素早い切り替えと高速トランジションが当たり前になった今、守備側は“プレーで止めるか、反則で止めるか”の判断を一瞬で迫られます。攻撃側にとっても、相手の戦術的ファウル(いわゆる「止めファウル」)をどう上回るかはゴール期待値に直結します。ここで重要になるのが、SPA(有望な攻撃の阻止)とDOGSO(明白な得点機会の阻止)の正しい理解です。本記事では、競技規則(IFAB Laws of the Game)の考え方を土台に、現場で迷わない判定基準とプレー選択のヒントを整理します。
目次
序章:SPAとDOGSOを正しく理解する意義
なぜ今、判定基準の理解が競技力を左右するのか
判定基準を知ることは、レフェリーだけの仕事ではありません。守備側は「ここで倒せば何色のカードか」「どの範囲ならリスクを抑えられるか」を知ることで、より賢い遅らせやコース誘導ができます。攻撃側は「ここで前を向けばSPAが出やすい」「DOGSO相当まで持ち込むために何が必要か」を理解すると、ボールの置き所やドリブルの角度が変わります。つまり、ルール理解は戦術の一部です。
本記事で扱う範囲(競技規則の枠内での実務的理解)
本記事はIFAB競技規則(主に第12条 ファウルと不正行為)に基づく実務的な解釈をまとめたものです。具体例は実際の試合で起こり得る典型パターンを想定しています。リーグや大会によって運用細則が存在する場合は、公式通達も合わせてご確認ください。
SPA(有望な攻撃の阻止)とは
定義と位置づけ(競技規則上の概念)
SPAは「有望な攻撃(Promising Attack)をファウルで妨げた場合」に科される懲戒で、原則は警告(イエローカード)です。ここでのポイントは意図ではなく“攻撃の有望性”です。偶発的な不注意の接触でも、結果として有望な攻撃を止めればSPAになり得ます。
“有望な攻撃”を構成する要素:距離・方向・味方の位置・守備者数
有望性は総合判断です。典型的には以下が重視されます。
- ゴールまでの距離(近いほど有望)
- 進行方向(ゴールに向かっているか、角度が開いていないか)
- 攻撃側の味方の位置(サポートが近く、選択肢が多いか)
- 残っている守備者数と距離(数的優位や広いスペースがあるか)
- ボールの支配(コントロールできている、または直ちに可能)
これらが揃っていれば、ペナルティエリア外でもSPAに十分該当します。
戦術的ファウルとの関係性(意図の有無はどう評価されるか)
戦術的ファウルは“意図して止める”ニュアンスが強い言葉ですが、競技規則上は“意図”は必須条件ではありません。あくまで「攻撃の有望性を奪ったか」で決まります。もちろん露骨な抱え込みや引っ張りは、SPAとして評価されやすい典型です。
DOGSO(明白な得点機会の阻止)とは
定義と判断のフレーム(距離・方向・守備者・コントロール可能性)
DOGSOは「明白な得点機会(Obvious Goal-Scoring Opportunity)をファウルで阻止」した場合で、原則は退場(レッドカード)です。判断は一般に“4 つのD”で整理されます。
- Distance(距離):ゴールまで近いか
- Direction(方向):ゴールに向かっているか
- Defenders(守備者):GKを含め、決定的に関与できる守備者が他にいないか
- Control(コントロール可能性):ボールを実際に支配、または直ちに支配できる見込みがあるか
これらが明白に満たされていると判断されると、DOGSOとなります。
ゴールキーパーを含む特例の理解(ペナルティエリア内外)
GKは自陣ペナルティエリア内でのハンドは反則になりません。したがって、GKの「ハンド」によるDOGSOは原則として自陣PA内では成立しません。ただし、GKがタックルやチャージでファウルをしてDOGSOに該当することはあり得ます。逆にPA外でGKが手を使って明白な得点機会を止めればDOGSO(退場)になり得ます。
ペナルティキックとの関係と懲戒の原則(いわゆる“トリプルパニッシュメント”緩和)
PA内でのDOGSOについては、2016年以降の規則改正により緩和が導入されています。守備側が「ボールをプレーしようとして」犯したファウルでDOGSOになった場合、原則は退場ではなく警告(イエロー)+PKとなります。一方で、
- 保持・引っ張り・押さえなど、ボールをプレーする行為ではない場合
- ハンド(意図的ハンドリング)で止めた場合
- 著しく危険、または過剰な力(重大な反則行為・暴力的行為)の場合
