プレッシャーが速くて強い相手にも、落ち着いて前進できるチームは何をしているのか。答えは「ビルドアップの動き方とコツで脱プレスする実戦原則」を、個人とチームの共通言語に落とし込んでいることです。本稿では、試合ですぐ使える原則→役割→システム→練習→計測までを一貫してまとめました。難しい理屈ではなく、ピッチでそのまま再現できる具体性にこだわっています。今日からの一歩に変えてください。
目次
なぜ今「ビルドアップで脱プレス」なのか
現代サッカーのプレス強度と時間・空間の圧縮
現代サッカーは、相手の出足が速く、ボール保持者に与えられる時間が短くなっています。ラインがコンパクトになり、空間が圧縮されるため、単純なパス回しでは前進できません。だからこそ、個々の体の向きや角度、3人目の関与など、細部の質が勝敗を左右します。
脱プレスがもたらす期待値の変化(ライン間侵入・対角展開)
プレスを外すと、相手のライン間や逆サイドに時間と空間が生まれます。ライン間で前を向く、または対角に展開するだけで、シュートや決定機の確率は上がります。ボールを動かす目的は「ゴールに近づく選択肢を増やすこと」。脱プレスはその入口です。
ポゼッションではなく前進の質を高めるという考え方
保持のための保持は不要です。重要なのは「どのように前進し、どこで前を向くか」。パス本数や保持率より、1本でラインを越える工夫、相手のプレス方向を逆手に取る判断を優先しましょう。
脱プレスの実戦原則10
原則1:優先順位は「ゴール→前進→保持」
- ゴールが見えるなら最短で狙う。
- 前進できるならリスク最小で縦を選ぶ。
- どちらも不可なら保持して再配置。順番を崩さない。
原則2:幅・深さ・間(インターバル)の三層管理
- 幅=相手の横スライドを長くする。
- 深さ=裏の脅威で最終ラインを下げる。
- 間=ライン間で受ける距離感。三角形を常に維持。
原則3:角度の三原則(斜めに離れる/縦を空ける/外して受ける)
- 斜めに離れる:縦横一直線を避け、パスコースに角度を作る。
- 縦を空ける:受けに降りる時は、誰かが「縦」を残す。
- 外して受ける:相手の視野外(背中側)のラインに立つ。
原則4:体の向き(半身・オープン・クローズ)の意図的コントロール
- 半身:前進可能性を残しつつ安全も確保。
- オープン:対角・前方を一度に視野に入れる。
- クローズ:時間稼ぎや戻しの準備。用途を分ける。
原則5:スキャンの3タイミング(受ける前/コントロール前/出した後)
- 受ける前:マーク/影/出口の確認。
- コントロール前:触る足と方向の確定。
- 出した後:次のサポート位置へ1歩目を出す。
原則6:ファーストタッチは前進方向に置く(足裏・インサイド・アウトの選択)
- 足裏:プレス回避の減速と角度変更に有効。
- インサイド:確実性重視。相手との間合いが近い時に。
- アウト:相手の逆足側へズラし、一歩で縦へ。
原則7:3人目の関与(アップ・バック・スルーと第三の動き)
- アップ:縦付けで相手を引きつける。
- バック:落として角度を変える。
- スルー:走者が受ける空間を事前に確保。第三者が命。
原則8:釣って剥がす(プレス誘導からの逆解放)
- あえて狭い方へ1度入れ、相手を集めて逆へ。
- “釣る人”と“解放する人”の役割を分ける。
原則9:オーバーロード・トゥ・アイソレート(局所数的優位→対角)
- 片側で数的優位を作る=相手を寄せる。
- 生まれた逆サイドの1v1を作り、勝負の場を用意。
原則10:対角線を常に意識(スイッチとハーフスペース活用)
- 対角のパス/ドリブル/運びの選択肢を保つ。
- ハーフスペースは前進と侵入の“最短経路”。
役割別の動き方とコツ(GK起点から最前線まで)
