この記事では、インナーラップ配置例で理解する数的優位の作り方を、図なしでもイメージできるように言葉で丁寧に整理します。ポイントは「誰をどこで2対1にするか」。ハーフスペースを使い、相手SB(サイドバック)とCB(センターバック)の間にズレを作ることで、無理なくゴール前まで進む方法を具体的に解説します。チーム作りにも個人の判断にも役立つ内容なので、練習の前に目を通しておくと会話が早くなります。
目次
- インナーラップとは何か—数的優位との関係を最初に押さえる
- 数的優位を生むメカニズム—『誰をどこで2対1にするか』の設計図
- 基本原則—幅・深さ・間のバランスでインナーラップが活きる
- 配置例A:4-3-3 左サイドでのインナーラップ
- 配置例B:4-2-3-1 右サイドでのインナーラップ
- 配置例C:3-4-2-1(3-2-5)—WBとシャドーの内側連携
- 配置例D:左右非対称設計での最適化
- 局面別の狙い—いつインナーラップを使うか
- 具体パターン1:外で釣って内で刺す『押し出し—差し込み—落とし』
- 具体パターン2:固定—偽装—内差しで崩す
- プレッシング耐性とリスク管理
- 相手別の対策と解法
- トレーニングドリル—段階別の落とし込み
- 評価とKPI—成果を数値で見える化
- よくある失敗と即時修正のコツ
- 年代別アレンジ—成長段階に合わせた実践
- リスタートへの応用—セットプレーでも内側を刺す
- 試合運用チェックリスト—前・中・後で整える
- 用語ミニ辞典—曖昧さを残さないために
- まとめ—明日から実戦で使う3ステップ
- あとがき
インナーラップとは何か—数的優位との関係を最初に押さえる
数的優位・位置的優位・質的優位の違い
数的優位は、同じ局面で味方の人数が相手より多い状態。位置的優位は、同数でもより有利な場所(背後、間、視野の外)を取っている状態。質的優位は、個の能力差で上回る状態。インナーラップは「位置的優位」を先に作り、結果として「数的優位」を生み出すアクションです。つまり走りの質で数の有利を発生させるのが狙いです。
インナーラップ/アンダーラップ/オーバーラップの定義と使い分け
一般に、内側を追い越す走りをアンダーラップ(インナーラップ)と呼び、外側を追い越す走りをオーバーラップと呼びます。外で広げて内で刺す時はインナーラップ、内に相手を寄せて外で一気に出たい時はオーバーラップが効きます。どちらも正解で、相手のスライド方向とラインの強度によって使い分けます。
5レーンとハーフスペース—内側を走る価値の根拠
ピッチを5レーン(外-ハーフ-中央-ハーフ-外)で考えると、ハーフスペースは「見えづらい・捕まえづらい・ゴールに近い」三拍子が揃うゾーン。ここをインナーラップで突くと、最終ラインの基準が崩れ、SBとCBの間に自然な2対1が発生します。
数的優位を生むメカニズム—『誰をどこで2対1にするか』の設計図
相手SBとCBの間に2対1を作る考え方
起点の考え方はシンプルで、SBとCBの間にレーンを一本作り、そこへボール保持者と走り手の2人で同時に圧力をかけます。SBが出れば背後、CBが出れば中の選手が空きます。基準は「同時に触れる距離感」と「縦横の二択を迫る角度」。
第3の動き(三人目)の重要性とピン留め効果
二人の連携に、ボールに触らない三人目が絡むと一気に加速します。CFが最終ラインをピン留めし、内側への通路を空ける。あるいは逆IHが相手アンカーを釘付けにして中間の受け手を解放する。触らずに相手の視線を固定する動きが鍵です。
角度・タイミング・速度—パスラインを開く3要素
角度は体の向きで作る。タイミングは保持者の「前向きの触り」と連動。速度はトップスピードよりも「加速の質」。出し手の前置きタッチを合図に、受け手は2歩でギアを上げるとライン間が割れます。
基本原則—幅・深さ・間のバランスでインナーラップが活きる
幅(外)で相手を広げ、中(間)で刺す
