「ロスタイム」と「アディショナルタイム」。どちらも耳慣れた言葉ですが、現場で使い分けようとすると少し迷いがちです。本記事では、用語の起源と意味、競技規則の考え方、実務的な戦略、最新トレンドまでを一気に整理します。終盤の1プレーに活きる“時間の言語化”を目指しましょう。
目次
まず結論:両者はほぼ同義、公式は「アディショナルタイム」
どちらも試合時間に加算される時間を意味する
「ロスタイム」と「アディショナルタイム」は、ともに前後半(および延長戦各ハーフ)の終了前に主審が加える“追加のプレー時間”を指します。言葉は違っても、現象としては同じものを表していると考えて問題ありません。
公式文書や放送では「アディショナルタイム」が標準化している
競技規則(IFAB Laws of the Game)の原文では、失われた時間に対する「加算(allowance for time lost)」という考え方が示され、現場では「added time(アディショナルタイム)」が広く用いられます。国内外の多くの公式発表や放送でも、現在は「アディショナルタイム」が標準的な表記です。
読み手が迷わない呼び分けのガイドライン
- 公式・公的文脈(大会要項、記録、放送):アディショナルタイム
- 日常会話・解説の流れでの呼称:どちらでも可(ただしチーム内では統一推奨)
- 国際コミュニケーション:added time / stoppage time を使用
起源をたどる:なぜ「ロスタイム」「アディショナルタイム」が生まれたのか
英語原典の用語:allowance for time lost/added time/stoppage time
競技規則の考え方は「失われた時間に対して主審が補正する(allowance for time lost)」です。表現としては added time(加えられる時間)、stoppage time(中断による時間)、injury time(負傷に由来する時間)などが並行して使われてきました。なかでも added time は中立的で、かつ現在の公式用語に近い位置づけです。
日本で「ロスタイム」が広まった歴史的背景
日本では1990年代以降、テレビ中継や紙面で「ロスタイム(失われた時間)」という言い方が普及しました。国際用語の受け止め方や当時の報道スタイルの影響で「ロスタイム」が一般化した経緯があります。
「アディショナルタイム」普及の流れ(第4の審判員の掲示と用語の整合)
第4の審判員が電子ボードで「追加時間の目安」を掲示する運用が定着し、用語の整合も進みました。英語での added time と合わせる形で、日本語でも「アディショナルタイム」が標準化していったと言えます。
ルールの観点:競技規則が定める『加算時間』の考え方
主審が時間を管理し、掲示は『最低○分』である
時間の管理者は主審です。第4の審判員が掲示する数字は「最低○分」。つまり、掲示後にさらに中断があれば、そのぶん延長され得ます。掲示はあくまで下限の目安で、確定値ではありません。
加算対象となる主な事象(交代・負傷対応・時間遅延・VARチェック等)
- 選手交代
- 負傷の評価や退場(搬送)
- 時間の浪費(時間稼ぎによる遅延)
- 規律措置(警告・退場)に伴う中断
- VARチェック/オンフィールドレビュー(適用大会)
- 得点後のセレブレーション
- ドリンクブレイク/クーリングブレイク(大会規定で実施される場合)
- ボール交換、用具の確認などの運営上の中断
前半/後半/延長戦の各ハーフで個別に算出される
加算時間は前半・後半・延長戦の前後半、それぞれ独立して算出されます。前半の短縮や延長が後半に直接持ち越されることはありません。
呼び方の違いと意味のニュアンス
「ロスタイム」=失われた時間/「アディショナル」=追加される時間
言葉の印象でいえば、「ロスタイム」は“減ったぶんを取り戻す”、一方「アディショナルタイム」は“上乗せする”イメージです。どちらも内容は同じですが、響きが異なります。
ニュアンスの差がもたらす心理・戦術面の影響
- ロスタイム:守る側は「耐え切る」、攻める側は「取り戻す」心理になりやすい
