、数的・位置的・質的優位が同時に立ち上がります。再現度を高めるには、練習の制約と試合のKPIをつなぎ、毎週アップデートしていくことが近道です。
今日の再現度チェックリスト(意図→実行の一致)
- 三角形/菱形は常に保てたか。
- 受ける前に2回以上スキャンできたか。
- 三人目経由で前進できたか(回数/成功率)。
- ロスト後5秒の奪回を意識できたか。
次週の課題設定テンプレート
- 狙う優位(数/位置/質)を1つ選ぶ。
- キーフレーズを3つまでに絞る。
- KPIを2つ設定(例:サードマン成功率60%、スキャン/分6以上)。
知識を習慣に変える三つの鍵
- 短い言葉で全員をつなぐ。
- 形(構造)を崩さない小さな約束事。
- 映像と数値で“できた/できない”を見える化。