幅取り役(WGやSB)が相手の横幅を拡げてから、内側の走りでズレを刺すのが王道。外の足元に一度触れるだけでも相手は釣られます。幅は最後まで捨てないことが内差し成功の条件です。
深さの確保と最終ラインを押し下げる走り
背後への脅威がなければインナーラップは潰されます。CFや逆サイドWGの裏抜けで最終ラインを下げ、ライン間のスペースを作ってから差し込みます。深さの合図があると足元も通りやすくなります。
ボールサイドと逆サイドの役割分担
ボールサイドは細かい連携、逆サイドは準備と保険。逆SBや逆WGは幅とセカンドボール、アンカーは中央のリバランスとカウンターケアに集中します。
配置例A:4-3-3 左サイドでのインナーラップ
ウイングが幅取り、IHがインナーラップ、SBは保持の三角形
左WGがタッチライン際で幅を取り、左IHが内側へアタック、左SBは後方で保持とサポート。SB→WG→IHの三角形でSBとCBの間に通路を作り、IHが裏へ。WGは足元で引き付け、IHは背後へ差し、SBはリスク管理とリターンの受け皿を担います。
SBが内側を走り、IHが保持、WGが内に絞る『偽ウイング』
相手が外に強い場合は、IHが幅取り、WGがハーフスペースに絞る偽ウイング化。そこへSBがインナーラップして受けると、相手の基準が崩れます。WGは受けて即リターンの壁役にもなれます。
アンカーのカバー範囲とCBの広がり方
左で人数をかける分、アンカーは中央を締めてカウンターを遅らせ、左右CBは角度を広げて前進パスの出口を確保。ボールサイドCBは縦パスの後押し、逆CBは背後管理を優先します。
配置例B:4-2-3-1 右サイドでのインナーラップ
SBアンダーラップでWGをフリーに—縦関係の2対1
右SBが内側へ走って相手WGの戻り先を迷わせ、右WGは外でフリー化。SBが中で受けて前を向く、またはWGを使ってワンツーで侵入。縦関係でシンプルな2対1を作ります。
トップ下(10番)の三人目関与でハーフスペースを分断
10番は相手ボランチの視線を奪い、SBの走路を開く役。触るふりで触らない、止まるふりで走る。三人目が背後のラインを割る瞬間に関与すると、最終ラインが分断されます。
ダブルボランチの背後管理と即時奪回の準備
片方は前向きのサポート、もう片方は中盤の背後管理。奪われた瞬間にボールサイドへ圧縮し、逆サイドはラインを切って遅らせる。二人で「止める・遅らせる・奪う」を分担します。
配置例C:3-4-2-1(3-2-5)—WBとシャドーの内側連携
WBインナーラップ+シャドーのピン留めで最終ラインを裂く
WBが内側へ走り、シャドーが最終ラインをピン留め。CFは中央を占有してCBを釘付けにし、WBが空いたレーンに差し込みます。3バックの外側CBは前進して角度を供給します。
外→中→外のテンポチェンジで角度を変える
外で止め、中で刺し、また外に出す。テンポを変えながら相手の重心を揺さぶると、インナーラップの通り道が広がります。触る回数より「テンポの変化」を優先。
逆サイドWBの絞りとセカンドボール管理
逆WBは中央寄りにポジションを取り、こぼれ球を回収。相手のカウンター1本目を遮断できれば継続攻撃に移れます。
配置例D:左右非対称設計での最適化
右はインナーラップ、左はオーバーラップで迷わせる
片側は内、反対側は外を強調。相手のスライド基準が崩れ、どちらにも対応しづらくなります。試合の流れで左右を入れ替えるのも有効です。
脇のCBが持ち上がる『疑似サイドバック化』
ボールサイドCBがサイドバックのように前進し、SBが内側に入る可変で中央の枚数を確保。内側で数的優位を作りやすくなります。
ビルドアップから崩しまでの連続性を切らさない配置
後方の形が前線の崩しに直結します。可変の戻し先(リセットの出口)を常に一つ残し、攻守の切り替えに耐える配置を維持しましょう。
局面別の狙い—いつインナーラップを使うか
第2段階のビルドアップで中盤の背後を刺す合図
相手の1stラインを越えた瞬間が合図。ボランチの背後にスペースが見えたら即インナーラップで差し込み、前向きで受ける選手を生み出します。
