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戦術分析ノートの書き方—観戦がトレーニングになる

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戦術分析ノートの書き方—観戦がトレーニングになる

試合を「見る」だけで終わらせず、次の一歩につながる「観る」に変える。その最短ルートが戦術分析ノートです。ノートは才能を補い、経験を整理し、練習の精度を高めます。本記事では、観戦がそのままトレーニングになるノート術を、設計から運用、サンプルまで丁寧に解説します。道具はシンプルでOK。大切なのは、何を見るか、どう残すか、そして次にどう活かすかです。

はじめに:観戦がトレーニングになる理由

戦術理解とプレー精度の相関

戦術理解は「状況の意味づけ」を素早くする力です。状況理解が早ければ、選択が速くなり、プレー精度も上がります。たとえば、相手のプレス方向が外切りだとわかっていれば、次の一手(内側のレーンを使う、3人目を準備する)を先に準備できます。観戦で戦術を言語化しておくと、試合中に「見え方」が変わり、判断がブレにくくなります。

受動的な観戦から能動的な観戦へ

能動的な観戦は「仮説→観察→検証」の流れで見ます。ノートに仮説を書き、根拠になる事象を拾い、ズレを修正する。この小さなPDCAが、プレーでも無意識に回り始めます。結果、流れに飲まれにくく、相手の変化にも対応しやすくなります。

ノート化の価値(記憶の固定と再現性)

人は「わかったつもり」をすぐに忘れます。ノートは記憶の固定装置であり、再現性の土台です。試合の要点が短文で並ぶだけで、復習の時間は半分に、練習の狙いは2倍明確になります。ノートの良さは“後から読み返しても、自分の意図が再現できる”ことです。

戦術分析ノートとは何か

目的とアウトカムの定義

目的は「見た事実を、次の行動に変換すること」。アウトカムは次の3つです。

  • 事実の記録(タイムスタンプ+イベント)
  • 意味づけ(なぜ起きたか/他の選択肢は何か)
  • 行動文(次の試合・練習で何をするか)

4局面+セットプレーで捉える基本フレーム

試合は「攻撃・守備・攻守の切替(攻→守/守→攻)・セットプレー」で整理すると抜けが減ります。局面ごとに“繰り返し出た形”を拾い、頻度と成功率で重要度を測ります。

個人・ユニット・チームの3層で観る

視点を3層に分けると混乱が減ります。

  • 個人:立ち位置、体の向き、初動、視野の取り方
  • ユニット(2〜5人):距離感、角度、連動のタイミング
  • チーム:狙い、配置の原則、可変のトリガー

事前準備:ノートの設計とテンプレート

1ページ構成(ヘッダー/タイムライン/局面別/要点メモ)

1試合=1ページが基本。おすすめの配置は次の通りです。

  • ヘッダー:試合情報(対戦カード/大会/日付/フォーメーション/注目テーマ)
  • タイムライン:左側に時間軸、右側にイベントの短文
  • 局面ボックス:攻撃・守備・トランジション・セットプレーの要点
  • 要点メモ:試合後に3つの決定要因、3つの行動文

記号・略語・色分けのルール化

表記を固定すると記述が速くなります。例:

  • 記号:→(前進)←(後退)↑(縦パス)↓(戻す)⇄(サイドチェンジ)×(ミス)◎(狙い的中)! (決定機)
  • 略語:BU(ビルドアップ)FS(ファイナルサード)HS(ハーフスペース)L間(ライン間)3M(3人目)TR(トランジション)
  • 色分け:赤=攻撃、青=守備、緑=トランジション、紫=セットプレー

紙/デジタルの選び方とおすすめツール

紙はA5方眼が扱いやすい。ペンは消せるタイプや3色ボールペンが便利。デジタルはタブレットの手書きアプリ、またはメモアプリ+タイムスタンプ入力。動画を後で見返すなら、スマホのメモに時間とキーワードだけ残す方法も有効です。

