「それ、ハンドじゃないの?」──試合後の話題がいつもここに戻るのは、ハンド判定が単純な○×ではないからです。本記事は、ハンドの本質を「意図・距離・姿勢」という三本柱で整理し、観戦・プレー・指導の現場で迷わないための実践的な見方と使い方をまとめました。競技規則(第12条)の基本ラインに立ち戻りつつ、境界ケースの整理、審判とVARの視点、守備・攻撃の具体的ガイド、年代別指導ポイント、トレーニング方法まで一気通貫で解説します。
目次
- ハンド判定が難しい理由と本記事の結論
- 競技規則の前提整理:ハンドの定義と基本ライン(第12条)
- 三本柱の全体像:意図・距離・姿勢はこう噛み合う
- 意図:故意性をどう読み解くか
- 距離:反応時間と予見可能性の評価
- 姿勢:不自然に大きく/肩より上/動きの必然性
- 境界ケースの整理:支え手・リバウンド・至近距離のシュート
- ケーススタディで学ぶ判定プロセス(10シーン)
- 審判とVARの運用:介入基準と現場の視点
- 守備者の実践ガイド:ハンドを招かない体の使い方
- 攻撃者の実践ガイド:意図・距離・姿勢を突く崩し
- 指導の現場での伝え方:年代別コーチングポイント
- よくある誤解Q&A:基礎知識のアップデート
- トレーニングメニュー:判断と姿勢を磨くドリル
- ルール更新への備え:一次情報の確認方法
- ハンド判定基準の本質は意図・距離・姿勢(まとめ)
ハンド判定が難しい理由と本記事の結論
同じプレーでも意見が割れるワケ
ハンドは「手や腕にボールが当たったら反則」ではありません。反則になるとき・ならないときがあり、そこにはプレー全体の文脈が関わります。ボールと腕の接触は同じでも、選手の意図、ボールとの距離とタイミング、プレーに必要な姿勢かどうかで評価が変わります。さらに主審の位置や角度、VARが介入できる範囲などの運用要素も重なり、同じ映像を見ても結論が割れやすいのです。
ハンド判定基準をわかりやすく捉える鍵は「意図・距離・姿勢」
本記事の軸は「意図(故意性)・距離(反応可能性)・姿勢(不自然さ)」の三本柱です。これは競技規則の文言と実際の運用傾向を、現場で使える言葉に落とし込んだフレームです。どれか一つだけで決めるのではなく、三点を組み合わせて評価すると、多くのケースがシンプルに整理できます。
判定の議論を生産的にする視点
- プレーの「前後関係」を切り取る(直前の動作・視線・バウンド)
- 「選手ができたはずの最善策」を考える(避けられたか、腕をたためたか)
- 「判定の優先順位」を意識する(得点に直結したか、明白なエラーか)
この視点で見れば、感情論になりがちな議論が一段落ち着き、建設的に整理できます。
競技規則の前提整理:ハンドの定義と基本ライン(第12条)
手・腕の範囲の定義(腋の下より下)
ハンドでいう「手・腕」とは、腋の下の下端から先の部分です。腋の下より上にあたる肩のエリアはハンドではありません。境目は「腕を自然に下ろしたときの腋の下のライン」が目安です。
反則となる場合/ならない場合の基本整理
- 反則になりやすい
- 手や腕をボールに向けて動かした(故意)
- 腕で不自然に体を大きくしてボールをブロックした(位置の不自然さ)
- 肩より上や体幹から大きく離れた腕に当たった
- 手・腕で直接ゴールを決める、または直後に得点・明確な得点機会を作る
- 反則になりにくい
- 至近距離で反応不可能な速度・タイミング
- 倒れたときの支え手など、動作上必要で自然な腕
- 自分の体からの直近の跳ね返りで避けようがない接触
攻撃側の偶発的ハンドの取り扱いの考え方
攻撃側の偶発的(意図がない)接触は、直後にその選手が得点する、または直後に明確な得点機会を作る場合に限って反則となります。偶発的接触から味方に渡り、その後に得点したケースは、ただちに反則とならない場合があります。いずれも「直後(immediately)」という近接性が判断の鍵です。
国内大会と国際基準の運用差に注意
競技規則は共通ですが、運用の指針や強調点は大会・地域でニュアンスが異なる場合があります。最新の通達は各連盟の資料・審判部からの案内を確認しましょう。
三本柱の全体像:意図・距離・姿勢はこう噛み合う
三角形モデル:どれか一つだけで決めない
三角形の各頂点に「意図・距離・姿勢」を置き、事象をその内側にプロットするイメージです。例えば「距離が極端に近い」ならハンドは取りにくくなりますが、「姿勢が明らかに不自然(腕が大きく広がる)」であれば反則へ傾く、といった相殺・上書きが起きます。
優先順位と相互作用の考え方
- 最優先:手や腕で直接得点/直後の得点・DOGSO級の阻止
- 強い要素:腕で不自然に体を大きくする(姿勢)
- 補強要素:故意にボールへ腕を動かす(意図)
- 緩和要素:至近距離・視認困難・自分へのディフレクション(距離)
「姿勢」が強く、次いで「意図」、そして「距離」が緩和要因として働く場面が多い、というのが実戦の感覚に近い運用です。
実戦用ミニチェックリスト(3問)
- 腕はプレーに必要な位置か?(走る・跳ぶ・滑る動作の範囲内か)
- 避ける/たたむ時間と距離はあったか?(反応可能性は?)