GK:誘いの間合い・逆足クリア・対角スイッチの精度
- 誘いの間合い:相手が出てくるギリギリまで保持し、背後の出口を開ける。
- 逆足クリア:逆足での安全なタッチ&前進クリアを日常化。
- 対角スイッチ:外→外、外→中の長短を使い分ける。
CB:縦パスの怖さを見せる準備と運ぶドリブル
- 縦パスの構えで前線を固定。出せないなら運ぶ。
- 運ぶ時は「外→中→外」のリズムで相手を揺らす。
SB:外幅確保と内側差し込み(偽SB可変の判断)
- 外幅で相手WGを広げる→内側に差し込む通路を生む。
- 偽SB化は、相手の外圧が強い時に中盤数的優位を作る手段。
ボランチ(6番):背中の情報管理と安全装置の位置取り
- 常に半身。背中にいる相手の位置を先に知る。
- 安全装置(セーフティ)としてCBの背後カバーを意識。
インサイドハーフ/10番:ライン間での半身受けと3人目起動
- ライン間で半身→一発で前向きへ。
- 受けられなくても、3人目のランを起動する位置に立つ。
ウイング:幅かハーフスペースかの二択を相手で決める
- SBが出てくる→幅で固定。CBが食いつく→ハーフスペースへ。
- 背後のラインを常に脅かすスタート姿勢。
CF:背負う・落とす・裏抜けの三択でセンターバックを固定
- 最初の一歩は相手を止めるための「背負う」の構え。
- 味方の角度が整えば「落とす」→第三者が前進。
- 相手が前がかりなら「裏抜け」で一撃。
システム別のビルドアップ設計図
4-3-3:可変3-2での初期配置と外→中→対角
- SBの一枚を絞って3枚化、6番とIHで2枚の中盤軸。
- 外で釣って中に差し、最後は対角へスイッチ。
4-2-3-1:2-3-5化での中盤三角形の作り方
- SBインサイド化で「2-3」に。最前線は「5レーン」を満たす。
- トップ下はライン間の“受ける影”に入る役割。
3-4-2-1:外圧に対する中継点の配置と逆サイド解放
- WBが外を釣り、IH的な2枚が中継。CBの運びで一列越え。
- 逆WBのスタンバイを早め、対角の一撃を準備。
4-4-2:数的不利の克服(偽SB・偽CBの導入)
- 偽SBで中盤に+1、または片CBが運んで偽CB化。
- 縦ズレで一列壊してから逆へ。
マンツーマンプレス対策:ローテーションと縦ズレで剥がす
- 同列の入れ替え+一列跨ぐ縦ズレで基準を破壊。
- 一人が空いた瞬間、最短で縦か対角へ。
相手プレスを読み解くチェックリスト
トリガーは何か(バックパス/サイドチェンジ前/触れた瞬間)
- 相手が出てくる合図を事前に共有。パターンを一つでも掴む。
誘導方向(外誘導か内誘導か)を見極める
- 外へ追い出すのか、内カット狙いか。逆手に取る準備を。
マーク基準(人/ゾーン/ハイブリッド)の把握
- 人基準=ローテで剥がす。ゾーン基準=角度で隙間を刺す。
ライン間・背後の空間の質と量を評価する
- 空間の“広さ”だけでなく“質”(前向き可否、次の出口)を判断。
プレス距離・角度・速度から“外せる側”を見つける
- 走り出しが遠い/角度が悪い/減速している側へ前進。
GKへの戻しに対する相手のルールを観察する
- GK戻しで一気に来るのか、来ないのか。次の一手を前提化。
局面別の脱プレスシナリオ
ゴールキック:2+3の出口設定と相手の形を崩す一手
- 2(CB+GK)+3(SB+6番)で初期出口を明確化。
- 短く見せて長く、長く見せて短く。最初の印象を裏切る。
相手のセットプレス:最初の2本で逆を取る手順
- 1本目で釣る→2本目で逆。定型化しておくと迷いが消える。
タッチライン際:内側の第三者と背面サポートの配置
- ライン沿いは詰まりやすい。内の第三者と背面リターンが命綱。
数的不利・ビハインド時:リスク管理と前進の両立
- 縦を一本早める。中央は避け、外→裏の明確な矢印で。
