猛暑の試合は、うまいチームが勝つのではなく「賢く体力を残せたチーム」が最後に走り切ります。本記事では、猛暑の試合の注意点:走力温存のシーン別実例を、開始直後から終盤、リスタートや交代に至るまで具体的に整理しました。専門用語は最小限に、合言葉や定型の動きなど、すぐに導入できる実務の工夫を詰め込んでいます。勝ち筋はひとつではありませんが、暑さの中で“やらない勇気”を持つことは共通の鍵。では、準備から現場運用、そして次の練習での仕込みまで、一緒に整えていきましょう。
目次
猛暑のリスクと走力温存の基本原則
猛暑がパフォーマンスに与える影響(脱水・体温上昇・判断力低下)
高温下では発汗による脱水が進みやすく、心拍数が高止まりし、体温上昇で筋出力と判断の質が落ちやすくなります。脚が攣る、スプリントの再現性が落ちる、簡単なパスミスが増える──こうした現象は珍しくありません。試合の設計段階で「走らないで済む選択肢」を持っておくほど、終盤に差が出ます。
走力温存の3原則:優先順位・密度・連携
- 優先順位:守る/奪う/つなぐ/狙うの優先順位を状況で明確に。全部やらない。やると決めた局面だけ強度を上げる。
- 密度:人数と距離の“密度”を上げて、個人走行をチーム走行に置き換える。3〜5人の小さな連携でボールを動かす。
- 連携:意思決定を素早くそろえる合言葉と定型パターンを用意。迷いを減らすと無駄走りが消える。
メトリクスで可視化:心拍・主観的運動強度(RPE)・走行距離の目安
- 心拍:個人の最大心拍に対して試合の平均を70〜85%に収めるのが目安。5分間の移動平均が90%超で継続する場合は意図的にペースダウンを。
- RPE(0〜10):ベースは4〜6。勝負所のみ7〜8に上げ、連続で上げ続けない。合言葉で切り替えを徹底。
- 走行距離:涼しい条件と比べ総距離は5〜15%落ちてもOK。質(スプリント回数と的中率)を優先。
計測機器がなくてもOK。前半25分、後半70分で一度「全員で深呼吸→RPE申告(指で示す)」を行い、ピッチ内で修正します。
チーム合言葉と意思決定の基準づくり
- 「影」=相手の影に立つ。無理に寄らずコースを切る。
- 「ブレーキ」=ブロックを5m下げる。前線は限定だけ。
- 「転がす」=縦急がず三角で循環。休む合図。
- 「刺す」=3本以内で前進・決定機へ。勝負所。
合言葉に“動作”を紐づけると機能します(例:「ブレーキ」で両手を下げるジェスチャー)。
キックオフ〜前半序盤:ゲームテンポの設計
キックオフ直後のテンポ設計:最初の5分で「息を合わせる」
最初の5分は相手の勢いをいなす時間。全員でRPEを3〜4に抑え、「触る・見渡す・整える」を優先。無理な縦突破は避け、タッチ数を増やして体を起こします。
サイドに運んで時間を作る初手のパターン
CB→SB→WGの三角でサイドに誘導し、相手が寄ったら一度戻す。SBはタッチライン際でボールを外に逃がせる位置取りに。リスクを抑えたうえで5〜10秒の“間”を作るのが狙いです。
最初のプレッシングを限定して相手に回させる実例
初回プレスは「相手CBの外側だけ切る」。縦は切らず、サイドへ誘導。奪うよりも“回させる”が目的。これで心拍の立ち上がりを穏やかにし、相手の判断を見極めます。
守備(非保持)で走力を節約する方法
プレスのトリガーを3つに絞る
- 相手の後ろ向きトラップ
- 浮き球のミスコントロール
- サイドの楔パスを受け手が止めた瞬間
この3つ以外では“影”のプレスでコースを消すだけ。全員で同じスイッチにすることで空振りダッシュが減ります。
ミドル/ローブロックのライン設定と背後管理