- アディショナルタイム:「あと最低○分プレーできる」という能動的な受け止めになりやすい
言葉づかいはゲームマネジメントの雰囲気づくりにも影響します。チーム内での統一は、ベンチとピッチの意思決定をスムーズにします。
実況・メディア・現場での使い分け実例
- 実況・テロップ:アディショナルタイム(AT)表記が主流
- 会話:状況に応じてロスタイム/アディショナルタイムを混在使用
- チーム内コーチング:短く「AT」「あと3分」など、機能的な合図を優先
延長戦・PK方式との違いを明確化
アディショナルタイム(追加時間)と延長戦は別概念
アディショナルタイムは“各ハーフの終わりに加算されるプレー時間”。延長戦は“90分で決着しない場合に実施される別枠の30分(15分×2)”です。混同しないようにしましょう。
勝敗決定の流れ(90分→延長→PK)における位置づけ
多くの大会での基本的な流れは「90分(各ハーフにAT)→延長戦(各ハーフにAT)→PK方式」。ただし大会規定により、延長を実施せずにPKに進む場合もあります。
大会レギュレーションで変わる例外の理解
延長戦の有無、クーリングブレイクの実施、VAR運用の有無などは大会規定に依存します。試合前に必ず確認し、終盤の戦い方を事前に設計しておきましょう。
いつから言い方が変わった?時代ごとのトレンド
1990年代〜2000年代:日本で「ロスタイム」が一般化
当時の中継・紙面で「ロスタイム」という表現が浸透し、ファンにも定着しました。語感としても分かりやすく、長らく日常語として使われてきました。
2010年代以降:「アディショナルタイム」が主流へ
国際用語との整合や掲示運用の定着により、アディショナルタイム表記が主流に。公式案内・放送・記録での統一が進んでいます。
地域・世代・媒体による呼称の差
依然として「ロスタイム」も広く通じます。地域や世代、媒体によって好みが分かれるため、相手に合わせた運用が無難です。
実務に効く:選手・指導者のためのアディショナルタイム戦略
残り時間の見立てとリスク管理(時計の持ち方・合図の統一)
- 掲示は「最低○分」。さらに延びる可能性を常に織り込む
- ベンチからの合図は「あと3分+α」など、“伸びしろ”を含める
- 主審が時計を持つ前提で、チーム内は区切り合図(45+3など)を共通化
リード時とビハインド時のゲームマネジメント
- リード時:リスクを抑えた再開、ファウル管理、セットプレーでの人数整理
- ビハインド時:リスタートの迅速化、スローインの枚数調整、キーパーの位置取りを前向きに
- いずれも不必要な抗議は避け、時計を進める/止める判断をチームで共有
交代・セットプレー・再開スピードの最適化
- 交代は相手ボールの再開前を基本に。自チームの流れを切らない
- セットプレーはキッカー・ターゲットの“最短配置”を準備。合図は一言で
- ボールボーイ/ガールの運用は大会規定に従い、想定再開時間を把握
ミニプラン例
- ビハインド時AT:ロングスロー起動、2nd回収の配置優先、枠内率より回数
- リード時AT:相手陣でのファウル回避、サイドでの2対1保持、遅延に当たらない範囲の丁寧な再開
審判視点を理解する:加算時間の算出ロジック
実際のカウント方法の一例(負傷・交代・チェックの積み上げ)
主審は各中断の開始時刻と再開時刻を把握し、合計の「失われた時間」を積み上げます。例えば、交代で30秒×3=1分30秒、負傷対応で2分、VARオンフィールドレビューで1分など、合計4分30秒→掲示「4分(最低)」のような運用があり得ます。
『最低○分』の意味と、さらに延びるケース
掲示後に交代や負傷、遅延が発生した場合は、その分がさらに加算されます。掲示どおりに終了するとは限らないのは、このためです。
抗議より共有:キャプテンを介したコミュニケーションの要点
- 疑問はキャプテンが簡潔に確認(例:「あとどれくらい延びますか?」)
- 主審の説明をベンチ・選手へ即共有
- 集団で囲む抗議は時間と集中を失うだけ。冷静な情報連携が有効
データの目安:現代サッカーの追加時間は長くなっている?