観戦前のリサーチと仮説づくり

予想フォーメーションとキープレーヤーの確認

スタメン予想、直近のフォーメーション、交代の傾向を1分で確認。キープレーヤーは「最初の前進を担う人」「プレスのスイッチを入れる人」「セットプレーのキッカー」を押さえておくと全体像が掴みやすいです。

相手の強み・弱みから仮説を立てる

過去の結果やハイライトから、強み・弱みを1行で仮説化します。例:「相手は外切りハイプレス→内側の3人目が空きやすい」。仮説は正解でなくてOK。観戦のレンズとして機能すれば十分です。

自分の注目テーマを1つ決める(過負荷回避)

すべてを見ようとすると崩れます。テーマは1つに絞り、残りは“ついで観察”。たとえば「今日はビルドアップの最初の前進に集中」など。ノート冒頭に大きく書いておくとブレません。

観戦中の記録術:素早く要点だけ書く

タイムスタンプ+イベントで簡潔に残す

基本形は「時間+短文+矢印」。例:「12′ BU右→HS→カットB!」「29′ 失→即時奪回×」。10秒で書ける長さに抑えます。

トリガー→アクション→結果の因果で書く

因果をT-A-R(Trigger-Action-Result)で固定すると後で再現しやすい。例:「T:相手CF内切り→A:SB内側絞り3M→R:ライン間前向き」。

位置情報の簡易表現(ゾーン/ハーフスペース/ライン間)

ピッチを大雑把に9分割(左・中央・右×自陣・中盤・敵陣)で表現。HS(ハーフスペース)やL間(ライン間)だけでも十分に意味が通ります。

15分ごとのレンズ切替(立ち上がり・流れ・終盤)

0–15分は意図のぶつけ合い、15–75分は修正合戦、終盤は勝負の駆け引き。各フェーズで「狙いは何に」「修正はどこに」「勝負手は何か」を1行ずつ残します。

攻撃の分析:ビルドアップからフィニッシュまで

最初の前進パスの方向と意図

最初の前進は意図の表れ。CB→SBか、CB→IHか、GK→CFのロングか。方向だけでなく「何でそこを選んだか(プレスの穴/数的優位)」を短く書きます。

プレス回避の定型(3人目・逆サイド・内外の使い分け)

頻出の型を拾います。

  • 3人目:縦→落とし→斜めの抜け
  • 逆サイド:片側に引きつけてからのロングスイッチ
  • 内外:外→内→外でプレスラインをずらす、または内→外で幅を取る

ファイナルサードの進入パターン(カットバック・折り返し・スルー)

FSでの選択肢は絞られます。エンドライン突破のカットバック、ニアゾーン折り返し、HSからのスルーパス。どのパターンが多く、どの組み合わせで機能したかを記録します。

シュートに至る最後の2手を特定する

ゴール期待値を高めるのは「最後の2手」。例:「IH縦受け→逆足アウトで裏通し→シュート」。誰のどんな体の向き・タッチが決め手だったかを書き留めます。

守備の分析:プレスとブロックの仕組み

立ち位置の高さと幅(強度の目安を言語化)

ラインの高さ(自陣・中盤・相手陣)と幅(サイドを切るか中央を閉じるか)を数語で。例:「中盤ミドル、外切り、SB踏み込み許容」。

誘導方向と捕まえる基準(内切り/外切り)

誘導は守備の言語。内切りなら中央で奪う設計、外切りならサイドで圧縮。基準(ボールサイドで人orスペースを優先、縦パスに対して背中で消す等)を明文化します。

可変する守備(前進時と撤退時の切替)

プレスと撤退の境目(トリガー)を探します。例:「中盤ライン越えられたら即撤退」「ロスト直後5秒はハイプレス」など。

奪った直後の第1手(ネガトラの備え)