10人になった時:ショート化と対角一発の住み分け
- 短い距離で外へ運び、対角の一発で息継ぎを作る。
テクニックと身体操作の要点
半身の作り方(足の位置・骨盤の向き・視線の置き所)
- 前足は進行方向へ45度。骨盤は開きすぎず、視線は斜め前と背中の交互。
ピボットターン/ラウンドコントロールで圧を外す
- ピボット:軸足固定で素早く反転。相手の勢いを利用。
- ラウンド:ボールを遠回りに運び、接触角度を消す。
シェルター(体で隠す)と腕の合法的な使い方
- ボールと相手の間に腰と肩を入れる。腕は広げず、接触のクッションに。
逆足矯正:片足オープンから両足オープンへ
- 弱い足でのファーストタッチ→強い足で前進の二段構えを繰り返す。
一拍溜める・一拍早める(タイミングのズラし)
- 相手の重心が動いた瞬間に逆。速さより「ズラす」意識。
レーン・ゾーンの理解と使い分け
外レーン:幅で引き伸ばすか、釣って内へ入るか
- 外で時間を作る→内の差し込みが通る。役割の連携が鍵。
ハーフスペース:前進と侵入の“最短経路”
- サイドよりゴールへ近い直線。受けた瞬間の一歩が勝負。
中央レーン:背中の情報優位が前提条件
- 中央はリスク大。首振り→半身→ファーストタッチ前進の順で。
縦ズレ・横ズレ:相手の列を崩すミクロな動き
- 同列に2人重ならない。半歩のズレでライン間を作る。
コミュニケーションと合図のルール化
バーバルキュー(前向け/逆/リターン)の共通言語
- 短く、誰でも同じ言葉で。迷いを消すための音声合図。
ノンバーバル(指差し・手のひら・首振り)の統一
- 指差し=出口、手のひら=戻し、首振り=対角準備のサイン、など統一。
合言葉テンプレ(同サイド継続/逆スイッチ/3人目)
- 「同」=同サイド継続、「逆」=対角、「3」=三人目。短い合図で速度UP。
出し手と受け手の“約束事”作り(距離・角度・足元/前)
- 足元=安全、前=前進狙い。距離と角度を事前に共有。
練習メニュー(実戦転用の設計)
6v3ロンド進化系:出口設定と3人目義務
- 条件:3本目は必ず「第三者」へ。出口コーンを通したら得点。
3レーンビルドアップ:外→中→対角の自動化
- 3レーンにコーンを配置。外で釣り→中差し→対角スイッチの型を反復。
GK含む5v4:圧縮からの解放ライン突破
- 相手4の圧を高め、GKを使った逆解放。時間制限で判断速度を上げる。
マンツーマン想定:ローテーションと縦ズレ制限
- 同列入れ替えを義務付け、受け手は必ず一列ズレるルールで実施。
2タッチ縛り×フリーマン:方向づけタッチの習慣化
- 1タッチ目で前進方向を作ることを評価。フリーマンは必ず対角に立つ。
圧→解放トランジション:失陥後5秒と前進5秒
- 奪われたら5秒で囲い込み、奪い返したら5秒で前進。切替の速度を鍛える。
よくある失敗と修正ポイント
ボールウォッチャー化:首振り頻度の基準値設定
- 受ける前に最低2回、受けてから出すまでに1回のスキャンを目安に。
幅不足と同レーン被り:三角形の再構築
- 同レーン二人禁止。外-内-背面で必ず三角を回復。
逆足回避癖:受ける足と置く面の逆転練習
- 弱い足で受け、強い足で出す。置き所は前進45度を徹底。
止まって受ける:最後の2歩でスピードを合わせる
- 静止ではなく、パスに合わせて最終2歩で速度を合わせる。
近づきすぎ問題:最短ではなく“最適”距離へ
- 相手の影から出る距離(1.5〜2人分)を保つ。縦も横も。
失陥後の即時奪回:内圧への囲い込みルート
- 中へ追い込み、内側で奪う。外へ逃がさない体の向きで寄せる。
リスク管理と安全装置(セーフティ)の設計
背後の“火消し”配置と距離設計
- ボールサイドの背後に一人、中央に一人。距離は走り出し2〜3歩で触れる範囲。
