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ロスタイム(追加タイム)の考え方:基準と駆け引き

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ロスタイム(追加タイム)ほど、正しく理解しているかどうかで勝敗の確率が変わるテーマはありません。何分掲示されるのか、なぜ増えるのか、どう使い切るのか。競技規則の根っこを押さえつつ、終盤の駆け引きを言語化し、トレーニングに落とすための実戦ガイドです。

はじめに:なぜ「ロスタイム(追加タイム)」を正しく理解すべきか

勝敗を左右する「数分」の価値

90分を走り切ったあとに訪れる数分は、単なるおまけではありません。追加タイムは「有効プレー時間」を取り戻すために与えられる必然の時間。ここでの1つの判断、1つの再開スピード、1つの声かけが、1試合の価値をひっくり返します。終盤力は偶然ではなく、知識と準備から生まれます。

誤解されがちな用語と現代サッカーの潮流

「ロスタイム」「アディショナルタイム」「インジュリータイム」——言い方がいくつもあるため、意味が混線しがちです。さらに近年は、失われた時間をより厳密に積み上げる運用が広がり、表示分が伸びる傾向も。まずは言葉とルールをそろえ、そこから駆け引きの型を持ち帰りましょう。

用語整理:ロスタイム・アディショナルタイム・インジュリータイム

それぞれの意味と使われ方

  • ロスタイム:慣用的な日本語。失われた(ロスした)時間の補填というニュアンス。
  • アディショナルタイム(Additional time):公式文脈での「失われた時間の加算」を指す用語として一般的。
  • インジュリータイム:負傷対応由来の加算を強調した古い言い方。現在は包括的ではありません。

日本語表現と公式用語(IFABの競技規則に準拠)

IFAB競技規則(Laws of the Game)では、各ハーフの終了時に「失われた時間の補足(allowance for time lost)」を行うと規定されています。日本語では一般に「アディショナルタイム」または「追加タイム」と表記されます。延長戦(extra time)とは別物なので混同に注意してください。

放送・実況での慣用的な違い

放送では「ロスタイム○分」「アディショナルタイム○分」といった表現が混在します。意味は同じですが、ルール上は「最低○分の加算」であり、掲示分を超えて続くことがある点が重要です。

競技規則の基礎:追加タイムはどう決まるか

主審の裁量と第4の審判員の補助

加算時間を決めるのは主審です。第4の審判員は情報整理や表示で補助しますが、最終判断はあくまで主審。VARがある大会では、VAR関連の停止も主審の判断材料に入ります。

最低時間という考え方(増えることはある/短くはならない)

掲示されるのは「最低○分」。試合中にさらに時間が失われれば、その分は上乗せされます。逆に、掲示より短く終えることは基本的にありません(安全確保など特別な事情を除く)。

表示と終了のタイミング(笛が鳴るまでが試合)

時計が90+表示分を過ぎても主審の笛が鳴るまではプレー続行。終了間際のファウルでPKが与えられた場合、規則によりキック(および必要ならリテイク)までは時間が延長されます。

追加タイムの算出要素:何がどれだけ加算されるのか

選手交代に要した時間

交代は代表的な加算要素。スムーズに行えば数十秒、渋ればその分が上積みされます。交代時は最寄りの境界線から速やかに退場するのが原則です。

負傷・治療・脳振盪評価

負傷対応や脳振盪の評価は安全最優先。止まっている時間は加算対象です。ピッチ外での治療に移る場合も移動・判断にかかった分が見込まれます。

VAR・オンフィールドレビュー(実施大会の場合)

チェック/レビューに要した停止は原則全量が加算。長いレビューの試合ほど、表示が伸びやすくなります。

得点後のセレブレーション

ゴール後の祝祭も加算対象。喜びすぎて時間を消費すると、結局は終盤の相手の攻撃時間を増やすことになります。

懲戒処分(警告・退場)に伴う遅延

カード提示、抗議、退出の整理などで止まった分はカウントされます。集団抗議はリスクとロスが増えるだけです。

ゴールキック・フリーキック等の再開準備の顕著な遅延

ボールセットのやり直し、距離不足の修正などで止まった時間も加算。遅延で得た“つもりの”時間は後で返ってきます。

飲水・クーリングブレイク(認められる場合)

大会規定で設定されたブレイクは、停止時間がそのまま加算されるのが一般的です。

その他不可抗力(観客・用具・ピッチ状態など)

