倒れたらファウル?それとも「シミュレーション(いわゆるダイブ)」?判断は一瞬、しかも勝敗を左右します。本稿では、競技規則に基づく定義から、審判が実際に何を見ているか、VAR時代の運用、そして現場での見分け方とトレーニングまでを一気通貫で解説します。フェアに戦い、無駄なカードや機会損失を減らすための実務的な指針としてお使いください。
目次
シミュレーション反則とは?定義と背景
競技規則上の位置づけ:『主審を欺く試み』は警告(反スポーツ的行為)
競技規則では、シミュレーションは「主審を欺こうとする試み(feinting, attempting to deceive the referee)」として反スポーツ的行為に分類され、原則として警告(イエローカード)の対象です。典型例は、ファウルを受けたように装って倒れる、接触を誇張する、痛みを大きく見せる、といった行為です。なお、シミュレーションは直接フリーキック(DFK)やペナルティキック(PK)の反則ではなく、懲戒(カード)に関わる事項です。
シミュレーションと誇張の違い:境界線を言語化する
実務上の境界は「プレーの結果を歪めるほどの虚偽かどうか」です。
- シミュレーション(警告相当):接触がないのに倒れる/接触の性質を根本的に偽る(例:足が当たっていないのに転倒)。
- 誇張(注意・不問になることも):実際の接触はあるが、倒れ方や声の出し方が過度。判定は文脈依存で、ファウルが与えられることもあれば、プレー続行が選ばれることもあります。
鍵は「接触の事実」「その接触がプレーに与えた影響」「倒れ方の妥当性」の整合性です。
なぜ起こるのか:リスクとリワードの構造
シミュレーションには短期的な報酬(FK/PK獲得、相手のカード、時間稼ぎ)があり、リスク(自らの警告、信用低下、次以降の判定不利)が見落とされがちです。中長期的には、審判・相手・観客の信頼を失い、チーム全体の判定バイアスを悪化させる可能性が高い点を理解しておくべきです。
審判の判断基準を分解する
接触の有無・強度・方向(コンタクトは必要条件ではない)
「接触があった=必ずファウル」でも「接触がない=必ずファウルでない」でもありません。多くのDFK反則(足を引っ掛ける、押す、チャージなど)は実質的に接触が前提ですが、無接触でも妨害(インピーディング)は反則となり得ます(この場合は間接FK)。一方、PKはDFKに該当する反則に限られるため、無接触でPKは原則ありません。審判は接触の「方向」「強度」「継続時間」を重視し、進行方向と逆ベクトルの力が加わったか、体の中心や軸足に影響したかを見ます。
倒れ方の自然さ:遅延・跳躍・鞭打ち動作・声の使い方
不自然さのサインは次のとおりです。
- 遅延転倒:接触から反応までのタイムラグが長い。
- 跳躍:前に軽い接触なのに上に跳ぶ、背中から落ちるなどベクトル不一致。
- 鞭打ち動作:上半身を大きくのけぞらせるなど過剰な振れ。
- 声の誇張:軽微な接触で大声を上げる。声は判断材料の一つですが、決定打にはなりません。
これらが複数重なると、シミュレーションの可能性が高まります。
ボールの位置・支配・得点可能性とファウル利得
審判は「その接触で攻撃側が実質的に不利益を受けたか」「倒れる合理性があるか」を状況価値で評価します。ボールが遠い、支配していない、得点機会が低いのに大きく倒れると、利得狙いと見なされやすい一方、決定機で軸足が触られた場合などは倒れる合理性が高いと評価されやすいです。
守備者のチャレンジの質:不注意・無謀・過剰な力
守備者の行為が不注意(careless)か、無謀(reckless)か、過剰な力(using excessive force)かは、ファウルの有無とカード色を左右します。ボールに行っているか、足裏の露出、速度差、視線、接触部位などが観察ポイントです。攻撃側の誇張があっても、守備側の行為が明確に不適切ならファウルが優先されます。
主審の視野・角度・距離と副審・第4・VARの協力
同じ接触でも、見る角度で印象は変わります。主審が死角だった場合は副審や第4審判からの情報が重要で、VAR運用がある大会では映像確認が補助します。選手側は「見られている位置」を過信せず、プレーの質を第一に考えるべきです。
アドバンテージと『プレー続行』の評価
審判はファウルがあっても有利ならプレー続行(アドバンテージ)を適用します。軽接触で倒れずに続けてチャンスを作れればチームにとって得です。逆に、軽微な接触で自らプレーを止めると、アドバンテージの機会も失われます。
VAR時代のシミュレーション判定
介入条件:PK/レッドに関わる明白な間違いのみ
VARが関与できるのは原則として「ゴール」「PK」「一発退場」「人違い」に関わる明白な間違いのみ。シミュレーションそのもの(警告)を単独でレビューすることはできません。ただし、PKの有無をレビューした結果として、シミュレーションの有無が再評価されることはあります。