逆サイドの保険(弱サイドの早期待機)
- 逆サイドは一枚余らせ、対角スイッチに即応。背面を守る角度を取る。
ミス前提のラインバランス(3枚・2枚の判断)
- 相手の速さ次第で後方は3枚を維持。落ち着けば2枚で押し上げ。
時間帯・スコアで変えるリスクの幅
- リード時は外回りを増やす、ビハインド時は縦の本数を増やす。
計測と振り返り(アマチュアでもできる可視化)
スキャン回数/10秒・前進成功率の記録
- 10秒あたりの首振り回数、前進パス成功率を手書きメモで記録。
3人目関与回数・対角スイッチ回数
- 試合ごとに「3人目」「対角」の数をカウント。増減で傾向把握。
ターン成功率・失陥位置のヒートマップ化
- どこで失っているかを図示。中央で多いなら判断見直し。
動画セルフチェック:体の向きと角度の基準
- 受ける直前の体の向き、ファーストタッチの置き所を静止画で確認。
年代・レベル別アレンジ
中高生:認知(スキャン)と体の向きの習慣化
- 首振り→半身→前進タッチの3点セットを毎回の基準に。
大学生・社会人:可変と人の入れ替えの速度
- 可変の合図、ローテの連続性。スピードを落とさずに役割交代。
親子/個人練:壁当て+首振り+方向づけタッチ
- 壁当て前に首を振る→片足オープンで前進に置く→逆足フィニッシュ。
試合当日の運用術
初期プランと前半10分の読み替えプロトコル
- 開始10分で相手のトリガーと誘導方向を把握→プランA/Bの切替を宣言。
ハーフタイム修正テンプレ(3箇所・3語・3分)
- 修正箇所を3つに絞り、合言葉を3語、説明は3分以内で共有。
逃げ切り/追いかけ時の前進と安全の両立
- 逃げ切り:外で時間を使い、対角で脱圧。追いかけ:縦本数と3人目を増やす。
相手修正への再修正(ベンチとピッチの連携)
- 相手の可変に対し、同列ローテか縦ズレで即応。ベンチから合図を統一。
用語ミニ辞典(簡潔定義)
ハーフスペース/レーン/ライン間
- ハーフスペース:サイドと中央の中間レーン。
- レーン:縦に分けた通り道。
- ライン間:守備ラインと中盤ラインの間の空間。
アップ・バック・スルー/3人目
- アップ:縦に当てる、バック:落とす、スルー:前進の走者へ。
- 3人目:出し手でも受け手でもない第三者の関与。
オーバーロード・トゥ・アイソレート
- 片側で人数優位を作り、逆側で1v1を作る原理。
偽SB・偽CB・可変
- 偽SB/CB:本来のポジションから一時的に中へ入る動き。
- 可変:守備と攻撃で配置を変える発想。
スイッチ/対角/釣って剥がす
- スイッチ:ボールサイドを切り替える。
- 対角:斜めに長いパス/展開。
- 釣って剥がす:狭い方へ誘ってから逆へ解放。
まとめと次の一歩
今日から実践できる3アクション(スキャン・角度・3人目)
- 受ける前に最低2回の首振り。
- 縦横一直線を避け、斜めの角度で受ける。
- 出したら止まらず、第三者として次の出口に動く。
一週間の練習計画テンプレ
- 月:6v3ロンド(3人目義務)+個人の方向づけタッチ。
- 水:3レーン外→中→対角の自動化+GK含む5v4。
- 金:マンツーマン想定のローテ+2タッチ縛り。
- 週末:ゲーム形式。計測(スキャン・前進率・対角回数)。
継続の指標と小さな勝利の積み上げ方
- 「スキャン回数」「3人目回数」「対角回数」を見える化。
- 1つでも増えたら成功。数字をチームで共有して前進を実感する。
おわりに
脱プレスは才能ではなく、原則と合図、そして練習の積み重ねで誰でも伸ばせます。ビルドアップの動き方とコツを共通言語にし、小さな成功を毎週重ねていきましょう。次の試合の最初の10分、今日の内容を3つだけ実行してみてください。それが、チーム全体の前進の合図になります。