最終ラインはPA角(ペナルティエリアの角)を基準に幅を決め、ライン間は10〜15m。背後はCBの片方が常に“掃除役”で1歩下がる。走らされるスペースを先に消します。
タッチラインを第12のDFにする寄せ方
サイドに誘導したら縦と内を同時に切る二人目の角度を徹底。相手にライン際を使わせて自然な形でボールアウトへ。ファウルで止めるよりはるかに省エネで安全です。
相手CBの持ち運びは許容、縦パスだけを消す実例
相手CBが自陣から運ぶ分にはOK。縦の差し込みだけ禁止。CFはCBとボランチのレーンを消し、IHが“縦に入る瞬間”だけスイッチ。無駄なスプリントを省きます。
攻撃(保持)で走力を節約する方法
ボールを動かして人を休ませる:三角/菱形の角度づくり
三角と菱形を常に作ると、受け手が止まっていてもパスコースが生まれます。走るのはボール、選手は半歩の調整だけ。背中を見せず、半身で受けると次が楽です。
ペースコントロールのバックパスは「目的を持って」
逃げのバックパスは相手の勢いを呼び込むだけ。「相手を引き出す→空いた逆サイドに出す」までがセット。GKを絡めた三角で逆回転させると時間が作れます。
長いボールと短いパスの配合で相手を走らせる
2〜3本の短いパスで相手を寄せ、逆サイドにロング。受け手は足元よりスペースへ。長短の“揺さぶり”で相手の消耗を誘います。
2トップ/1トップの距離管理で無駄走りを削る実例
2トップは常に5〜8mの距離。片方が楔、片方が裏の牽制で役割固定。1トップならIHが縦関係で近づき、落とし→はたきの2タッチで前進。動き直しを減らせます。
トランジション(切り替え)の省エネ判断
カウンタープレスの行く/行かないを3秒で判定
- 距離:奪われた地点に3人以内が3秒で寄れるか
- 体勢:ボールサイドの体の向きが前向きか
- スペース:背後に大きな空間がないか
2つ以上NGなら「行かない」。即座に自陣の形へ戻ります。
カウンターの選別:人数・体勢・スペースで決める
出せる人数が2人以下、もしくは相手のCBが構えているなら無理をしない。ボール保持で休む選択を肯定しましょう。
リトリートの合図と最終ラインの撤退速度
「ブレーキ」で5m後退。最終ラインは1stラインの戻りに合わせて“遅く速く”引く(最後に一気に整える)と、無駄な横走りが減ります。
速攻から遅攻へ切り替える「一時停止」の作り方の実例
カウンターで前が詰まったら、PA角で一度背中を相手に向けてキープ→後ろのIHへ落とす→逆サイドへ展開。これで全員が2呼吸整えられます。
リスタート(スローイン/GK/CK/FK)での節約
スローイン:近距離の三人組で温存する定型
投げ手の前後に2人。足元→落とし→戻しの3手でリズムを作り、タッチラインを超えない範囲でボールを動かして相手を疲れさせます。
ゴールキック・プレースキックで陣形を整える間の共有語
「整える」で全員が所定位置に歩いてセット。GKはボール設置→深呼吸→指差し確認の3段階。見た目以上に回復します。
CK/FKの人数配分と戻りの省エネ設計
猛暑時はCK突入を2〜3人減らし、セカンド回収と即時リトリートを優先。蹴る前に「戻りルート」を声で共有しておくとダッシュが1本減ります。
GKが保持した時の休息づくりの実例
キャッチ後は最長6秒の保持で呼吸を整え、味方の配置を待つ。スローとキックを使い分け、前線の準備が整うまで急がない。
ポジション別:FW/MF/DF/GKの走力温存ポイント
FW:影のプレスと背後の駆け引きで走らず効かせる
真正面から追うより、縦パスのレーンに“影”で立つ。裏抜けはフェイント1回で十分。相手に“いるかも”と思わせ続けることが仕事です。
MF:受け方と体の向きで360度を半分にする