ネットの修理、ボールの破裂、侵入者対応など、試合外要因による停止も加算対象です。

最近の傾向:効果的プレー時間を伸ばす動き

精緻な計測で延びる追加タイムの背景

世界的に「有効プレー時間」を重視する流れが強まり、失われた時間をより正確に補う運用が浸透しています。結果として、ここ数年は表示分が長くなる試合が増えています。

大会・リーグによる運用の幅

指針の厳格さやVARの有無、試合運営の慣行により、同じ事象でも加算の“肌感”は大会ごとに差があります。遠征前にはその大会の傾向を把握しておくと終盤の作戦が立てやすくなります。

駆け引きの原理:終盤を制するチームマネジメント

スコア状況別のゲームプラン(勝っている/負けている/引き分け)

  • リード時:安全第一のゾーン管理と確実な前進。高リスクの縦パスは最小化。
  • ビハインド時:再開を最速化。ボールを外に出さず、攻撃回数を最大化。
  • ドロー時:大会状況に応じてリスク許容度を明文化。交代でギアを合わせる。

テンポコントロールとボール保持

終盤は「触る時間」を作ること。2対1のサポート角度、逆サイドチェンジの頻度、相手のプレッシングスイッチを外すリズムを共有しておきます。

速い再開(クイックリスタート)を使う局面判断

相手が集中を欠いた瞬間は、笛後すぐのクイックで一気に前進。逆に守る側は壁や配置を後回しにせず、GKと最寄り選手が即時の役割分担を。

セットプレーの準備と時間管理

終盤は30秒単位の勝負。主担当・二次担当・ショートオプションを事前に固定し、笛から実行までの動作を短縮します。

GKの配球スピードとキック選択

リード時は確実な保持につながるキック(短く安全、または外に出ない長いサイドチェンジ)。追う時は素早い再開と的確な投擲で前進距離を稼ぎます。

左右コーナーフラッグを使う終盤戦術

相手陣深くでのボール保持は合法的な時間管理。二人目、三人目の関与でスローインとファウルを引き出し、リズムを切ります。

交代の使い方:疲労管理と試合のリズム

足が止まるとファウルとロストが増えます。守備走力とボールの落ち着きを両立させる交代を、表示分まで見越して早めに準備。交代は合図から迅速に実行し、不要な上乗せを招かないこともポイントです。

グレーゾーンと反則の境界:フェアに戦い抜くために

再開の遅延での警告基準

意図的な遅延(セットのやり直し、わざとのキーパー交代要求など)は警告対象。短期的な得は、カードと上乗せで相殺されがちです。

ボールの不必要なキックアウェイ

笛後にボールを離す・蹴り出す行為は警告のリスクが高い行為。交代時にボールを持ち去るのも同様です。

交代時の遅延とその扱い

最寄りからの退場が原則。遠回りや過度な歩行は遅延とみなされる場合があります。

シミュレーションや仮病のリスク

不正な倒れ方は警告対象になるだけでなく、チームとしての信用を落とします。倒れるなら理由が必要、立てるなら続行が基本です。

スローイン位置の不正確さと是正

明らかな位置ずれはやり直し、繰り返せば遅延で警告の可能性。数メートルの前進より、素早い再開のほうが価値が高い場面は多いです。

審判とのコミュニケーション:余計なカードを避ける

キャプテンの役割と要点の伝え方

要望は簡潔に、感情より事実で。例えば「相手の交代が戻っていないので再開を遅らせてほしい」など、具体の事象で伝えると伝わりやすいです。

抗議の線引きとルール理解

集団で取り囲む抗議はカードと上乗せを招きます。ルールと傾向をチームで共有し、必要な場面だけキャプテンが代表して伝える仕組みを。

追加タイム掲示後の追加加算への理解

掲示後も新たな遅延があれば加算されます。ここでの無駄な抗議は自ら相手の攻撃時間を増やす行為。冷静さが一番の武器です。

トレーニングで磨く「終盤力」

終盤特化のゲーム形式(スコア/時間条件付き)

  • 90分想定ゲームの最後10分だけ別ルール(ファウルで時計停止、再開10秒以内など)。
  • 片方は1点ビハインド、もう片方はリードの条件付きでスタート。

リード時のボール保持ドリル

3対2のサイド局面での保持→スローイン獲得→再保持までを一連で。タッチ数制限と逆サイドのスイッチも織り交ぜます。

追う展開の速攻・再開トレーニング

スローイン・FK・GKの再開を「10秒以内にプレー」を合言葉に。ボールボーイがいない前提での回収動線も訓練します。

セットプレーの30秒想定リハーサル

主担当、ショート、ニア・ファーの合図を固定し、主審の位置確認→キックまでの段取りを時短。コールを統一して迷いを消します。

メンタルスキル:焦りを制御する呼吸と合図

深呼吸3回、合言葉1つ(例:リセット)をチーム文化に。残り時間が少ない時ほど、最初のタッチを丁寧にする共通認識を作ります。

交代と役割交代の事前設計

「表示分が長くなる前提」でプランBを用意。終盤のファウルを避けるため、累積の選手を早めに代える選択肢もセットにしておきます。

データで読む追加タイム:可視化とベンチワーク

ストップウォッチ運用の実務

ベンチは専用ストップウォッチを2本。1本は試合の経過、もう1本は「止まった秒数の累積」。主な停止(交代、治療、VAR、ゴール、カード)を10秒単位でメモすると、掲示予測の精度が上がります。