ミドルサードでの圧縮と引き出し
あえて外で持つ時間を作り、相手を寄せてから内に差す。圧縮→引き出し→内差しの順でスペースを連続して開けます。
ファイナルサード侵入時のトリガー(視線・タッチ・体の向き)
出し手の視線が縦へ、前置きタッチでボールが前へ、半身で体の向きがゴールへ。この三つが同時に揃ったら走り出しのサインです。
具体パターン1:外で釣って内で刺す『押し出し—差し込み—落とし』
WGの幅取りでSBを押し出す
まずWGが大外で受けてSBを押し出し、CBとの距離を広げます。これが差し込みの通路になります。
IH/SBのインナーラップで差し込み
広がったギャップへIHまたはSBが内側から走り、縦もしくは斜めのパスを受けます。ボールの前置きタッチに合わせて加速。
CFまたは逆IHへの落としからのフィニッシュ
受けた瞬間にワンタッチでCFや逆IHへ落とし、シュートまたはカットバックへ。三人目の到達タイミングが決定機を生みます。
具体パターン2:固定—偽装—内差しで崩す
外のオーバーラップを偽装して内への走りを隠す
最初は外へ出るフリで相手の視線を固定し、直前に内へ切り込む。偽装が効くと守備者は体の向きを変えられません。
最終ラインの視線を固定するピン留め
CFがニアへ、逆WGがファーへ。視線を分散させると内差しの通路が広がります。ピン留めは「走って触らない」が上手い方法です。
カットバックの角度を事前に共有する
ゴールライン際へ抜けたら、マイナスの角度をどこへ落とすかを事前に共有。PA外縦、PKマーク、ファー角の3択をチームで統一します。
プレッシング耐性とリスク管理
失っても奪い返せる三角形の残し方
背後のアンカー、内側のIH、外側のSBで三角形を残すと即時奪回が安定します。三角形の底は常にゴール方向へ半身で。
逆サイドの高さと中央の人数—カウンターケアの優先順位
逆サイドは高さを抑えめに、中央は人数を確保。最短コースを消し、外へ追い出してから挟み込みます。
オフサイドラインと背後管理の役割分担
最終ラインは一列で止めるのではなく、担当ゾーンで段差を作ると背後ケアがしやすくなります。GKとの声掛けで統一を。
相手別の対策と解法
マンツーマン気味の4-4-2には『連続した三人目』
一人目で剥がし、二人目で引き付け、三人目で裏。マンマークには連続のテンポで対応。ボールを持ち続けず、一気に通します。
5バックのサイド圧縮には『内→外の再加速』
内差しで絞らせ、外へ一気に展開。外の選手は最初から走らず、内差しの瞬間に再加速するとフリーになりやすいです。
中盤菱形(ダイヤ)には『サイドの底』を取る
ダイヤは中央が強いぶん、サイドの底(SBとWBの背後)が弱点。ここを起点に内へ入ると相手の形が崩れます。
トレーニングドリル—段階別の落とし込み
2対1+サーバーで角度とタイミング基礎
サーバー(出し手)1人、アタッカー2人、ディフェンダー1人。前置きタッチ=走り出しの合図。2分×3本で角度を変えて反復。
ハーフスペース限定の3対2移動ゲーム
幅を制限し、内側での受け直しと三人目の背後抜けを強調。縦への差し込み回数をKPIにします。
7対7+フリーマンの条件付きミニゲーム
得点は「インナーラップ経由の侵入」にボーナス。逆サイドの幅維持や即時奪回のルールも同時に学べます。
コーチングキーワード:『見る—合図—背後—止める—運ぶ』
見る(相手の間)→合図(前置きタッチや目線)→背後(走る)→止める(トラップ方向)→運ぶ(次の角度)。この順番で声を掛けます。
評価とKPI—成果を数値で見える化
ファイナルサード進入回数と質(侵入後3秒の出力)
単なる侵入数ではなく、侵入後3秒で「シュート・クロス・コーナー獲得」のいずれかを出せた割合を追います。
三人目関与の回数と成功率
三人目がボールに触った・触らないを含めて関与回数をカウント。成功は「前向きで受けられた」かどうかで判定。
カットバック起点のシュート数/xG貢献
