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サッカーオーストリア代表の戦術と可変4-2-2-2を読み解く

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サッカーオーストリア代表の戦術と可変4-2-2-2を読み解く

EURO 2024で欧州の強豪と真っ向勝負を演じたオーストリア代表。その背景にあるのが、強度の高いハイプレスと「可変4-2-2-2」を軸にしたシステム設計です。見た目の並びはクラシックな4-4-2にも映りますが、保持と非保持での形の切り替え、ハーフスペースの使い方、そして攻守の切り替え速度が、オーストリアの“今”を特徴づけています。本記事では、観戦の目線がクリアになるように、基本原理から局面別の並び、ハイプレスの仕組み、試合事例、育成年代への落とし込みまでを一気に整理します。

導入:オーストリア代表が注目される理由

ラングニック就任後に何が変わったのか

就任以降、チームの合言葉は「強度」と「秩序」。ボールを持つ時と持たない時の目的が明快になり、特に守備のスタート位置が高くなりました。ボール非保持では素早く4-2-2-2の形に収束し、前から限定。保持に転じると、サイドバック(SB)やボランチの立ち位置を変え、縦に速く前進します。選手起用も“走力・反復スプリント・規律”を満たす人材が優先される傾向にあります。

欧州の中でのポジションと評価の推移

オーストリアは近年、強豪相手にも主導権を争えるチームとして評価が上がりました。EURO 2024ではフランスに0-1と善戦し、ポーランドに3-1、オランダに3-2と打ち合いを制しています。相手や状況に応じて、保持重視と圧力重視を切り替える柔軟さが評価の理由です。

キーワードは“可変4-2-2-2”と強度の高いハイプレス

ポイントは2つ。ひとつは、4-2-2-2を基点に保持で人と列を入れ替える「可変」。もうひとつは、ボールを失った瞬間に全員が前向きでスイッチを入れる「ハイプレス」。この2つが噛み合うことで、奪ってからの速さ、押し込んでからの再奪回が生まれます。

この記事の読み方(観戦→理解→練習への落とし込み)

観戦では形の“変わる瞬間”と“プレスの合図”に注目。理解では役割と原理を分解。練習では小さなゲーム形式に落として、誰でも再現できる形に変換していきます。

可変4-2-2-2とは何か:定義と基本原理

4-2-2-2の基本配置と役割(2トップ/2シャドー/ダブルボランチ)

4-2-2-2では、縦方向に“2トップ”と“2シャドー(インサイドの攻撃的MF)”が並び、後方に“ダブルボランチ”、左右にSBが配置されます。2トップはCBとGKに制限をかけ、シャドーはハーフスペースで縦パスを受ける起点に。ボランチは前進の角度づくりと後方のバランスを担います。

“可変”の方向性:保持で広がる/非保持で締まる

非保持では4-2-2-2(→4-4-2に近い)で中央を締め、相手を外へ。保持ではSBを高く出す、ボランチを一枚落とす、シャドーが外へ出るなど、列と幅を動かして2-3-5、3-2-5、3-1-6といった前線密度の高い形を作ります。

ハーフスペースの2枚(シャドー)が作る縦関係とライン間攻略

シャドーがハーフスペースで縦に重なることで、縦パスの“刺し→落ち→前向き”の連鎖が生まれます。前向きの状態で受けられる選手を増やすことが、可変4-2-2-2の肝です。

幅の確保は誰が担うのか(SBの高位化と片側非対称)

幅は主にSBが担います。片側だけを高く、反対側は低く構える“非対称”が多く、ボール側で数的優位を作り、逆サイドは安全管理とリバウンド狙いの両立を図ります。

思想と設計図:ラルフ・ラングニックの影響

レッドブル系の原則(前向き・縦に速く・即時奪回)

前向きの守備、縦に速い攻撃、失った瞬間の再奪回。この3点は“レッドブル系”と呼ばれる文脈で語られることが多く、オーストリアでも明確に見られます。

守備から攻撃をデザインする“トランジション先行”の発想

奪ってからの一手目を事前に設計します。誰が前に、誰が受け、誰が背後を走るか。攻撃は守備で始まっているという考え方です。

選手の適性優先(走力・反復スプリント・戦術規律)

高速の切り替えを何度も繰り返せる体力、ラインコントロールを守れる規律、ボールサイドに素早く寄せられる脚力が重視されます。

トレーニング文化:強度の標準化と共通言語

練習から強度を揃え、プレーの合図(トリガー)を共通言語化。誰が出てもしきい値が落ちないように、原則を共有します。

可変マップ:局面ごとの並び替え

保持時の基本形:2-3-5/3-2-5/3-1-6の使い分け

ボランチが落ちて2CBと3枚化すれば3-2-5、SBが内側に絞って中盤で数的優位を作ると2-3-5。相手が低い時は3-1-6で最後列を1枚にし、前線に6枚を配置して押し込みます。

