サッカーポルトガル代表戦術の核心と可変布陣
この数年のポルトガル代表は、配置図が試合の中で姿を変える「可変布陣」を使いながら、ボールを握る時間と背後を突く鋭さの両立を目指してきました。難しそうに聞こえますが、根っこはシンプルです。選手それぞれの得意を最大化し、相手に合わせて配置を微調整する。そのための土台(原則)をしっかり持つチームが、ポルトガルです。この記事では、その核心を「攻守・トランジション・セットプレー・選手の役割・相手別プラン」まで通しで解説します。練習に落とし込むドリルや観戦チェックリストも用意したので、チーム作りや個人のスキルアップに役立ててください。
目次
序章:ポルトガル代表の戦術はなぜ「可変」なのか
可変布陣・原則・役割の定義
可変布陣とは、キックオフ時の並び(例:4-3-3)から、攻守のフェーズに応じて立ち位置や列の数を変える考え方です。目的は形そのものではなく、数的優位・位置的優位・質的優位をつくること。可変を支えるのが次の三つです。
- 原則:幅をとる・内側に人を置く・三角形を作る・背後を狙う等の共通ルール
- 役割:誰がどのゾーンを担当するか(例:SBが内側化、WGが幅取り)
- 合図:いつ・何をきっかけに形を変えるか(相手の枚数・ボール位置など)
ポルトガルは、華のあるタレントに「自由」を与えるだけでなく、原則で方向性を揃えることで、個の良さとチームの再現性を両立させています。
欧州トップに広がる可変化の潮流とポルトガルの位置づけ
欧州のトップレベルでは、SBの内側化や3バック化、2-3/3-2のビルドアップなど可変は既に一般化。ポルトガルは代表チームという制約の中でも、この潮流を素早く取り入れています。特徴は「選手のポリバレント性(複数ポジション適性)」を軸に、左右非対称の配置で優位をつくる点です。
個の技術と集団戦術の共存モデル
例えば、ジョアン・カンセロは内側での配球と前進、ラファエル・レオンは一対一での突破、ブルーノ・フェルナンデスとベルナルド・シウバは間受けとラストパス。これらの「質的優位」を活かしやすいよう、集団としてはハーフスペースの占有や5レーン管理など「位置的原則」を徹底。個の輝きが、仕組みによって増幅されるイメージです。
近年の戦術変遷と監督の意図
フェルナンド・サントス期:堅守速攻の骨格
サントス期(〜2022)は、コンパクトなブロックと縦に速いアタックが骨格。4-4-2や4-1-4-1で守備を固め、奪ってからのカウンターでゴールへ直通するスタイルが多く見られました。欧州タイトルをもたらした再現性の高いゲーム運びが特徴です。
ロベルト・マルティネス期:原則ベースの可変性と主導権
2023年以降のマルティネス期は、保持での主導権志向がより明確に。3-2-5/2-3-5の可変、GKの組み立て参加、ハーフスペースの連続占有など、ポジショナルな原則が強調されています。予選ではボール保持と得点力、失点抑制のバランスが良く、可変の「狙い」と「戻し先」が整理されています。
代表チーム特有の制約(短期合流・選手適性)とスカッドの強み
代表はクラブと違い、練習時間が限られます。だからこそ「共通言語」と「役割のわかりやすさ」が重要。ポルトガルはテクニックに優れたMF陣、ワイドの突破力、ビルドに長けたCBとGKが揃い、短期間でも再現性を出しやすい陣容です。
ベースフォーメーションと可変のフレーム
4-3-3/4-2-3-1を土台にした3-2-5化
ボール保持では、SBの一枚(主に右)が内側に入り、逆サイドのSBが高い位置で幅取り。アンカー+IHで「2-3」や「3-2」を作り、前線は5レーンを埋める「3-2-5」に化けます。これにより、外→内→背後の循環とライン間攻略がスムーズになります。
3-4-2-1/3-2-4-1へのスライドの条件
相手が2トップで前から来る場合、CBを3枚化(SBの内側化やアンカー落ち)して第一ラインを安定化。中盤は2枚/4枚の可変で相手の中盤枚数に合わせます。トップ下の二人がライン間に同時存在すると、背後への走りやカットバックが効きます。
守備時の4-4-2/5-4-1へのリトリート設計