は退場が維持されます。ここは実務上の重要ポイントです。
SPAとDOGSOの違い
“有望”と“明白”の閾値の差
両者の違いは、チャンスの質の「閾値」にあります。SPAは“チャンスとして有望”であれば足りますが、DOGSOは“ゴールが明白に期待できる”レベルまで達している必要があります。例として、センターサークル付近の数的優位のカウンターはSPAになり得ますが、DOGSOまでは通常届きません。
懲戒罰の違い:原則としてSPA=警告、DOGSO=退場
基本形は「SPA=イエロー」「DOGSO=レッド」です。これは選手のリスク管理に直結します。
ペナルティエリア内での例外(ボールへのプレー意図の有無)
PA内でのDOGSOが「ボールをプレーしようとした」挑戦であれば、退場ではなく警告に緩和されます。また、PA内でSPAに相当するファウルが起きてPKになる場合、ボールをプレーしようとした行為であれば警告は省略されるのが原則です。保持・引っ張り・押さえ・ハンドなど“ボールをプレーしない”反則では、警告(SPA)や退場(DOGSO)が適用されます。
アドバンテージ適用時の取り扱い(後出しの警告・退場)
SPA/DOGSOの状況でも、明確な攻撃継続が見込めればアドバンテージが適用されることがあります。結果としてゴールが生まれた場合、DOGSOは成立しないため、選手は原則として警告(SPA相当)にとどまります(反則の種類が無謀以上であれば、その理由での懲戒が優先)。アドバンテージ適用時のカードは、次のプレー切れで示されます。
判定基準のチェックリスト
距離:ゴールへの距離とボールへの距離
ポイント
- ゴールまで近いほどSPA→DOGSOに近づく。
- ボールへの距離が近く、直ちに触れる状況はコントロール可能性を押し上げる。
方向:進行方向はゴールへ向いているか
ポイント
- タッチライン際で後方へ逃げる進行はDOGSOから遠ざかる。
- ゴールに正対、または鋭く内へ運ぶ局面は評価が上がる。
競技者配置:守備者・攻撃者の数と位置関係
ポイント
- “最後のDF”という言い方は簡略化に過ぎない。実際は「次に介入できる守備者がいるか」を見る。
- カバーの距離・角度・スピードも考慮される。
ボールの支配・コントロール可能性
ポイント
- 長いタッチでボールが流れすぎている場合は、明白性が下がる。
- 身体の向きと重心が整っていると、コントロール可能性は高いと評価されやすい。
反則の種類:保持・引っ張り・押さえ・チャージ・ハンドなど
ポイント
- 保持・引っ張り・押さえは「ボールをプレーしない」ため、PA内でも緩和の対象外。
- ハンドは位置と意図、腕の位置の不自然さが評価される。
反則の強さ分類(不注意・無謀・過剰な力)との交差評価
ポイント
- 不注意(ケアレス):反則自体にカードは不要だが、SPA/DOGSOにより懲戒が付くことがある。
- 無謀(レックレス):警告が必要。SPAと重なる場合、いずれの理由でも警告になる。
- 過剰な力(エクセッシブ):重大な反則行為として退場。DOGSOかどうかにかかわらず退場。
具体的シチュエーション別ガイド
中盤でのカウンターを“抱え込み/引っ張り”で止めた場合
センターサークル付近で前向きのボール保持者を明確に抱え込んで止めた場合、数的優位や広いスペースがあればSPAの典型です。原則は警告。PAから遠くても「有望性」が鍵です。
サイドの裏抜けを手で阻止した場合
スプリントで裏を取られた場面で軽いシャツ引っ張りでも、前進を止めればSPAに該当しやすい。最後方かどうかは関係ありません。引っ張りは“ボールをプレーしない”ため、PA内で起きても緩和の対象外です。
ペナルティエリア手前での遅延タックル
PA手前中央で前向きのドリブラーへ遅れて接触し、フリーで前進できる状況を潰したならSPAになりやすい。残る守備者が遠ければDOGSOの検討に入ります。距離・方向・コントロールの積み上げで評価します。
GKとの1対1直前での阻止
中央突破でボールをコントロールしてGKと対峙直前、背後からのチャレンジで倒した場合はDOGSOの可能性が高い。PA内で「ボールをプレーしようとした」不注意のトリップなら、PK+警告に緩和。保持や押さえ、手で引くなどなら退場が原則です。
オフサイドポジションの味方が関与する可能性がある場面
唯一の有効なパスコースが明らかにオフサイドの味方しかない場合、有望性は下がります。本人のドリブル継続や別の選択肢が現実的ならSPA評価は維持され得ます。レフェリーは「直ちに有効な選択肢があるか」を見ます。