- 腕をボールへ動かしていないか?(二次動作も含め)
意図:故意性をどう読み解くか
手や腕をボールへ動かしたか(一次動作と二次動作)
「意図」は、腕がボールの軌道に入るよう能動的に動いたかで推定します。一次動作(腕そのものの動き)だけでなく、体幹や肩の回旋で相対的に腕を当てにいく二次動作にも注意します。
守備の目的(ブロック/リスク管理)との整合性
シュートブロックでは、体を張るほど腕をたたむ動機が強くなります。逆に、足りないカバーを腕で補おうとすればハンドのリスクは急上昇。守備の意図と腕の置き方が整合しているかを見ます。
視線・体の向き・重心移動という手掛かり
視線がボールを追えていたか、体の向きと重心移動はボールのコースに対応していたか。見えていたのに腕が広がるなら意図の推定は強まります。逆に視界外(背後からの至近距離)なら意図の要素は弱まります。
意図の推定が難しいときの扱い
意図が読み取りにくい場合は「姿勢」と「距離」に重みを置いて評価します。特に姿勢が不自然かどうかは、意図の判断を補う強い材料です。
距離:反応時間と予見可能性の評価
反応時間の目安と至近距離の考え方
視覚刺激に対する人の反応はおおよそ0.2秒前後が目安と言われます。例えば時速80〜100kmのシュート(約22〜28m/s)が4mの距離から来れば到達時間は0.14〜0.18秒程度で、回避は極めて困難です。こうした至近距離はハンドを取りにくい方向に働きます。
予測可能性:相手の体勢・視認性・遮蔽物
距離があっても、視線が遮られていたり、キックの直前までコースが読めない体勢だと反応は難しくなります。逆に、長いモーションや明確な振り足で十分に予見できるなら、回避期待は高まります。
ディフレクション(味方/相手/自分)とリセットの発想
直前の触れ(ディフレクション)は判断を大きく左右します。特に自分の体からの跳ね返りは回避不能になりやすく、ハンドは取りにくい。一方で、十分な距離・時間を伴うディフレクションなら「反応可能」と評価されることもあります。
ボールスピードと弾道が判断に与える影響
直線的で速い球は回避困難、山なりや減速する弾道は回避可能性が上がります。速度と弾道は常に距離とセットで評価しましょう。
姿勢:不自然に大きく/肩より上/動きの必然性
『不自然に体を大きくする』とは何か
プレーの必然性を超えて腕を広げ、体の表面積を増やす行為です。シュートコースを腕で塞ぐ、ブロック時に翼のように広げる、といった例が典型です。
肩より上・体幹から離れた腕のリスク
肩より上の腕、体から外へ張り出した腕は反則に傾きます。ジャンプやターンで腕が上がることはありますが、動作上の範囲を超えた広がりは危険です。
動作に必然な腕かどうか(走る・跳ぶ・滑る)
走るときの自然な振り、ジャンプ時のバランス、スライディング時の着地や推進のための腕は一定程度許容されます。ただし、「必要最小限」を超えると不自然に分類されます。
ブロック時の胸・骨盤・膝の使い方
腕に頼らず、胸・骨盤・膝の向きを使ってコースを塞ぐとシルエットが締まり、ハンドのリスクが下がります。正面化と膝の屈曲で高さを調整し、腕は体側に収納するのが基本です。
境界ケースの整理:支え手・リバウンド・至近距離のシュート
転倒時の支え手はどうみるか
滑り込みや転倒時に体を支える腕は、体重を受ける位置であれば自然な動作として認められやすいです。ただし、支えの域を超えてボールコースに広がっていれば反則に傾きます。
自分の体からの跳ね返りの扱い
胸や足から自分の腕に直近で当たるケースは回避困難と評価されやすく、ノーハンドの可能性が高まります。時間・距離に余裕が生まれる二段跳ねは別評価になり得ます。
背後からの至近距離クロスへの対応
視認できない背後からの高速クロスは意図の要素が弱く、距離も短いためノーハンドに傾きます。とはいえ、腕が大きく外に広がっていれば反則評価が強まります。
上腕と肩の境目の理解