非保持は、前線2枚で誘導する4-4-2ブロック、もしくはWBが最終ラインへ吸収される5-4-1で幅を閉じます。相手のSBが高い場合は5枚化でサイドの二対一を防ぎ、相手のビルドが中央寄りなら4-4-2で中盤スクリーンを厚くするのが基本です。
ビルドアップの核心
2+3と3+2の使い分け(GK参加による数的優位)
後方の配置は、相手の前線枚数を見て切り替え。2トップには「3+2」、3トップには「2+3」を作るのが目安。ディオゴ・コスタが積極的に関与し、CBと三角形を作ることでプレスの一線目を外します。
右の内側化と左の幅取りの非対称(ジョアン・カンセロ/ヌーノ・メンデス)
右SB(例:カンセロ)は内側に入り、IHのように前進パスやスイッチの起点に。左SB(例:ヌーノ・メンデス)は高い位置で幅を取り、縦スピードとクロスで押し込みます。この左右非対称が、相手のスライドを遅らせる仕掛けです。
アンカーの選択で変わる色(パリーニャ/ルベン・ネヴェス/ヴィティーニャ)
- パリーニャ:守備強度とボール回収。二次展開の安全装置として心強い。
- ルベン・ネヴェス:長短の配球で一気に前進。サイドチェンジで相手を広げる。
- ヴィティーニャ:6/8のハイブリッド。角度を作り直す「三人目」を引き出す巧さ。
相手の守備方法に応じてアンカー像を変え、ビルドの出口を柔軟に設計します。
ハーフスペース占有と三角形の連続生成
前進の合言葉は「ハーフスペースに人を置く」。WGが幅を取り、IH/偽SB/CFがハーフスペースで受け、三角形を連続生成。受け手が背中を向けさせられたら、即座に落とし→前向きの三人目で前進します。
相手の2トップ・3トップに対する出口の作り方
- 対2トップ:アンカー落ちまたはSB内側化で3枚化。外→内→外で一列飛ばし。
- 対3トップ:GK参加で2+3、IHの降りで「ズレ」を作り縦パスのレーンを開ける。
進攻の仕上げと最終局面
5レーン占有と2列目の侵入(ブルーノ/ベルナルド)
最前線は左右の幅、左右のハーフスペース、中央の5レーンを埋めます。ブルーノ・フェルナンデスとベルナルド・シウバは、タイミングよく箱(PA)へ侵入し、折り返しやセカンドに反応。ライン間で受けて即リターン、あるいはダイレクトで裏へ通す判断が鍵です。
遅攻から速攻への切り替え基準(テンポとリズム)
相手が5バックで固める時はテンポを落としてズレを作り、相手のスライドが遅れた瞬間に一気にスピードアップ。コーチングで「3タッチ以内」「逆サイドへ一度運ぶ」などリズムの合図を共有します。
カットバック主導のクロス設計とニア・ファーの使い分け
サイド深くまで運べたら、基本はカットバック。ニアにCF、PKスポットにIH、ファーにWG(またはSB)が入る三走りをライン化。相手がPA内を固めるなら、二列目のミドルを織り交ぜてブロックを前に引き出します。
クリスティアーノ・ロナウドの活かし方と9番の代替プラン
- ロナウド起用時:クロス質の担保、ニア/ファーの明確化、二次攻撃の積極参加。
- 代替プラン(例:ゴンサロ・ラモス):裏抜けとプレス強度で相手CBを固定、落ちる9番でIHの侵入を引き出す。
ミドルレンジとセカンドボールの回収動線
PA外からの高精度ショットはポルトガルの強み。こぼれ球回収のため、ボックス外に二枚(アンカー+IH/偽SB)を常駐させ、逆サイドSBも内に絞って遷移に備えます。
守備戦術とプレッシング
外切り/内切りの使い分けと中盤スクリーン
相手の中盤が強力なら外切りでサイドへ誘導し、タッチラインを味方に。相手SBがボールを持つ場面では内切りで中を閉じて前進を阻害。中盤二枚(三枚)がパスコースを消して前方の圧力を後押しします。
プレストリガー(GKへの戻し・タッチライン圧縮・背向けコントロール)
- GKへのバックパス:一斉にラインを押し上げ、ロングを回収。
- サイド圧縮:縦を切って内に蓋、後ろ向きの受けには即スイッチ。
- 背向けのコントロール:トラップの瞬間に寄せ、逆サイドカバーを連動。
ミドルブロックの縦ズレとライン管理(ルベン・ディアス中心)
最終ラインの指揮はルベン・ディアス。縦ズレ(前が出たら後ろも出る)を徹底し、背後のスペースをGKと協力して管理。CBが釣り出された時はアンカーが一列落ち、サイドの裏はSBと逆CBで挟みます。
