スピードも戦術も格段に進化した現代サッカー。そこで生まれたのが「VAR(Video Assistant Referee)」=映像による判定支援です。本記事は、VARとは何かを最初から丁寧に解説し、試合で具体的にどう向き合えばいいかまでを一気に整理します。選手・指導者・観戦者の誰にとっても、知っておくほど有利になる“実務”と“考え方”を詰め込みました。
目次
- 導入:VARとは?サッカーを変えた映像判定の全体像
- VARの基本:定義・目的・対象となる4カテゴリー
- 判定プロトコルの流れ:チェックから最終決定まで
- テクノロジーの中身:カメラ、通信、オフサイド判定
- 具体的なシーン別ガイド:こういう時にVARは動く/動かない
- よくある誤解の整理
- 運用差とコミュニケーション:大会ごとに何が違うのか
- プレーヤー/指導者の実務:VAR時代の戦い方・練習法
- メンタルとゲームマネジメント:テンポ、感情、時間の使い方
- 育成年代・アマチュアへの示唆:VARがない環境で何を学ぶか
- データと効果:何が改善し、何が課題として残るのか
- ルール更新を追う:最新動向のキャッチアップ方法
- 将来像:AIとセンサーがもたらす次の10年
- ケーススタディ:判定が試合を左右した3つの局面
- まとめ:VARを味方にするためのチェックリスト
- あとがき
導入:VARとは?サッカーを変えた映像判定の全体像
この記事で得られること
この記事を読むと、次のポイントが分かります。
- VARの基本原則と、介入できる4カテゴリー
- チェックから最終決定までの実際の流れと役割分担
- オフサイドやハンドなど、判断の“考え方”と実戦での備え
- 運用差や最新動向、将来技術の可能性
- 選手・指導者が今日から実践できるチェックリスト
結論の先出し:VARは「明白な誤りの是正」に限定される
VARは“すべてを正す魔法の目”ではありません。介入は「明白かつ重大な誤り」または「重大な見逃し」に限られ、主審の判定を置き換えるのではなく、明白な間違いを正すための補助に過ぎません。最終決定は常に主審が行います。
サッカーの“流れ”と“公正さ”の新しいバランス
サッカーの魅力は流れの速さと連続性。一方で、公正な勝敗のためには重大な誤審を減らす必要もあります。VARの運用は、この二つの価値の間でバランスを取る挑戦です。レビューによる一時停止は増えても、その先にある“納得感”をどう高めるかが鍵です。
VARの基本:定義・目的・対象となる4カテゴリー
VARの定義と役割(Video Assistant Refereeの位置づけ)
VARはビデオ・アシスタント・レフェリーの略称。スタジアム内の専用室から複数の映像を使い、主審に助言します。VARのチームには、VAR本務(映像判断の中心)、AVAR(アシスタント、同時進行のチェックや通訳的補助)、リプレイオペレーター(適切な角度・速度での映像提供)などが含まれます。
介入できる4つの事象(得点、PK、退場、誤認識)
- 得点に関わる事象(得点自体、直前の反則、オフサイド、ボールアウトなど)
- PK/ノーペナルティの決定
- 一発退場(直接レッドカード)に関わる事象(2枚目の警告は対象外)
- 誤認識(カード提示や反則の犯人の取り違え)
この4カテゴリー以外には基本介入できません。
『明白かつ重大な見逃し』の考え方と判断基準
映像を何度もスローで見れば“どちらにも取れる”場面は増えます。VARは「グレー」をひっくり返すためではなく、「明白な誤り」を正すために使われます。したがって、微妙な接触や主観的要素の強い判定では、フィールドの主審の見立てが尊重されやすくなります。
判定プロトコルの流れ:チェックから最終決定まで
サイレントチェックとレビューの違い
全ての該当事象は“サイレントチェック”されます。試合は続行しつつ、VARが素早く確認。問題なしならそのまま。明白な誤りが疑われるときのみレビュー段階に移ります。選手や観客には合図が出ないため、“見えない安心”を提供する工程です。