アクティブプレー時間重視の潮流
プレー時間の実質確保を重視する流れの中で、失われた時間をより正確に取り戻す方針が強まっています。得点後のセレブレーションなども加算対象として明確に扱われています。
VAR導入・交代枠増加がもたらす影響
VARチェックやレビュー、交代枠の拡大(ベンチ入り人数・交代回数の運用変更)に伴い、中断の機会自体が増加。この結果、アディショナルタイムが長めに掲示されるケースが目立つ試合もあります。
国内外リーグの傾向を読み解く視点(コンテクストの重要性)
リーグや大会ごとに運用の“色”があります。同じシーズンでも大会によって平均値が異なることは珍しくありません。数字を見る際は、VAR運用の有無、交代枠、気候(クーリングブレイク)などの前提条件を確認しましょう。
よくある誤解とFAQ
アディショナルタイムは『必ずその分だけ』で終わるわけではない
掲示は「最低○分」。掲示後の中断があれば、さらに延びます。逆に中断がなければ、掲示の時刻前後で終了します。
表示分を過ぎた直後のプレーとホイッスルの関係
主審の時計で時間が来た時点で終了の笛が鳴ります。攻撃中か守備中か、チャンスの大小とは独立して判断されます(例外はペナルティーキックで、規則により時間を延長して実施)。
得点後のキックオフは必要?試合終了のタイミング
得点が認められた時点で規定の時間が尽きていれば、キックオフを行わずに試合を終了できます。ペナルティーキックについては、規則により延長してキックを完了させる扱いです。
遅延行為と正当な時間調整の境界
意図的に再開を遅らせる行為は警告の対象になり得ます。一方、負傷対応や用具の確認など必要な中断は正当です。終盤ほど境界が曖昧になりやすいため、チームとして“やるべきことを素早く・正しく”を徹底しましょう。
英語表現と国際試合でのコミュニケーション
added time/stoppage time/injury time の使い分け
- added time:最も中立的・標準的
- stoppage time:中断に由来するというニュアンス
- injury time:昔ながらの言い方。文脈によっては古風
第4の審判員のボード表示の読み方と合図
掲示の数字は「Minimum of X minutes(最低X分)」。ベンチからは「Plus alpha(プラスアルファ)」など、延びる可能性を含む短い合図で統一しましょう。
チーム内コール(合言葉)の標準化
- 「AT3+」=最低3分、さらに伸びるかも
- 「Set!」=セットプレー即再開
- 「Kill/Keep」=試合の落ち着かせ方の合図(大会・文化により言い換え)
用語の現在地:国内外の表記スタイル
公式リリースや放送での表記傾向
多くの公式資料や放送で「アディショナルタイム」表記が主流です。試合経過表では「45+2分」のように“+”で示すスタイルが一般的です。
育成年代・学校現場での指導用語の推奨
国際的な用語に合わせ「アディショナルタイム(追加時間)」を基本に。そのうえで、意味の理解を深める過程で「ロスタイム」という表現も併記し、両者が同義であることを周知すると混乱が減ります。
試合記録・レポートにおける統一ルール例
- 文面:アディショナルタイム/略語はAT
- 時間表記:45+2、90+5 などの“+”表記
- 注記:掲示は最低分(Minimum)であることを明記
まとめ:呼び方に迷ったら
日常会話では文脈に応じて、公式文脈は『アディショナルタイム』
両者は実質同義。公的・記録では「アディショナルタイム」を選べば間違いにくいです。
チーム内での用語統一が現場の混乱を防ぐ
終盤は1秒の誤解が勝敗を左右します。「AT」「あと3+」など、短く誤解のない合図を統一しましょう。
正確な理解が終盤の1プレーを変える
掲示は最低分、主審が時間を管理、延びる可能性あり。基本に忠実な理解が、守り切る・追いつく・逆転するための判断をクリアにします。
あとがき
言葉の統一は、戦術の統一とセットです。ロッカールームでの一言、タッチラインからの合図、キャプテンの声かけ。そのすべてが、アディショナルタイムの1本のスローイン、1本のクロス、1人の帰陣を変えます。呼び方に迷ったら「アディショナルタイム」。そして、やるべきことを、速く、正しく。ここからの数分が、試合の価値を決めます。