非保持の基本形:4-2-2-2→4-4-2へのスライド

プレス開始時は4-2-2-2で内側を締め、外へ誘導。深く守る段階では4-4-2へスライドし、ライン間のスペースを最小化します。

リトリートブロック:4-4-2で中央封鎖と外誘導

自陣では2トップがボランチへのパスコースを切り、サイドへ誘導。SBは出過ぎず、CBとの間(ハーフスペース)の背後を管理します。

リスク管理:最後線の“2+3”と背後保険

最後線は「2人が対人+周囲に3人で保険」という意識。背後のボールに対してGKも積極的にカバーし、長いボールの二次回収に備えます。

ビルドアップと前進:可変4-2-2-2の出口を探す

GK+CBの2枚(または3枚)での初期配置

相手の2トップに対して、GKを含めた3対2を作るのが基本。片側SBを内側に入れて3枚化する方法も一般的です。

ボランチの立ち位置(同列/縦関係)の選択肢

同列なら横幅のパスラインを増やし、縦関係なら刺す・落とすの角度が明確になります。相手のアンカー周辺に影を落とすための配置もポイントです。

ハーフスペース占有と縦パス“刺し→落ち→前向き”の三手連続

シャドーへ縦を刺し、ワンタッチで落として前向きの選手が運ぶ。3人目が背後へ走る。ここまでセットで考えると、前進の成功率が上がります。

幅の確保:大外SBのタイミングと逆サイドの絞り

SBの前進は“今、縦パスが刺さるか”が合図。逆サイドは早めに中へ絞り、こぼれ球とカウンター遮断を同時に狙います。

ロングボールとセカンド回収の設計(人とゾーンのハイブリッド)

2トップの一枚に当てるロングも有効。回収は“着地点に人”“周辺をゾーン”でハイブリッドに行い、即時に前を向きます。

ハイプレスの仕組み:トリガーと誘導先

2トップの役割分担(CB限定とGK制限)

片方がボール保持のCBに寄せ、もう片方がGKと反対CBを監視。縦を切りつつ外へ誘導します。

シャドーの角度で切る“内外スイッチ”

シャドーは内側を切って外へ追い込むのが基本。ただし相手が内に差し込みたい構えなら、外を切って内で奪う“内外スイッチ”を使います。

SB内向きトラップとタッチライン圧縮

相手SBへ出た瞬間、内側はシャドーが、縦はSBが管理。タッチラインを“味方”にして囲い込みます。

バックパス・浮き球・逆足コントロールを合図に強度を上げる

後ろ向きのバックパス、浮き球の処理、逆足のトラップは加速のサイン。全員が一段強度を上げて一気に回収します。

PPDAやボール奪取位置で見える狙い(指標の読み方)

PPDA(相手のパスを何本許したかの目安)が低いほど、前からの圧力が効いている傾向。ボール奪取位置のヒートマップが高い位置に集まれば、設計通りにハイプレスが機能していると読めます。数値は相手と試合展開で変動するため、複数試合の平均傾向で判断するのがポイントです。

即時奪回とトランジション:奪って速く、奪われて速く

失った瞬間の5メートル、最も近い3人の動き方

ボールロストの半径5メートルが勝負。最も近い3人が同時に寄せ、縦・内・外をそれぞれ閉じます。後列は背後の保険を一歩早く。

奪回の優先順位(中央封鎖→サイド誘導→再捕獲)

まず中央を封鎖し、外へ誘導。外で数的優位を作って再捕獲する流れを共有します。

ファウルの戦術的活用と“止める勇気”

危険なカウンターは、相手の加速前に小さく止める判断も選択肢。カードリスクと天秤にかけ、ゴール前での被ピンチを回避します。

背後管理とセーフティラインの調整

最終ラインはボールと味方のプレッシャー強度を見て、押し上げ/下げを調整。GKはクリアランスの回収位置まで出る準備をします。

セットプレーの設計:得点源と失点抑止

CK攻撃:ニア集結→ファー流し/スクリーンの作法

ニアに人を集め、相手を引き付けてからファーへ流す。スクリーン(進路妨害)でマークを外す動きも整理されます。

FK守備:ゾーン+マンのハイブリッド配置

危険地帯はゾーンで守り、相手の主力にマンマークを併用。セカンドボールの位置取りまでセットで設計します。

スローインの“ミニ再開”を攻撃化するアイデア

スローインを単なるリスタートではなく“ミニ攻撃”として扱い、縦→落とし→前向きの再現でライン間へ侵入します。

リスタート後の即時奪回で二次波を起こす

クリアを読んで回収班を配置。相手の整わない瞬間に二次波でゴールに迫ります。

役割適性と代表の主要人材像

最終ライン:前向き対応と広い背後を守れるCB像(例:ダンソ、ポシュ)