奪ってからの1手目が遅いと即囲まれます。「即縦か、保持か」「安全地帯はどこか(逆サイド/GK)」をチームルールとしてメモ。

トランジションの分析:3秒の勝負を言語化

奪った直後の選択肢とサポート角度

選択肢は3つに集約:「即縦」「即逆」「保持」。サポート角度は菱形をイメージ。縦・斜め・後方の3点が揃うと失いにくいです。

失った直後の即時奪回と遅攻移行

即時奪回のトリガー(相手の背向き・浮き球・タッチが流れた)を記録。トリガーがなければ遅攻へ移行する合図(最終ラインを揃える、8秒で撤退)を言語化します。

サポート距離と縦ズレのメモ法

距離は「近・中・遠」の3段階で充分。縦ズレ(前後の段差)は「±1段」「±2段」と簡略化。数値化のクセをつけると再現が容易です。

セットプレーの分析:再現性の高い局面を掴む

CKの配置と狙い(マンツー/ゾーン/ハイブリッド)

守備はマンツー/ゾーン/ハイブリッドのいずれか。攻撃側はニア密集か、ファーの外から侵入か、セカンド狙いか。キックの軌道(インスイング/アウトスイング)も一語で。

FKのキッカー傾向と合図

助走の角度、フェイクの人数、合図(手の本数・アイコンタクト)を観察。直接狙いと合わせの比率も拾います。

スローインの再開パターンと狙いどころ

スローインは地味ですが武器。足元リターン→縦突破、背中へのロング→落としの3人目など、チームの定型を押さえます。

ハーフタイムと試合後の整理

前提の修正と後半の仮説設定

前半の仮説がズレていたら素直に修正。「相手のプレスは外切り→実際は内切り」など、1行で訂正し、後半の仮説を立て直します。

決定的要因を3つに絞って要約

勝敗を分けた要因を3つに絞ると、行動がシャープになります。多くても4つまで。

練習メニューへの落とし込み(個人/ユニット/チーム)

観察→行動に変換します。例:「個人:前向き受けの体の向き」「ユニット:IH-SBの菱形維持」「チーム:撤退の合図とライン統一」。

ポジション別の視点をノートに落とす

GK:開始位置・コーチング・配球の選択

開始位置はDFラインとの距離、背後ケア。コーチングはプレスの合図とラインアップ。配球はグラウンダー優先か、ロングで外すか。

DF:ライン統率・カバーシャドウ・対人局面

統率は一歩の出入りで測る。カバーシャドウは縦パス消しの角度。対人は“寄せの速さ×体の向き×触るor遅らせる”で評価。

MF:前向き受け・3人目関与・スイッチング

前向き受けの準備(肩越しチェック)、3人目の走り出し、サイドから中央/中央からサイドへのスイッチが機能した場面を拾います。

FW:裏抜けタイミング・楔・プレスのスイッチ

裏抜けはタイミングと角度。楔は足元とスペースの使い分け。守備ではプレスの合図(GKやCBへ戻った瞬間など)を明確に。

サイドと中央で変わる優先情報

サイドは「幅・背後・内側の優先順位」。中央は「ライン間の確保・前向きの回数」。優先が変わると選択も変わります。

レベル別の書き分けと応用

高校・大学・社会人での違いと重点

高校はトランジションの密度差が出やすいので「切替の初動」と「サポート距離」。大学は「可変のトリガー」と「3人目」。社会人は「試合運び(強度管理・終盤の意思統一)」を重点に。

ジュニアへの噛み砕き方(言葉と項目の簡素化)

言葉を「近い・遠い」「早い・遅い」「広い・狭い」に置き換える。項目は「見る→止める→蹴る→動く」の4つで十分です。

指導者視点でのノート(共有しやすい構造)

共有前提なら「事実(映像時間)→仮説→練習案」の3段で。主観と客観を分け、再現しやすいドリルに落とし込みます。

よくある失敗と改善のコツ

書きすぎ問題への対処(捨てる勇気)

全部は書けません。ルールは「1分1行まで」「決定機とロスト原因は必ず」。後で効かない情報は線で消す勇気を。

主観バイアスに気づくリフレクション

気に入った選手をよく書き、苦手な選手を見落としがち。試合後に「書かれていない人/場所はどこか?」を自問してバイアスを修正します。

次の試合に活きる“行動文”に変換する

「〜が良かった」で終えず「次は〜する」に必ず変換。例:「IH前向き受け→次は受ける前に肩越し2回見る」。

継続のための運用術と評価指標

試合前後のルーティン化

前日5分で仮説、当日3分で記号確認、終了後10分で要約3点。短時間ルーティンが継続を支えます。

週次レビューとタグ付けの仕組み

週末に1回、ノートの端にタグを書き集めます。例:「#3人目 #外切り #HS侵入」。タグの個数と重なりが、その週の学びの地図になります。

ノートからKPIを抽出する(再現頻度・成功率・関与数)