ハンドによる阻止(エリア内外での扱い)
PA外で意図的なハンドにより明白な得点機会を止めればDOGSO(退場)。PA内でのハンドはPK+退場になり得ます(緩和の対象外)。腕の位置が不自然か、ボールへ手を動かしたか、シュートブロックの距離などが評価されます。
接触が軽微でもSPAとなり得るケース
高速カウンターの初動で、軽い接触でも進行が決定的に妨げられた場合、結果として有望な攻撃を止めていればSPAになり得ます。重要なのは接触の強さではなく、攻撃の質への影響です。
レフェリーの判断プロセス
角度・距離・視野の確保と“予測的ポジショニング”
SPA/DOGSOは「次に何が起きるか」を読む力が問われます。斜めの視野で接触点と進行方向、カバーDFの距離を同時に捉える位置取りが理想です。速攻の気配を感じたら一歩早くサイドへ開き、接触の瞬間を見下ろす角度を作ります。
アドバンテージ運用と再開方法
有望な継続が見込めるならアドバンテージ。得点に至ればDOGSOは適用されず、必要に応じて警告(SPA相当)を次のプレー切れで示します。アドバンテージが成立しないと判断すれば即時に反則地点でのFK/PKに戻します。
副審・第4の審判との役割分担と合図
副審は裏抜けの起点や保持・引っ張りの明確化で重要な助勢になります。第4の審判はベンチサイドでの反則評価やカード管理をサポート。チームワークで「距離・方向・守備者」の情報を素早く共有します。
VARとSPA/DOGSOの関係
レビュー対象となる事象(直接の退場事象と誤認識)
VARは原則として「明白な誤審の是正」に限定され、対象は得点、PK、直接の退場、そして人違いです。DOGSOによる退場や、PK相当かどうかの判断は介入対象になり得ます。
DOGSOに関する介入の流れ(OFRの要否)
主審の退場判断(または見逃し)に明白な誤りが疑われる場合、OFR(オン・フィールド・レビュー)が推奨されます。距離・方向・守備者・コントロールの再評価が行われ、退場→警告、または警告→退場の修正が起こり得ます。
SPAが原則レビュー対象外となる理由と実務上の影響
SPAは警告事象であり、VARのレビュー対象外です(人違いを除く)。このため、境界上のSPA判定はフィールド上のチーム審判団の観察が決定的です。選手・スタッフとしては、現場での判断材料(距離・方向・守備者)を冷静に伝えることが有効です。
よくある誤解と正しい理解
“最後のDFを倒した=必ずDOGSO”ではない
「最後のDF」は目安に過ぎません。実際はカバーできる守備者の位置・速度、進行方向、コントロール可能性の総合判断です。
“ペナルティは常にレッド/イエロー”ではない
PKは再開方法であり、懲戒の有無は別問題です。PA内の不注意なチャレンジがSPA相当でも、ボールをプレーしようとした行為なら警告を省略するのが原則です。DOGSOでも「ボールをプレーしようとした」場合は退場が警告に緩和されます。
“後方からのファウル=自動退場”ではない
接近方向は要素の一つでしかありません。後方からでも有望性が低ければSPAにもDOGSOにも当たらないことがあります。一方、側方でも明白性が高ければDOGSOになり得ます。
“軽い接触なら問題ない”という誤解
軽微な接触でも、結果として有望な攻撃を止めればSPAに該当します。影響の大きさが判断の核心です。
実戦でのリスク管理とプレー選択
守備側:退場リスクを下げる代替行動(遅らせ・コース誘導)
- 即時奪取が難しいときは、寄せすぎず進行を外へ誘導。
- チャレンジは角度優位を作ってから。無理なスライディングはDOGSOリスクを上げる。
- PA内では「ボールプレーの意図」を保ちつつ、無謀さを避ける。
攻撃側:SPAを誘発しない強度とコース取り(ボールの置き所・身体の向き)
- 身体をゴール方向へ早く向ける。前向きは有望性を押し上げる。
- ボールは縦を差せる足元へ。長いタッチで明白性が下がるのは避ける。
- サポートの角度を作り、選択肢を増やして有望性を高める。
チームとしてのファウル管理と倫理観のバランス
戦術ファウルは短期的な失点抑止に有効でも、累積警告や数的不利のリスクを伴います。トランジションの共通ルール(5m遅らせ、内切り封鎖、カバーの合図)を徹底し、反則に頼らない守備をベースにしましょう。
育成年代・アマチュアでの留意点
安全性の優先と教育的観点(無謀なプレーの抑制)