前に弾く守備、背後の走力、長いボールへの対応力が求められます。例:ケヴィン・ダンソ、シュテファン・ポシュ。

中盤:走れて奪えて出せる“二相対応型”のMF(例:ライマー、ザイヴァルト、シュラガー)

即時奪回の中心であり、前進のスイッチでもある存在。例:コンラート・ライマー、ニコラス・ザイヴァルト、ザヴァー・シュラガー。

シャドー:ハーフスペースで前向きに違いを作るタイプ(例:バウムガルトナー、サビッツァー)

縦パスの受け手・落とし手・フィニッシャーを兼ねる器用さ。例:クリストフ・バウムガルトナー、マルセル・サビッツァー。

2トップ:背負う+走るの分業(例:アルナウトヴィッチ、グレゴリッチュ)

一人は楔で時間を作り、もう一人は背後へ。例:マルコ・アルナウトヴィッチ、ミヒャエル・グレゴリッチュ。

SBとGK:幅の管理と初期化(ビルドアップ参加)の要点

SBは幅の責任者であり、内外の出入りで可変の主役。GKはライン裏の保険と、ビルドアップの3枚目として関与します。

試合事例で読み解く可変4-2-2-2

EURO 2024 グループステージ:対フランス(0-1)から学ぶリスク管理

相手の個人能力が高い中でも、高い位置のプレッシングで主導権を争いました。失点はオウンゴール。ハイプレスをやり切る中でも、最後の局面でのライン間管理と自陣でのファウルコントロールの重要性が浮き彫りになりました。

EURO 2024:対ポーランド(3-1)に見る“押し込んでからの二次攻撃”

保持の可変で押し込み、こぼれ球の回収から二次波でゴールへ。2-3-5や3-2-5への変化で前線の枚数を増やし、リバウンド回収が得点に直結しました。

EURO 2024:対オランダ(3-2)での可変とスコアの相関

打ち合いの展開で、攻撃とトランジションの強度がそのままスコアに反映。シャドーの位置取りとSBの非対称配置が、オランダの最終ラインに迷いを生みました。

国際親善試合:対ドイツ(2-0)に見えたハイプレスの完成度

前線の限定と背後の保険が揃い、奪ってからの加速が形になった一戦。PPDA的にも前から圧をかけ続けた試合の代表例といえます。

試合別の可変パターン比較(保持型/圧力型のスイッチ)

格上相手には圧力型(非保持の完成度を優先)、拮抗相手には保持型(可変で押し込む)。どちらも根底にあるのは即時奪回とハーフスペース活用です。

対策と弱点:どう崩す/どう守る

SBの背後とCBの横を同時に突く“二点攻撃”

SBが高い時に背後のスペース、同時にCBの外側(ハーフスペース)を走らせて分断。縦・斜めの同時攻撃が有効です。

逆サイド早送り(速いサイドチェンジ)でハイプレスを空転させる

外に追い込む守備に対し、早い対角のスイッチで空振りさせる。トラップの前にボールが移動すれば、プレスは遅れます。

アンカー化と三角形でシャドーの影を外す

ボランチを一枚落としてアンカー化し、三角形でシャドーの背後に立つ。背中で受けられる位置を確保すれば、縦パスを通せます。

2トップの一枚を外へ誘導し、中央前向きを作る

CBの片側にボールを置いて2トップを横に割り、中央で前向きの時間を作る。GKの関与で3対2を徹底するのがポイント。

オーストリア側の修正策(ライン間の距離管理・片側圧縮の強化)

ライン間の距離を詰め、外へ追い込み切る。逆サイドの絞りを1歩早めて、スイッチボールの刈り取りを強化します。

育成年代・アマチュアへの落とし込み

4v4+3ポゼッション(ハーフスペース優先の角度作り)

グリッド内で4対4+フリーマン3人。縦パス→落とし→前向きを“3手セット”でクリア。シャドー役の角度づくりを体感します。

6ゾーン・ゲーゲンプレスゲーム(即時奪回の位置と方向)

ピッチを6分割し、ロスト直後に最寄り3人が縦・内・外を担当。5秒で奪い直せなければ一度ブロックへ撤退、のルールで判断を磨きます。

2トップ連動の“限定”ドリル(外切り/内切りの使い分け)