指標例:

  • 再現頻度:練習から試合で同じ形を作れた回数/試合の総攻撃回数
  • 成功率:狙いの実行成功数/狙いの試行数
  • 関与数:自分(またはユニット)が狙いに関与した回数

数字はざっくりでOK。変化の方向が分かれば十分です。

サンプルレイアウト(文字だけで再現)

1ページ完成例の構成

【ヘッダー】試合:〇〇高校 vs △△クラブ/大会:県リーグ/日付:2025-05-10予想:4-3-3(相手4-4-2)/注目テーマ:最初の前進【タイムライン】(左:時間 右:短文)  

タイムライン記述例(短文と記号)

07' BU右→IH内受け→HS→SB裏抜け折返し! 12' 相手外切り↑→CB→IH→3Mで前進◎22' 失→即奪回×(距離:遠)→撤退遅れ38' CK(攻)ニア密集→ファー外侵入→ヘディング×56' 守:中盤ミドル、内切り→中央圧縮で奪取◎78' FS侵入:HS→カットB→シュートG!【局面メモ】攻:3M機能/逆サイド遅い守:外誘導→サイド圧縮良TR(攻):即逆不足TR(守):8秒撤退徹底SP:CKはニア囮→ファーが狙い【要点(3)】1. 最初の前進=IH内受けが鍵2. 逆サイドの速度不足で機会損失3. 撤退合図8秒で安定【行動文(3)】・前向き受け前に肩越し2回・逆サイドへのスイッチ合図を「手→声→キック」で統一・撤退の号令をCBが固定  

チェックリスト例(観戦前/中/後)

  • 観戦前:フォメ/キッカー/仮説1つ
  • 観戦中:1分1行/T-A-R/色分け
  • 試合後:要因3つ/行動文3つ/タグ付け

7日間チャレンジ:観戦習慣化プログラム

Day1–2:観戦準備と記号の練習

記号表を作り、過去のハイライトで1試合分だけタイムラインを書いてみます。書きすぎを避ける練習です。

Day3–4:攻守各1テーマ集中

攻撃は「最初の前進」、守備は「誘導方向」に絞って観察。1テーマに集中する感覚を掴みます。

Day5–6:トランジション集中

奪った/失った直後の3秒だけにフォーカス。T-A-Rで因果を最短で書き出す習慣を作ります。

Day7:要約と次週の練習計画

1週間のノートからタグを集計し、決定要因3つと行動文3つを作成。翌週の個人練習・チーム練習の狙いに落とします。

FAQ:よくある質問

試合を止めて見返せない時はどうする?

タイムスタンプとキーワードだけ残し、後でハイライトを見返して補完します。生観戦は「要点の見逃さない目」を養う時間と割り切りましょう。

テレビ観戦とスタジアム観戦の違いと工夫

テレビは画面外が見えない代わりにリプレイとズームが強み。スタジアムは全体配置が見えるので、ユニットの距離感や誘導方向の把握に向きます。どちらでも「仮説→検証→要約」は共通です。

チームに共有する際の注意点

主観と事実を分けて書くこと、個人批判ではなく行動提案にすること、用語をチーム内で統一すること。この3点を守ると共有がスムーズです。

まとめ:ノートがプレーを変える

戦術分析ノートは、観戦をそのままトレーニングに変換する装置です。大切なのは難しい理論よりも、見た事実を短く書き、意味をつけ、次の行動に変えること。1試合1ページ、1分1行、要因3つ・行動3つ。この最小セットが積み重なれば、判断は速く、プレーは整い、チームの再現性は上がります。今日の観戦から、1行でいいので始めてみてください。継続は、必ず武器になります。

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