5-4-1化のメリット・デメリットとスイッチ条件
- メリット:サイドの二対一耐性、PA内の枚数確保。
- デメリット:前線の圧力低下、奪ってからの出口不足。
- スイッチ条件:リード時、相手のSB高騰時、こちらのトランジション疲労時。
トランジションとリスク管理
レストディフェンス設計(2+2/3人リスタートの型)
攻撃時の置き守りは「最後方2+ハーフスペース2」もしくは「最後方3」。ボールロストに備え、背後ケア要員と二列目の制圧役を固定し、即座に圧縮→回収→再攻撃の循環を作ります。
奪ってから3秒の指針と最短経路の選択
奪取から3秒は最も相手が整っていない時間。縦か逆サイドか、最短でゴールに近づけるルートを事前共有しておくと意思決定が速くなります。
逆襲ケア、戦術的ファウル、カバーシャドーの徹底
ハイリスクな場面では戦術的ファウルも選択肢。スライド時はカバーシャドー(背後のパスコースを影で消す)を徹底し、中央突破を防ぎます。
主要選手の役割と相互作用
ルベン・ディアス:最終ラインの統率と前進パス
対人と空中戦の強さに加え、縦パスで一線を飛ばす配球が前進の合図。ライン統率でオフサイド管理を徹底します。
ジョアン・カンセロ:内外を行き来する可変SB
内側での配球とドリブル突破を併せ持つ可変の要。内で数的優位を作り、外へボールを出すスイッチ役を担います。
ヌーノ・メンデス/ディオゴ・ダロト:幅と深さの管理
メンデスは縦スピードとクロスで深さを作り、ダロトは状況に応じて内外を使い分ける柔軟性が持ち味。左右で機能の違いを出せます。
ベルナルド・シウバ:結節点としての時間創出
狭い局面での保持と角度作りに長け、時間を生む真の結節点。周囲の動きを引き出す「間」の名手です。
ブルーノ・フェルナンデス:配球・飛び出し・二次攻撃
スルーパスとボックス侵入の両立。PA外でのセカンド回収とミドルも得点源。攻撃のスイッチ役として不可欠です。
ラファエル・レオン/ディオゴ・ジョタ:縦圧力と裏抜け
レオンは左の推進力と一対一、ジョタは裏抜けとフィニッシュの鋭さ。どちらも最終局面の「質的優位」を生み出します。
ゴンサロ・ラモス/クリスティアーノ・ロナウド:9番の像と役割分担
ラモスは走力とプレスで起点を作り、ロナウドはPA内の決定力で仕留めるタイプ。相手や試合展開で使い分ける設計が可能です。
ディオゴ・コスタ:スイーパーとビルドアップ参加
足元の安定と広い守備範囲でラインを押し上げやすく。GK発の3人目活用で一気に前進する基点になります。
相手別ゲームプランの可変
低ブロック攻略:ハーフスペース固定→逆サイド展開
ライン間に二枚を固定し、相手の中を釣ってから逆サイドへ展開。カットバックとPA外ミドルの交互でブロックを広げます。
ハイプレス相手:3-2化と長短ミックスの出口
後方3枚でプレスの一線目を外し、IHの降りで受け所を増やす。縦のロングと足元のショートを混ぜ、レオンやジョタの裏抜けを初手の出口に設定します。
同格戦:プレッシング強度の波と試合運び
90分通して強度を保つのは難しいため、時間帯で波を作る。押し込む時間はSBの位置を高く、守りたい時間は5-4-1でPA保護を優先します。
強豪相手:個のタレント封じとマンツーマン要素の織り込み
相手のキーマンに対しては局所的な捕まえ方(準マンツー)を採用。中盤の一列目で背中のパスコースを消し、最終ラインはカバーを厚くします。
セットプレーの戦略
CK:ニア・ファー分散とスクリーンの整備
ニアの潰し役、ファーの攻撃役、中央のこぼれ回収を明確化。マーク剥がしのスクリーン(交差動き)で自由なランナーを作ります。
FK:直接・間接オプションとセカンドの設計
直接FKのキッカーは複数。間接ではオフサイドラインの背後へ「遅れて入る」選手を一人用意し、二段目のシュートゾーンを確保します。
ロングスローの二次回収と遷移管理
セカンドボールの回収位置を事前に共有し、カウンターリスクを抑える配置(外側に二枚)を徹底します。
守備セット:ゾーン+マンのハイブリッド
PA内はゾーンでエリア管理、相手の最強ヘッダーにはマンで密着するハイブリッドで対応。飛び込みを遅らせ、セカンド対応を優先します。
データで読むポルトガル代表
ポゼッション率とPPDAの傾向をどう解釈するか