オンフィールドレビュー(OFR)の手順と合図
主審がピッチ脇のモニターで映像を確認するのがOFR。主審は四角いジェスチャー(テレビ画面の枠)でレビュー開始を示します。主観的判断(接触の強さ、ハンドの自然さなど)はOFRに委ねられることが多く、事実判定(オフサイドの位置、ボールアウトなど)はOFRなしでVARの推奨を受ける場合もあります。
コミュニケーション:主審・VAR・AVARの役割分担
- 主審:最終決定者。状況説明、カード選択、再開方法の決定
- VAR:映像確認、事実整理、推奨(レビュー要請/判定変更提案)
- AVAR:同時進行の出来事の監視、技術的サポート、時間管理
最終決定は主審が下す理由
サッカーは接触、強度、意図など主観的要素が多い競技です。現場の空気を感じ、反則の文脈を掴めるのはピッチ上の主審。映像は強力ですが、すべてのニュアンスを代替できません。だからこそ“助言はVAR、決断は主審”が守られます。
テクノロジーの中身:カメラ、通信、オフサイド判定
複数カメラとリプレイ環境の概要
VARは多角度のカメラ映像を同期して扱います。広角・ゴール裏・タッチライン沿い等、異なる角度を必要に応じて再生。スローと実速を切り替えながら、接触の有無や強度、ボール接触の瞬間を確認します。
オフサイド判定とキャリブレーションラインの基本
オフサイドでは、攻撃側・守備側とも「得点可能な体の部位」(頭・胴体・足。腕・手は除く。境目は腋の下あたり)が基準。ピッチに対してカメラを較正し、線を引いて相対位置を評価します。接触の瞬間(パスや触れた瞬間)を正確に捉えることが重要です。
セミ・オートメーテッドオフサイド(SAOT)の位置づけと限界
一部の国際大会やトップカテゴリーでは、複数カメラのトラッキングとボール内センサーを使い、オフサイドの判定支援を高速化するSAOTが運用されています。ただし最終判断は人が行い、接触の瞬間や守備の“新たなプレー”の解釈など、人の理解が不可欠です。
通信・同期の精度が判断に与える影響
フレーム単位の同期、音声のクリアな通話、映像の遅延管理は精度に直結します。技術が整っていても、ゼロ誤差はありません。だからこそ「明白な誤り」の基準が機能します。
具体的なシーン別ガイド:こういう時にVARは動く/動かない
ゴール局面:事前・事後の反則とオフサイドの確認
- 得点直前のハンド、ファウル、ボールアウトの有無をチェック
- オフサイドは「関与(干渉)」の有無まで確認(視界妨害、プレーへの影響)
- 軽微な接触や接触前の駆け引きは、明白な誤りでなければ介入しない
ペナルティエリア内:接触・チャージ・ハンドの評価ポイント
- 接触の強度、相手への危険性、ボールにプレーできていたか
- ハンドは「手や腕で不自然に体を大きくしたか」「腕の位置が動きに適切か」などを重視(意図の有無は主要基準ではない)
- 軽微で偶発的な接触はノーファウルが維持されやすい
一発退場:過剰な力、DOGSO、暴力行為の線引き
- 過剰な力・危険なタックル:足裏、相手の足首付近への強度、速度、踏みつけ
- DOGSO(決定的機会の阻止):ゴールとの距離、ボール支配の可能性、プレーの方向、残る守備者数
- 暴力行為:ボールと無関係の打撃行為など
誤認識訂正:警告・退場対象の取り違え
カード対象選手の取り違えは、VARが正しい選手を指摘できます。フェアネス維持のための重要な介入です。
よくある誤解の整理
誤解1:VARが判定を“決める” → 主審が最終決定
VARは助言役。判定を確定するのは常に主審です。
誤解2:すべてのプレーが巻き戻される → 介入は限定的
対象は4カテゴリーのみ。細部のプレーを何でも再審するわけではありません。
誤解3:ハンドは“意図”で決まる → 基準の優先順位
意図よりも「手や腕の位置と動き」「体を不自然に大きくしたか」が重視されます。
誤解4:オフサイドは“腕も対象” → 得点可能部位の定義
オフサイドの基準は得点できる部位のみ。腕・手は含みません。
運用差とコミュニケーション:大会ごとに何が違うのか