警告の取り消し・付け替えの可否と運用上の注意
PKに関するオンフィールドレビューの過程で、同一事象に限り「攻撃側のシミュレーション警告を取り消してPKに変更」「逆にPKを取り消して攻撃側をシミュレーションで警告」といった付随的な懲戒の変更が行われる場合があります。なお、いわゆる「2枚目の警告」にVARは介入できません。
リプレーで注目されるフレーム:初期接触・軸足・モーション
映像で特に見られるのは、(1)最初に接触が起きた瞬間、(2)軸足や重心の乱れの有無、(3)倒れるモーションの方向・速度です。リプレーで矛盾が少ないほど判定は安定します。
よくある誤解と正しい理解
『接触があれば必ずファウル』ではない
接触はサッカーの一部。軽微でプレーに影響がない接触はノーファウルと判断され得ます。逆に、接触がなくても妨害などの反則はあります(ただしPKはDFK反則に限る)。
『大きな声=ファウル』ではない
声は補助情報にすぎません。審判は視覚情報と整合するかを重視します。大声だけが目立つと逆効果です。
『エリア内は基準が甘い』わけではない
PKは試合を決めるため、むしろ基準は厳密です。「接触=PK」ではなく、「反則が基準を満たすか」が問われます。
『痛そうに倒れれば有利』の短期・長期の代償
短期的にFK/PKを得ても、信用は積み上げ式です。過度なアピールは次の50/50を落とすリスクになり、チームの不利益に繋がります。
見分け方の実践:選手・指導者・保護者のチェックリスト
選手のセルフチェック5項目
- 接触の方向は自分の進行と合っていたか。
- 軸足やボールコントロールに実害が出たか。
- 倒れずに続けた方がチャンスだったか。
- 倒れ方は力の流れに対して自然だったか。
- 声やリアクションは最小限だったか。
指導者のピッチサイド観察ポイント
- 初期接触の位置(足/腰/肩)とベクトル。
- 選手の第一反応(体勢の立て直し意図の有無)。
- ボールとの距離と次のプレー選択肢。
- 守備者のスピード・角度・足の出し方。
- 主審の位置取りと副審とのアイコンタクト。
保護者が子どもに伝えるフェアプレーの指針
- 「倒れるためにプレーしない」。まずはボールを失わない工夫。
- 痛みや危険は正直に。必要ならすぐに座り込みシグナル。
- 相手を貶める演技はしない。勝っても負けても胸を張れる選択を。
状況別のグレーゾーンを読み解く
ドリブル突破とスライディングの接触
ボールに先に触れても、その後の接触で相手を不注意に倒せばファウルです。軸足や進路を刈る形は反則・カードの可能性が高い一方、ボールにクリーンに触り、相手の回避が間に合わず軽い接触に留まる場合はノーファウルになり得ます。倒れ方の自然さがカギです。
裏抜けでの駆け引きと手の使い方
軽いハンドファイティングは許容されますが、明確な引っ張り・押しはファウル。攻撃側が手を相手に絡めて自ら転ぶ形はシミュレーションと見られやすいです。ベクトルとタイミングを整理して練習しましょう。
空中戦・セットプレーの押し引き
空中戦では腕を使ったバランス取りと押しの境界が問題になります。相手のジャンプを妨げる両手の押し、抱え込み、ユニフォームの引きは明確な反則。逆に、接触を利用して過剰に後方へ飛ぶのはシミュレーション疑いです。
GKとの交錯:先触れと進路妨害
GKがボールに先に触れても、無謀に突っ込めばファウル。一方、攻撃側がGKの進路に割り込み、接触を誘う形で大きく倒れると評価は厳しくなります。早いフレームでの先触れと進路権の判断が重要です。
時間稼ぎと負傷アピールの線引き
負傷は安全最優先ですが、「時計を止めるための過度なアピール」は懲戒の対象にもなり得ます。明確な痛みや頭部・頸部の疑いがあるときは躊躇せず停止、軽微ならタッチライン外での処置が原則です。
シミュレーションに頼らないための技術
身体の入れ方・シールドで合法的に優位を作る
相手とボールの間に体を入れ、肩・前腕で合法的にスペースを確保する技術は、ファウルを受ける正当性を高めます。ヒップイン、ステップワーク、上半身の角度を磨きましょう。
接触を受け流すバランス・コア強化
片脚立位での安定、オープン/クロスの切り替え、骨盤のコントロールが重要。軽い接触で倒れず、次の一歩を出せるとアドバンテージが生まれます。
合法的に『ファウルを引き出す』駆け引き
ボールを一瞬前に置いて相手の不用意な足を誘う、体を先に入れて背後からの押しを明確化するなどは戦術的に正当です。虚偽ではなく、相手の選択ミスを可視化する発想です。
接触後もプレーを続ける判断と得失計算
倒れた場合のFK/PK期待値と、プレー続行の得点期待値を状況で比較。味方の位置、残り時間、カード状況を瞬時に計算する習慣を持ちましょう。