半身で受け、視野を180度に限定。逆足のアウトで逃げ道を作ると、ターンのための余計な2歩が消えます。
DF:一歩目の準備とカバー範囲の分担
ボールが動く瞬間に0.5歩下がって準備。CB間のカバーは“横”より“斜め後ろ”を優先。最短距離の競り合いを作らせません。
GK:発進と停止でチームの呼吸を作る
配球はテンポのスイッチ。前向きに急ぎたいときはワンタッチ、休ませたいときはセットしてから。味方の心拍をコントロールできます。
スコアと時間帯別の走力配分
0-0の前半:無理をしないエリアと狙うエリア
中央の密集では無理をせず、相手SB裏だけを狙い所に設定。狙う場所を絞ると、走る本数が半減します。
先制後:ブロックの高さを5m落とす実例
最前線の基準位置をセンターサークル後方に。IHは縦の出入りを控え、相手を外へ外へと誘導。ライン間を詰めて省エネで守り切ります。
ビハインド時:ペースアップを10分間に限定する
追う展開でも全時間ハイプレスは非現実的。70〜80分の10分間だけスイッチを入れ、他の時間は準備に充てると終盤の質が上がります。
アディショナル/延長の配分と省エネ交代
延長を見据え、85分以降は交代直後の選手に局地戦を任せ、他の選手は位置取りで貢献。ピッチに入る前に「最初の3プレー」を具体化しておきます。
クーリングブレイク/ハーフタイムの使い方
水分・電解質補給と体表冷却の手順
- 補水:一般的な目安として試合2〜4時間前に5〜7ml/kg、合間は15〜20分ごとに150〜250mlを小分けで。電解質(特にナトリウム)を含む飲料を併用。
- 冷却:首・脇・太腿前を冷却。濡れタオルや保冷剤を薄布で巻いて短時間当てる。
- 胃への負担を避け、がぶ飲みはしない。個人差に合わせて調整。
コーチングは3メッセージに絞る
伝えるのは「狙い」「ズレ」「次の一手」の3つまで。シンプルな方が心拍も落ちます。
再開1分のセットプレー準備の実例
ブレイク明け最初のFK/スローで“時間を作る”パターンを指差し確認。合図「整える」で無理に速攻をしない共有を。
交代とローテーション戦略
交代のタイミング判断:走行データ・主観・観察の三点
- データ:心拍の高止まり/スプリント減少
- 主観:RPEの急上昇(7以上が続く)
- 観察:戻りの遅れ/判断の遅れ/足つり兆候
三点のうち二つが該当なら準備。迷うくらいなら早めが安全です。
ポジションスイッチで走行負荷を平準化する
同サイドでWGとIH、SBとCBを一時的に入れ替えるなど、役割スイッチで負荷を分散。短時間の“役割交代”は意外と効きます。
チーム事情に合わせた交代プランの実例
前線は60分と75分で二段交代、中央は70分に1枚。終盤のパワープレー要員は延長見越しで温存。各選手の暑熱耐性も考慮します。
装備・準備・リスク管理の実務
ウェア・インナー・冷却ギアの選び方
通気性と速乾性を優先。濃色は熱を吸いやすいので注意。休憩時の冷感タオル、氷嚢、帽子(アップ時)などを用意。
試合前48時間の補水と栄養(塩分・糖質)の基本
- 48〜24時間:水分をこまめに、塩分は通常食で不足しないように。
- 24〜2時間:水+電解質。食事は消化の良い糖質を中心に。
- 直前:口を潤す程度の少量補水。カフェインは個人差に配慮。
兆候を見逃さない:めまい・こむら返り・悪心への対応
足が攣りそう、鳥肌、寒気、吐き気は危険サイン。日陰・冷却・補水を最優先し、無理をしない判断を徹底。安全が最優先です。
競技規則の範囲でできる安全なゲームマネジメント
再開を急がない、ボールが出たら整える、交代は所定の位置から。過度な遅延や不正はNG。レフェリーの指示に従いながら、合法的に呼吸を作ります。