無謀なチャレンジや過剰な力は、SPA/DOGSO以前に安全面でNGです。まずは正しい当たり方と減速スキルを身につけることが最優先です。
審判経験差を踏まえたコミュニケーション
カテゴリーによって審判経験は幅があります。感情的な抗議ではなく、距離・方向・守備者数など具体的な要素で落ち着いて確認する姿勢が、次の判定精度を高めます。
練習設計のヒント(数的優位/劣位での判断ドリル)
- 3対2のトランジション連続ゲーム:守備は遅らせとコース誘導、攻撃は前向き確保を目標化。
- PA際1対1+カバーDF条件付き:コントロール可能性と角度の作り方を可視化。
- 「カードリスク宣言」ゲーム:コーチが状況をコールし、選手が最適な関与強度を選ぶ。
ケーススタディ(判定を言語化する)
ケース1:中盤でのカウンター阻止(SPAかどうか)
状況:相手CKのこぼれから自陣でボール奪取→センターライン付近で前向きの10番。左右に味方が2人、相手は背走2人。ここで背後から軽い保持で止められる。結論:SPAが妥当。距離はあるが、方向はゴールへ、数的優位と選択肢が揃い、有望性が高い。
ケース2:PA内でのチャレンジ(DOGSOか警告か)
状況:スルーパスに抜け出したFWがPA中央でGKと1対1直前。DFがスライディングで足に接触して転倒。結論:DOGSO相当の状況。ただし「ボールをプレーしようとした」不注意のチャレンジなら、PK+警告に緩和。無謀や過剰な力ならそれぞれ相当の懲戒(無謀=警告、過剰=退場)。
ケース3:ハンドによる阻止(位置と意図の評価)
状況:PA外で無人のゴールへ向かうループシュートに対し、守備者が手を高く上げて遮断。結論:DOGSO(退場)。PA内で同様のブロックを手で止めた場合も退場が原則(緩和対象外)。腕の位置、動きの意図、不自然さを重視。
解答プロセス:要素分解→閾値判断→懲戒決定
- 要素分解:距離・方向・守備者数・コントロールの4点を言語化。
- 閾値判断:“有望(SPA)”か“明白(DOGSO)”か。
- 懲戒決定:反則の種類(保持/ハンド/チャージ)、強さ(不注意/無謀/過剰)、PA内の緩和の有無で最終決定。
セルフチェックとまとめ
10秒チェックリスト(距離・方向・人数・コントロール)
- 距離:ゴールとボールへの距離は近いか?
- 方向:ゴールへ向けて前進しているか?
- 人数:決定的に関与できる守備者は他にいるか?
- コントロール:今すぐ支配できるボールか?
カードリスクと累積管理の基本
SPA狙いの反則は短期的には有効でも、累積や数的不利で必ずツケが来ます。撤退守備の共通ルールと遅らせ技術で、カードを使わずに「有望性」を削るのがチームとしての上策です。
明日からの試合で使える要点3つ
- 攻撃は「前向き+選択肢」を最速で作る。守備は「角度で外へ」遅らせる。
- PA内のチャレンジは“ボールプレーの意図”と“無謀回避”を徹底。
- アドバンテージ時もカードは消えない。次のプレー切れで落ち着いて対応。
参考情報と用語集
IFAB競技規則の該当箇所ガイド
- 第12条 ファウルと不正行為:SPA(有望な攻撃の阻止)、DOGSO(明白な得点機会の阻止)、不注意/無謀/過剰な力、ハンドの解釈、アドバンテージ運用。
- 第5条 審判員:VARの介入範囲、OFRの手順。
用語集(SPA/DOGSO/アドバンテージ/不注意・無謀・過剰な力)
- SPA:有望な攻撃をファウルで止めた場合の警告。
- DOGSO:明白な得点機会をファウルで止めた場合の退場(PA内でボールプレーの意図があれば警告に緩和)。
- アドバンテージ:反則があっても攻撃継続が有利な場合にプレーを止めない裁定。後から懲戒は可能。
- 不注意:タイミングや注意を欠いた行為。反則自体にカードは不要。
- 無謀:結果を顧みない行為。警告。
- 過剰な力:相手の安全を顧みない著しく危険な行為。退場。
後書き:プレーの質を上げる“ルールの使い方”
SPAとDOGSOは「ファウルに対する罰」ではなく、「チャンスの価値」を保つための仕組みでもあります。だからこそ、選手・コーチがこの価値基準を理解すれば、攻守の判断は洗練されます。守備は遅らせと角度で有望性を削り、攻撃は前向きとサポートで明白性へ押し上げる。ルールを知ることは、プレーを賢くする近道です。次の試合から、10秒チェックリストをチームの共通言語にしてみてください。
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