介入基準(閾値)の違いと一貫性の課題
「明白」のハードルは大会や審判団で微妙に異なることがあります。あるリーグでは積極介入、別のリーグでは“フィールド優先”が強いなど、色味が違うのは現実です。
放送・スタジアムでの情報表示と観戦体験
何をレビューしているのか、画面表示や場内アナウンスで伝える試みが広がっています。情報が増えるほど、待ち時間の不安は減りやすいです。
判定理由アナウンスの試行と透明性の向上
一部大会では最終決定後に主審が理由を簡潔に説明する試行が行われています。透明性向上に向けた動きは継続中です。
国内外の運用差を理解するコツ
- その大会の「今季の方針」を事前に把握する
- プレシーズンの説明資料や記者会見をチェック
- 最近の判定傾向(ハンド・接触・オフサイド)を把握
プレーヤー/指導者の実務:VAR時代の戦い方・練習法
笛が鳴るまで止めない:オフサイド場面の走り切り
副審が旗を上げなくても、後でVARでオフサイドになる場合があります。攻撃側も守備側も「プレーを止めない」が鉄則。とくに抜け出しの場面はフィニッシュまでやり切ること。
セットプレーの身体接触マネジメント
- ユニフォームを引く、抱え込む、ブロックの角度などは映像で見えやすい
- “軽い手”でも累積すると印象が悪化。腕の位置・視線・足元からの寄せ方を練習で徹底
オフサイド回避の走り出しと体の向き・スタート姿勢
- 最終ラインと並ぶときは、得点可能部位が相手と同列かを意識
- 外側の足を前に置く、体を斜めにして“腕だけ前”にならない姿勢づくり
- ボールホルダーの視線・モーションを合図に、半歩遅らせて加速
抗議・アピールのコミュニケーション術と注意点
- VARは見ています。過度な抗議は逆効果。主将・担当者を限定して簡潔に伝える
- レビューの間はエネルギーを温存。再開直後の“一手”に備える
メンタルとゲームマネジメント:テンポ、感情、時間の使い方
得点後の“待つ時間”における感情コントロール
喜び切ったあと取り消し…は精神的ダメージが大きい。チームで「得点直後のルーティン(呼吸・整列・声かけ)」を決めておくと揺れが少なくなります。
レビュー中のベンチワークと次の一手
- 想定される再開(FK、PK、ドロップボール)ごとの即応プランを共有
- キッカー、ショートコーナー合図、プレスの合図を短く統一
追加タイム(ストップ時間)の想定と体力配分
VARチェックも追加タイムに反映されます。長くなる可能性を見越し、交代やペース配分を調整。後半の“第3の前半”を戦うつもりで準備を。
流れが止まった後の再開ファーストアクション
セットし直す相手に一瞬の隙が生まれます。素早い再開か、あえて落ち着かせるか。チームとして“再開1プレー目の鉄板”を用意しておきましょう。
育成年代・アマチュアへの示唆:VARがない環境で何を学ぶか
判定受容とリセット能力のトレーニング
VARがなくても、判定は揺れます。練習から「判定への不満を5秒で手放す」ルールを設定し、次プレーに集中する癖を付けましょう。
低コストな映像振り返り(セルフ解析)の設計
固定カメラやスマホでもOK。セットプレー、最終ラインの位置、腕の使い方など“VARに見られているつもり”でチェックすると改善点が見えます。
レフェリーとの協働とフェアプレー教育
判定は敵ではなく、試合の一部。丁寧なコミュニケーションを学ぶことは、プレーの質と人間的成長の両方に効きます。
導入コスト・人員制約の現実と代替手段
下部カテゴリではVAR運用は現実的でない場合が多いです。だからこそ“セルフVAR”として映像・データの内省を重ねることに価値があります。
データと効果:何が改善し、何が課題として残るのか
明白な誤審の減少に関する一般的な評価
多くの大会報告や分析で、決定的な誤審が減少したと評価されています。特にオフサイドやゴール前の重大事象で効果が見られます。
試合時間・リズム・観戦体験への影響
レビューによる中断は避けられません。一方で“納得できる説明”が伴うと、体感満足度は上がりやすい傾向があります。