ボール保持志向が強い試合が多く、相手次第でポゼッションは上下します。PPDA(相手のパスを何本許してから守備アクションに行くかの目安)は、ハイプレスとミドルブロックを併用するため「一定以上の圧力は保ちつつ、無理に奪いに行きすぎない」数値に収れんしやすいと考えられます。大切なのは数字そのものより、相手とスコア状況に応じて強度を可変できる点です。
xG/xGAから見るショットクオリティと決定力
xG(期待得点)では、PA内での決定機創出とカットバック起点の質が反映されやすい構造。xGA(被期待失点)は、レストディフェンスと最終ラインの統率で低く抑える狙いです。予選では多得点・少失点の試合が目立ち、構造と個の決定力の両輪が機能していることがうかがえます。
ボール奪取位置のヒートマップが示す意義
サイド高い位置と中盤中央での奪取が多いと、波状攻撃へ移りやすい。逆に自陣深くが多い試合は、押し込まれたか、意図的に引いてカウンター狙いだったかの判断材料になります。
再現性を高める練習ドリル(チーム/個人)
三人目の動きを習慣化するポゼッションゲーム
縦20×横25mのグリッドで6対6+フリーマン。条件は「受け手は原則ダイレクト、三人目は前向き」。三角形を連続で作る癖を付けます。
可変SBの立ち位置を学ぶライン間ロンド
4色のビブスで役割固定(CB/偽SB/IH/WG)。偽SBは内側と外側を行き来し、ライン間で前を向く受け方と背後の使い分けを体得します。
5レーン占有を体得するフィニッシュワーク
5本のマーカーでレーンを可視化。ワイド→ハーフスペース→カットバック→PA内3走りの連動をテンポ良く繰り返します。
レストディフェンスの遷移トレーニング
攻撃局面からコーチの合図で即カウンターに移行。置き守り2+2/3枚の位置を固定し、ボールロスト後3秒の圧縮をルール化します。
セットプレーの役割固定とシグナル設計
ニア潰し、ファー攻撃、スクリーン、外回収、リスタート合図(手振りやステップ)を明確にし、バリエーションを少数精鋭で磨きます。
よくある誤解と事実
可変=奇抜ではない(原則の一貫性が前提)
形がコロコロ変わっても、守る原則が同じなら選手は迷いません。可変は「原則を実行しやすくする手段」です。
「スター依存」は半分正解か:役割と原則のバランス
タレントのひらめきは武器ですが、原則が整うほどスターの質はさらに引き出されます。依存ではなく「増幅」が近い表現です。
3バック=守備的の誤解を解く
3枚化は前進の安全装置にもなります。保持時の3-2-5はむしろ攻撃的。役割と狙い次第で性質は変わります。
観戦チェックリスト(試合前/試合中/試合後)
先発とベンチの組み合わせで読む可変パターン
- 右SBがカンセロかダロトか:内側化の頻度が変わる。
- アンカーのタイプ:回収型か配球型かで前進ルートが変化。
- 9番のタイプ:クロス主導か裏抜け主導かを予測。
試合中に見るべき5つのスイッチ(内外・幅・列・テンポ・高さ)
- 内外:SBが内か外か。
- 幅:WGが幅を固定できているか。
- 列:2+3/3+2の後方配置。
- テンポ:遅攻→速攻の切り替えタイミング。
- 高さ:最終ラインの押し上げと背後ケアのバランス。
スタッツで振り返る評価軸(進入回数・PPDA・xT/xG)
PA進入回数、PPDA、xT(期待スレット)/xGを見れば、保持の質と守備の強度、決定機の数が大まかに把握できます。数字と映像をセットで確認しましょう。
まとめ:戦術の核心と可変布陣を自チームに落とし込む
原則→役割→約束事の順で設計する
まず攻守の原則を決め、次に選手の役割を割り当て、最後に試合中の合図(スイッチ)を定義。可変はその上に乗せます。
可変の始点と終点を明確にする
「相手が2トップで来たらSB内側化」「押し込まれたら5-4-1化」など、始点と形の終点をチームで共有。迷いを消します。
再現性を担保するためのフィードバックループ
試合→簡易データ→映像→トレーニングの小さなループを回し、同じ場面で同じ解を出せるように積み上げましょう。ポルトガル代表が示すのは、個の才能と可変の設計図をつなぐ「現実的な道筋」です。自チームでも要点を絞れば、十分に再現可能です。