肩はハンドではありませんが、腋の下より下の上腕は対象です。判定は接触点と当たった瞬間の腕位置で見られます。
ゴール前の密集での接触
密集では視認性が低下し反応が難しくなります。とはいえ、腕でスペースを確保する押し広げ動作は不自然な拡大と見なされやすいので要注意です。
ケーススタディで学ぶ判定プロセス(10シーン)
PA内の至近距離シュートに対する腕接触
距離2〜3m、時速90kmのシュートが上腕に当たる。腕は体側に収めている。→距離の要素が強く、ノーハンドの可能性が高い。
サイドからの強いクロスが腕に当たる
約7mの距離で、腕が外側に張り出して接触。→姿勢の不自然さが強く、ハンドに傾く。
スライディングブロックで腕が広がった場面
ボールに合わせて体を投げ出すと同時に、上側の腕が翼のように開く。→ブロックの必然性を超えた拡大でハンドの可能性が高い。
ヘディングクリア直後の手への接触
自分のヘディングが至近距離で自分の腕へ跳ね返る。→自分への直近ディフレクションで回避困難、ノーハンドに傾く。
GK以外の選手がゴールライン上でブロック
腕を広げてコースを塞ぐ。→得点阻止+不自然な拡大でハンド。DOGSO相当の処置(カード含む)が検討される。
競り合いで腕が上がった状態での接触
ジャンプのバランスで腕は上がるが、横への張り出しが大きい。→姿勢次第。必要最小限を超える拡大ならハンドに傾く。
反転時に後方の腕に当たる
ターンで体幹が回り、後方の腕にボールが当たる。腕は体側。→意図なし・姿勢自然ならノーハンドの可能性が高い。
胸トラップ直後に自分の腕へ触れる
コントロールミスで胸から上腕へ。至近・低速。→直近の自分へのリバウンドで回避困難、ノーハンドに傾く。ただし直後に得点なら反則に該当し得る。
攻撃側の偶発的接触から得点に至る
ドリブル中に偶発的に上腕に触れ、直後にその選手がゴール。→偶発でも直後の得点で反則。
VAR介入で判定が覆る/覆らない境目
現場はノーハンド判定。映像では腕が外に広がって明確にコースを塞いでいた。→「明白かつ明白なエラー」として介入・OFRで変更の可能性。逆に解釈の余地が広いグレーは介入見送りが多い。
審判とVARの運用:介入基準と現場の視点
主審の位置取りと角度が変える見え方
接触点、腕の広がり、ディフレクションの有無は角度で見え方が変わります。副審・第4の審判との連携、最適角度の確保が鍵です。
『明白かつ明白なエラー』の基準
VARは主に得点、PK、退場、選手誤認に関与します。ハンドはPKや得点の可否に直結するため対象ですが、介入は「明白な誤り」に限られます。グレーは原則オンフィールドの裁定が維持されます。
オンフィールドレビュー(OFR)の流れ
VARが推奨→主審がピッチサイドで確認→最終決定。映像は接触点、腕位置、距離・速度、直前の触れを中心に確認します。
手/腕の自然さに関する現場コミュニケーション
「自然な位置だったか?」「反応時間はあったか?」という共通言語で、判定の一貫性を高めていくのが実務のポイントです。
守備者の実践ガイド:ハンドを招かない体の使い方
初期姿勢と手の収納でリスク低減
- 肘を軽く曲げて体側へ、親指は体の正面に向ける
- 胸と骨盤を正面に向け、シルエットを縦長に
ステップワークで距離(反応時間)を稼ぐ
一歩下がる・半身で受ける・外切りで角度を限定する。距離が稼げれば腕をたたむ時間が生まれます。
背面ブロックと体の回旋でシルエット管理
背中や肩で当てにいく背面ブロックは、腕の露出を減らしつつコースを消す選択肢。回旋のタイミングで腕をさらに締められます。
スライディング時の腕位置ルールを統一する
- 下側の腕:体の下、手のひらは地面
- 上側の腕:胸の前にたたむ(翼にならない)
『見せる守備』で意図の誤解を減らす
笛が鳴る前から腕をたたむ意思を明確に示す(視線・腕の引き)。審判の印象も含め、意図の誤解を減らします。
攻撃者の実践ガイド:意図・距離・姿勢を突く崩し
体に近い腕を外す弾道設計