カットバックからのシュート数と期待値(xG)で貢献度を測定。角度の共有ができているかの指標になります。
よくある失敗と即時修正のコツ
走りの早出し・遅出し問題と合図の合わせ方
早いとオフサイド、遅いと通路が閉じます。出し手の前置きタッチを共通合図にし、助走は2歩でギアを上げるのが目安。
保持者の視野確保—半身の作り方
受ける前に体を半身にしてゴールと味方を同時に視野へ。トラップは前足の外側でライン間へ置くとパス角が増えます。
逆サイドの幅喪失と停滞の連鎖を断つ方法
逆サイドが絞りすぎると攻撃が詰まります。最低一人は白線付近に残し、展開の出口を常に確保しましょう。
年代別アレンジ—成長段階に合わせた実践
ジュニア:レーンの意識と合図のシンプル化
5レーンを色で覚え、合図は「見て・触って・出る」の3語で統一。距離を短く、成功体験を積ませます。
中高:三人目と役割ローテーションの導入
ポジション固定にせず、WG・SB・IHで役割を回し合う。誰が走っても同じ形が出るのが理想です。
大学・社会人:可変システムと非対称設計
相手に応じて左右非対称や3-2-5化を選択。試合中の修正力をテーマに落とし込みます。
保護者が観戦で注目したいチェックポイント
外で広げてから内に差せているか、三人目の関与があるか、逆サイドの準備はできているか。この3点を見ると成長が見えます。
リスタートへの応用—セットプレーでも内側を刺す
スローインからのインナーラップ連動
スローイン受け→壁役→内差しの3手で縦を突破。受け手はボールに触らず走路を作る選択も有効です。
ショートコーナーでの角度変化と内差し
ショートで相手を外へ引き出し、二本目で内へ差す。カットバックの角度は事前共有が前提です。
フリーキック二次攻撃の配置と再加速
こぼれ球に対し、外・内・外の再加速を用意。PA外のハーフスペースに一人置くとセカンドからの決定機が増えます。
試合運用チェックリスト—前・中・後で整える
試合前:役割と合図の確認テンプレ
幅役は誰か、内差しは誰か、三人目は誰か。合図は目線・前置きタッチ・手のサインのどれか。これを短く確認します。
試合中:相手の対策を見て微修正するポイント
外が消されているか、内が消されているかを判断し、オーバーラップ⇔インナーラップを入れ替える。左右非対称も選択肢。
試合後:映像とKPIで振り返る質問リスト
どこで2対1を作れたか、三人目の到着は適切か、侵入後3秒で何を起こせたか。映像の該当シーンを保存して次へ繋げます。
用語ミニ辞典—曖昧さを残さないために
インナーラップ/アンダーラップ/オーバーラップ
インナーラップ=内側を追い越す走り(アンダーラップとも)。オーバーラップ=外側を追い越す走り。状況で使い分けます。
ピン留め/レーン/ハーフスペース
ピン留め=守備者をその場に固定する動き。レーン=縦の通り道の考え方。ハーフスペース=外と中央の間のゾーン。
三人目/カットバック/可変システム
三人目=二人の連携にタイミングで加わる選手。カットバック=ゴールライン際からのマイナスの折り返し。可変システム=攻守で形を変える配置。
まとめ—明日から実戦で使う3ステップ
観る:相手のSBとCBの間を常にチェック
ギャップの広がり、背後のスペース、守備者の体の向きを観る。まず通路を見つけるのが第一歩です。
合わせる:合図(目線・タッチ・手)の共通言語化
前置きタッチ=走る、目線の縦=裏狙い、手のサイン=足元リターンなど、合図をチームで統一します。
計測する:侵入後3アクションの質を記録する
侵入→パス→シュート(またはクロス)の3アクションを毎試合記録。数値化すると改善点がクリアになります。
あとがき
インナーラップ配置例で理解する数的優位の作り方は、結局「幅・間・深さ」の合わせ技です。走りは派手でも、合図と角度が揃わなければ威力は出ません。今日の練習では、まず一つのサイドで同じ形を10回続けて再現してみてください。狙いが共有されれば、図がなくてもチーム全体で同じ景色が見えるようになります。