2トップがコーンのCB役に寄せ、シャドー役と一緒に外切り→内切りを切り替える。合図(バックパス、浮き球)で強度アップ。

SBのタイミング練習:片側高位・片側低位の非対称化

ボールサイドSBは高位、逆サイドSBは低位のセットでビルドアップ。逆サイドの絞り位置と二次回収の位置取りをセット化します。

週2回でも再現できるメニュー設計と負荷管理

強度系(即時奪回ゲーム)1本+戦術系(可変の形づくり)1本に集約。時間は短く、合図と距離感を共通化することが最優先です。

ポジショナルとダイレクトのバランス

直線的になり過ぎないための“止める・引き付ける”の介在

速さは武器ですが、相手のラインを剥がすには一瞬の“止め”が効きます。引き付けて逆を取る、の一拍を仕込むことが重要です。

3人目の関与で縦→横→縦のリズムを作る

縦に刺して、外で受けて、再び縦へ。3人目の関与が増えるほど、守備者は迷い、前進がスムーズになります。

ゲームモデルに落とす指標(距離・角度・人数・時間)

前進は“距離と角度”、奪回は“人数と時間”。何メートル・何度のパスが増えたか、何人で何秒で奪い返せたかを簡単なメモで可視化しましょう。

相手による可変の“幅”と“深さ”の調整法

前から来る相手にはSB内側化で中盤増員、引いてくる相手には3-1-6で最終ラインを一枚に。可変の“幅と深さ”を使い分けます。

データで読む傾向:数値の見方と活用法

守備強度:PPDA、ハイターンオーバー、被パス長の短縮

PPDAが低い試合は前から奪えているサイン。中盤や相手陣でのボール奪取(ハイターンオーバー)が多ければ、設計通りにハイプレスが機能しています。相手の平均パス距離が短くなるのも、圧で前進を阻害している目安です。

攻撃効率:ファイナルサード侵入回数とシュート起点の位置

大外からだけでなく、ハーフスペースからの侵入数が増えると、シャドーの機能が高まっている証拠。シュートの起点がペナルティアーク周辺に多い試合は、縦→落ちの連鎖が嵌っています。

リスク管理:自陣被ロングボール回収率と二次攻撃抑止

相手のロングボールに対する回収率、回収後の被シュート抑止が高ければ、背後保険とカバーの連動が上手くいっていると読めます。

注意点:数値は対戦相手・試合文脈で変動する

格上相手・リード時・退場者の有無など、文脈で数字は揺れます。単試合ではなく、複数試合の傾向で評価しましょう。

よくある質問(Q&A)

4-2-2-2と4-4-2は何が違う?(シャドーの立ち位置と縦関係)

4-4-2は横並びの中盤が基本。4-2-2-2は内側に2枚(シャドー)がいて、縦関係を作りやすいのが違いです。縦パスの受け手がライン間に常駐しやすくなります。

ウィンガー不在で幅は誰が作る?(SBとシャドーの連動)

主にSBが担当。シャドーが外へ抜けて一時的に幅を作るパターンもあります。片側非対称でリスク管理を両立します。

可変の合図は?(ボール位置・相手枚数・自チームの優先原則)

合図は「ボールが前向きに動く」「相手1列目を数的優位で越えた」「サイドで2対1を作れた」など。原則は“数的優位を感じたら一歩前へ”。

育成年代での適用ポイント(距離感と役割の簡素化)

役割はシンプルに。シャドーは“縦を受けて落とす人”、SBは“幅の人”。距離感(5〜10mのサポート)を合言葉にします。

まとめ:オーストリア代表の“いま”と観戦のチェックポイント

可変4-2-2-2の核は“強度×秩序×ハーフスペース”

強度で奪い、秩序で動かし、ハーフスペースで差を作る。これがオーストリアのコアです。

試合前に見るべきスタメンの非対称ポイント

どちらのSBが高いか、シャドーは右左どちらが内側深めか。非対称の設計を予想すると、試合の流れが読みやすくなります。

前半15分と後半立ち上がりのプレス強度を比較する

開始直後と後半の立ち上がりは、プレスの設計がもっとも鮮明に出ます。トリガーの共有度を測る目安に。

次に起こり得る進化(可変のタイミング精緻化と選手適性の最適化)

可変の一歩目を早く、撤退の一歩目も早く。選手の適性をより精密に合わせれば、強度と管理の両立が一段階進むはずです。

あとがき

可変4-2-2-2は、名前ほど難しくありません。非保持は締めて、保持は広げる。その切り替えの速度を全員で合わせるだけ。観戦では“変わる瞬間”と“奪う合図”を探し、練習では3人目の関与と即時奪回の方向だけを外さなければ、誰でも近い雰囲気を再現できます。オーストリア代表が見せるのは、派手さではなく、原則の積み重ねが作る“強い日常”。次の試合でも、その日常がどこまでブレずに表現されるかを楽しみにしましょう。

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