練習での仕込み:省エネ戦術の自動化
省エネ戦術ドリル:8対8+2の制約ゲーム
- 条件:タッチ制限2〜3、サイドで3本つないだら逆サイドへ。
- 狙い:三角形成と“転がす”感覚の定着。
フリーキック/スローインの自動化ルーティン
「近→落とし→逆」など3手の定型を2種類だけ覚える。迷いが消え、走力が節約できます。
暑熱順化の計画(7〜14日の段階的負荷)
1週目は時間と強度を控えめ、2週目にスパイクアップ。日中の短時間トレを混ぜ、“暑さに慣れる”期間を確保。
合図・コードワードの共有テンプレ
- ブレーキ=ブロック5m下降
- 転がす=遅攻に切替
- 刺す=人数をかけて前進
- 影=限定の守備
シーン別ケーススタディ
高校年代:昼12時キックオフの試合プラン実例
前半はRPE4〜5で回す。25分に給水の合図、35分からはサイドチェンジ中心。後半頭に一枚交代、70分から10分間だけペースアップ。最後は“転がす”で逃げ切り。
社会人:交代枠を活かした前線ローテ例
45分で前線総入れ替え。1本目は限定守備で消耗を抑え、2本目は高い位置でのカウンター狙い。終盤は空中戦要員を投入してセカンド回収に徹する。
少年サッカー:保護者と連携した水分補給オペレーション
ボトルに名前と色テープ、15分ごとにコーチが「3口ルール」を声掛け。氷水のタオルを2本ずつ用意し、首元→両脇を短時間で冷やす。
終盤のパワープレーに備えた走力の残し方
75分までにCBとボランチのスプリントを温存し、80分で長身FWを投入。CKの人数は絞り、こぼれ球の二次攻撃に備える。
チェックリストで仕上げる当日の運用
試合前ブリーフィング用チェックリスト
- 今日の「狙い」「ズレ」「一手」の確認
- 合言葉とジェスチャーの共有
- 給水ポイントとクーリング手順
- 交代の想定タイミング
ベンチワークと役割分担のチェックリスト
- RPEハンドサイン担当
- ボトル/冷却ギア担当
- 交代準備と最初の3プレー伝達
- メトリクス(心拍/走行推定)の簡易記録
選手の自己モニタリング用チェックリスト
- 口渇と汗量の自覚
- RPEの変動(突発的な7以上は要申告)
- 痙攣予兆(ピクつき/違和感)
- 集中切れサイン(声が出ない/視野が狭い)
よくある失敗と対策
序盤のオーバーペースを防ぐ合言葉
「最初の5分は整える」。これだけで無駄なスプリントが激減します。
ハーフタイムの飲み過ぎ・飲まなさすぎ対策
“少量を複数回”。一気飲みは腹が重くなり逆効果。電解質を忘れない。
暑さで集中が切れた瞬間の再起動法
全員で10秒の深呼吸→キーワード「影」で守備を整える→「転がす」でボールを保持。儀式化しておくと戻りが早いです。
実例:一人の無駄走りが全員の疲労に波及する
前線の空振りプレスが続くと、中盤は背後を消すために余計な往復を強いられます。トリガーを3つに絞るだけで“連鎖疲労”を断てます。
まとめ:猛暑で勝つための要点再確認
走力温存は“賢く戦う”技術
- やる局面を絞り、合言葉で一斉にスイッチ
- ボールを動かして人を休ませる
- メトリクス(心拍/RPE)で“上げ過ぎ”を回避
- 給水・冷却・交代を「計画」で回す
次の練習から取り入れられる一手
- 8対8+2の「転がす」ゲームを週2で実施
- スローインとFKの3手ルーティンを統一
- 合言葉「影/ブレーキ/転がす/刺す」を定着
- RPEハンドサインで場内コミュニケーションを可視化
猛暑の試合の注意点:走力温存のシーン別実例は、特別なスキルを要しません。決めたことを迷わず繰り返すだけで、終盤に脚が残り、判断の質が保たれます。次の一戦に向け、今日から仕込みを始めましょう。