練習メニュー:倒れない・騙さない・でも守られる
接触耐性と片脚安定性のドリル
- パートナーからの肩タッチに耐える片脚スクワット(左右各8〜10回)。
- ミニバンドを使ったラテラルウォークで骨盤安定。
- 軽いボディチェックを受けながらのボールキープ(3秒→5秒→7秒)。
安全な転倒とローリングの基礎(誇張しない倒れ方)
- 受け身の基本(前方・側方):顎を引き、接地は前腕から。
- ローリングで衝撃を逃がす練習:過度な跳躍は厳禁、力の流れに沿う。
審判に伝わる自然なリアクションの訓練
- 接触→一歩粘る→ダメなら倒れる、の三段階反応を反復。
- 声量コントロール:痛みのサインを大声ではなく手の挙上で示す。
チーム内の共通言語とフィードバック設計
- 「ベクトル」「軸足」「初期接触」などのキーワードを統一。
- 試合後のクリップ共有:良い『続行』と悪い『過剰アピール』を比較。
レフェリーとのコミュニケーション術
試合前のすり合わせ:接触基準の把握
ウォームアップ時に挨拶し、危険なチャレンジへの基準や、アドバンテージの考え方を簡潔に確認。礼儀正しく、質問は具体的に。
試合中の伝え方:事実→感想→要望の順序
「今のは足首に当たった(事実)→バランスが崩れた(感想)→次もあれば見てほしい(要望)」の順で短く。判定への抗議ではなく情報提供を意識。
キャプテンの役割とカード回避のマナー
複数人で囲まない、ジェスチャーを大きくしない、相手選手を煽らない。キャプテンが一本化して伝えると、チームの信用が上がります。
ケーススタディと自己分析
判定が割れるプレーを言語化して比較する
「接触部位」「力の方向」「倒れ方」「ボール価値」を4象限で整理。映像がなくても言語化の習慣が、次の意思決定を速くします。
VARで覆った事例に共通するサイン
- 初期接触がボールか人かの取り違え。
- 軸足接触の見落とし、または誇張による誤認。
- ベクトル不一致の倒れ方(跳躍・遅延)。
誤審・見落としに直面したときのメンタル戦略
誤りはゲームの一部。次の5分間のプレー品質に集中するルーティン(深呼吸→合図→再配置)を持ち、感情の波で判断を誤らないようにしましょう。
競技規則の最新動向と実務運用
IFAB通達のポイントとシーズンごとの傾向
IFABの通達では繰り返し、「軽微な接触=自動的なファウルではない」「欺く試みは警告」という原則が強調されています。年次で表現や例示が更新されるため、最新版の競技規則と補足資料を確認しましょう。
国内大会・カテゴリごとの運用差への対応
同じ原則でも、アマチュアとプロ、ユースとシニアで運用の温度感が異なる場合があります。大会要項や事前説明会で示された方針をチーム内で共有し、疑問点は早めに確認を。
変更点をチーム戦術に落とし込む方法
- 映像と文書をセットで確認し、プレー例に当てはめる。
- 練習で「続行」シナリオを増やし、倒れない選択の期待値を体感。
- セットプレーの手使い・ブロック動作をルールに適合させる。
FAQ:よくある質問
弱い接触でも倒れてよいのか?
倒れること自体が禁止ではありません。重要なのは「接触がプレーに実害を与え、倒れることが自然か」です。軽微で影響が小さいなら続行が得。虚偽の転倒は警告対象です。
痛みがあるがプレー続行すべきか?
安全最優先。頭部・関節の鋭い痛み、痺れ、視界異常があれば直ちに停止を。軽度なら状況次第ですが、無理を重ねると長期離脱のリスクがあります。
演技を疑われないための最小限のアピールとは?
手の挙上、短い言葉での事実伝達(「足首」など)、すぐに立ち上がる意思表示。過剰な転倒や大声は逆効果です。
シミュレーションの警告を受けた後の立て直し方
- 感情を整える:深呼吸→次のタスク確認。
- プレー選択を見直す:まずはボール保持と継続を優先。
- ハーフタイムに映像や第三者の視点で検証し、次に活かす。
まとめ:フェアに勝つための要点
今日からできる3つの実践
- 接触のベクトルと倒れ方の整合性を常に意識する。
- 倒れる前に「一歩粘る」癖をつける。
- アピールは短く事実ベース、プレー再開を速く。
試合前チェックリスト
- 競技規則と大会方針の確認。
- 審判の位置取り傾向をウォームアップで観察。
- チーム内の共通言語(軸足・初期接触・続行)を再確認。
チームで共有したい行動規範
- 倒れない、誇張しない、嘘をつかない。
- 相手の安全とリスペクトを最優先。
- 判定に左右されないプレー品質で主導権を握る。
シミュレーションの境界を理解し、審判基準に沿ったプレーを身につければ、無駄なカードと機会損失は確実に減ります。フェアに戦うことは、結果的に最も勝ちに近い戦略です。今日のトレーニングから、倒れない技術と続行の判断力を磨いていきましょう。