体幹から離れた腕はハンドに傾きやすい。相手の外側の腕近くへ速いボールを通すと、守備者は腕をたたむか体勢を崩すかの二択に追い込まれます。
ディフレクションを生みやすいコース取り
足元や膝下に当たりやすい低いクロス・シュートは予測を外し、思わぬ腕接触やコーナー誘発を生みます。
至近距離での素早い決断とキック選択
ワンタッチでニア上、股下、背中越しなど、反応時間を削る選択が有効。逆足インサイドで速い弾道を作るのも手です。
クロッサーとシューターの連携で腕を試す
ニア・ファーの入れ替え、遅れて飛び込む二列目で守備の姿勢を崩し、腕の処理を難しくします。
指導の現場での伝え方:年代別コーチングポイント
ジュニア世代:安全と基本姿勢の教育
怖さで腕が広がるのを防ぐため、面で受ける・顔を守る正しい方法を教える。腕をたたむ「形」を先に習得。
中高生:三要素の判断トレーニング
意図・距離・姿勢の3語を共通言語に。映像フィードバックで「今はどれが決め手?」を言語化させます。
成人・競技者:状況別の意思決定とチーム原則
PA内は腕をより強くたたむ、至近距離は一歩下がる、スライド時は上側腕を胸前といった原則を統一。
チーム内の共通言語『意図・距離・姿勢』を作る
ミーティングで事例を3要素で評価する習慣を作ると、試合中のリアクションも揃います。
よくある誤解Q&A:基礎知識のアップデート
『意図がなければ反則ではない』は本当?
意図がなくても、腕で不自然に体を大きくしてコースを塞げば反則になり得ます。意図は重要ですが絶対条件ではありません。
『至近距離なら全てノー』ではない理由
至近距離は緩和要因ですが、腕が明らかに広がっていれば反則に傾きます。距離だけで決めないのがポイント。
『肩はOK、上腕は?』線引きの考え方
腋の下より上の肩は対象外、腋の下より下の上腕は対象。接触点とその瞬間の位置で判断します。
『手に当たったら即PK』ではないケース
支え手、至近距離、ディフレクション、自分の体からの跳ね返りなどはノーハンドの可能性が高まります。
トレーニングメニュー:判断と姿勢を磨くドリル
ハンドリスクを減らすブロックドリル
- 2m/4m/6mの距離別に、腕をたたんだブロック姿勢で連続シュート対応
- 「腕の位置コール」係が外部から合図し、姿勢の意識化
反応時間を可視化するショットドリル
- コーチの合図からシュートまでの間隔を変化(0.1〜0.5秒台)
- 至近距離では一歩下がる/半身の選択をルール化
姿勢フィードバック(動画・ミラー)の活用
正面・斜め・上方から撮影し、腕の広がりをチェック。理想姿勢の静止画を基準にセルフ評価。
意図に依存しない守備フォームの習慣化
「怖くても腕はたたむ」「スライドは上側腕胸前」を合言葉に、自動化するまで反復します。
ルール更新への備え:一次情報の確認方法
IFAB公式資料の読み方と更新タイミング
競技規則の更新はシーズン前に行われることが多く、改正箇所はまとめられます。ハンド(第12条)は毎年の注目ポイント。
国内連盟の通達・通告のチェック
運用の強調点や事例は国内の通達で示されます。大会前の共有資料は必ず確認しましょう。
シーズンごとの解釈傾向を把握する
シーズン序盤の判定傾向を観察し、チームの守備・攻撃原則を微調整すると実戦対応が速いです。
試合映像で自己検証する習慣をつくる
毎試合、ハンドに近い事象をピックアップし、三要素で評価→チーム内で合意形成。再現ドリルに落とし込みます。
ハンド判定基準の本質は意図・距離・姿勢(まとめ)
ハンドは「意図・距離・姿勢」を三位一体で見ると、ほとんどのケースが整理できます。意図は推定、距離は反応可能性、姿勢は不自然な拡大の有無。これらを競技規則(第12条)の枠内で組み合わせ、プレーの直前・直後の関係も加味するのが実戦の答えです。守備はシルエット管理と距離の創出、攻撃は腕の弱点を突く弾道設計。指導現場は三語の共通言語化が近道です。今日からチーム内の会話に「意図・距離・姿勢」を取り入れ、判定に強いチームを作っていきましょう。