公平性と一貫性のトレードオフ
細部まで精緻に正すほど時間はかかり、閾値を上げると速いが納得感が下がる—この綱引きは続いています。
レビュー時間短縮への取り組み
専用カメラ配置、通信改善、SAOTの活用、主審への情報提供の簡素化など、短縮への試みは継続しています。
ルール更新を追う:最新動向のキャッチアップ方法
IFAB・FIFAの公式発表・競技規則の読み方
競技規則の原本と年次更新、通達を定期的に確認。条文だけでなく“解釈例”が重要です。
通達・指針の解釈と現場運用への落とし込み
「今季はこの接触をより厳格に」などの方針は、実例とセットで理解すると実戦でズレません。
国内リーグの運用発表のチェックポイント
- ハンド、接触、オフサイドの重点事項
- OFRの方針(より主観的事象をOFRに委ねるか)
- 観客向けアナウンスの有無と内容
誤情報に惑わされないためのリテラシー
切り抜き動画や静止画は誤解を生みやすいです。複数角度、実速再生、前後の文脈を必ず確認する習慣を。
将来像:AIとセンサーがもたらす次の10年
自動化の進展と人的裁定のバランス
検出はより自動化されても、最終判断は人。透明性とスピードの両立がカギです。
ボール内センサー・トラッキングデータの活用可能性
ボール接触の瞬間認識、選手位置の高精度化が進めば、オフサイドや接触評価の前提がさらに整います。
説明アナウンスや音声公開など透明性向上の仕組み
意思決定プロセスの可視化は、待ち時間のストレスを軽減し、競技への信頼を高めます。
技術進化が戦術・育成に与える影響
ライン管理、ブロックの作り方、セットプレーの駆け引きは、判定基準に合わせて微調整が進むはず。育成でも“映像に強い選手”が求められます。
ケーススタディ:判定が試合を左右した3つの局面
ミリ単位のオフサイド判定と駆け引き
最終ラインと同列で走るFW。パサーが触れる瞬間、胴体の一部が数センチ前に。SAOTや精密なラインでオフサイド判定。教訓は“姿勢づくりとスタートの半歩”。
ペナルティエリア内の接触の線引きと再現性
CKでマークを外すために軽く腕を回す。相手が倒れるが、接触は軽微で攻撃側が先に抱え込んでいた—OFRの末にノーペナルティ。練習から「腕より足」「体の正対」を徹底して再現性を上げたい局面。
退場判定がゲームプランを変えるプロセス
カウンターで最後のDFが後方からチャレンジ。ボール支配の可能性が高く、ゴール方向も明確、守備者は他にいない—DOGSOで一発退場。直後の再編(システム変更、替えるべきポジション)の準備が勝敗を分けます。
まとめ:VARを味方にするためのチェックリスト
選手の行動指針(試合・練習)
- 笛が鳴るまで止めない。抜けたら最後までやり切る
- 腕でのホールド厳禁。足と体の向きで勝負
- 最終ラインと並ぶ姿勢を整える(半身・外足前)
- 判定に感情を乱さない。再開1プレーに全集中
指導者・スタッフの試合運用指針
- レビュー中の再開プランをテンプレ化
- セットプレーの接触基準をチーム共通言語に
- 交代と追加タイムをセットで設計
- 大会ごとの運用方針を事前共有
観戦者が理解を深めるためのポイント
- 何をレビューしているか(4カテゴリー)を意識
- 主観判断はOFR、事実判断はOFRなしのことも
- ハンドは「意図」より「腕の位置と不自然さ」
- オフサイドは「得点可能部位」が基準
今日から実践できる3つのアクション
- 練習に“VAR目線チェック”を導入(腕・姿勢・ライン)
- 試合の映像を実速とスローで二度見する習慣
- チームのレビュー時ルーティン(役割・合図)を決める
あとがき
VARは完璧さの追求ではなく、「勝敗を左右する明白な間違い」を減らすための仕組みです。技術が進歩しても最後に判断するのは人。だからこそ、私たちも“映像に強いプレー”“説明できる戦術”“揺れないメンタル”を磨く必要があります。ルールの理解は武器になります。今日の練習から、あなたのサッカーを一段引き上げる視点として、ぜひ取り入れてください。