有効プレー時間と加算見込みの記録

前半・後半で停止の合計を出す習慣を。後半は傾向として長くなりがちなので、残り15分の選手交代と戦術調整に反映させます。

ベンチからの指示テンプレート

  • 追う展開:「すぐ再開」「ショートOK」「リスク許容2段階アップ」
  • 守る展開:「スローで良い」「外に出すな」「コーナーで保持」
  • ニュートラル:「ファウル厳禁」「ボールを動かす」「相手のセットを待たせない」

年代・カテゴリ別の配慮

学生年代の運用上の留意点

第4の審判員が不在の試合や、掲示がない大会もあります。主審の裁量が相対的に大きくなるため、ベンチの自己管理(停止の記録、交代の迅速化)がより重要です。

少年サッカーでの安全最優先

負傷時は躊躇なく停止を要請。時間より安全。脳振盪が疑われる場合はプレー続行させない判断を優先します。

女子・アマチュアでの大会規定差

飲水タイムや交代枠、延長戦の有無などは大会によって異なります。終盤設計は大会要項の確認から始めましょう。

よくある誤解の整理

追加タイムは固定値ではない

掲示は目安ではなく「最低値」。その後に失われた時間は加算されます。

表示時間=必ずその分で終了ではない

90+表示分を過ぎても、主審の笛が鳴るまで続きます。PKが与えられた場合はキックまで延長されます。

時間稼ぎは必ず得をするわけではない

遅延で稼いだ時間は上乗せで戻り、警告リスクも高まります。フェアで合理的なゲームマネジメントのほうが結果的に得をします。

実戦ケーススタディ

1点リード・アウェイ・残り5分

  • 原則は相手陣でのプレー時間を長く。コーナー付近での2人保持、スローインの獲得を狙う。
  • 背後クリアは外ではなくライン際へ。相手のクイック再開を防ぐ。
  • 交代は速やかに実施し、リスタートに備えた配置を事前共有。

同点・ホーム・連戦の中日

  • 勝点3を狙うが、無理なパワープレーでの被カウンターは回避。セットプレーの質に集中。
  • 再開は速く、守備時のファウルはペナルティエリア前を避ける。

1人少ない状況での終盤

  • 最終ラインを5枚化、ハーフスペースの埋めを徹底。奪ったらファウルを誘うタッチで時間を得る。
  • ボール保持は2タッチ以内、逆サイドの長い解放を織り交ぜる。

VAR介入後のリスタート管理

  • 長時間の停止後は集中が切れやすい。GKとCBが声で再整列を指揮。
  • 再開合図までにセットプレーの役割確認を素早く再共有。

ルールのアップデートを追う方法

公式資料の読み方(IFAB競技規則・通達)

毎シーズン改訂が行われます。該当条文(試合時間、失われた時間の補足、懲戒)と、通達・ガイダンスの両方を確認すると実務がわかりやすいです。

大会要項のチェックポイント

  • VARの有無と対象事象
  • 飲水/クーリングブレイクの規定
  • 交代枠・交代回数・延長戦の有無
  • 第4の審判員の配置有無

まとめ:数分を味方に

原理の理解とトレーニングへの落とし込み

「加算は最低値」「時間は返ってくる」——この2つを軸に、再開スピードとセットプレーの段取りを鍛えること。終盤専用の練習で、判断と合図を標準化しましょう。

試合現場での意思決定フレーム

  • 状況把握:スコア、残り(掲示)時間、相手の配置
  • 優先順位:守るか、奪って保持か、速攻か
  • 実行:再開の速さ、交代、セットの質、ファウル管理
  • 修正:次の笛までに合図で微調整

終盤の数分は、知っているかどうかで確実に差が出ます。ルールを味方に、駆け引きを稽古し、勝率を1%ずつ積み上げていきましょう。

あとがき

ロスタイム(追加タイム)は曖昧な運の時間ではなく、準備次第でコントロールできる「設計の時間」です。チームの共通言語を作り、日々の練習で磨くことで、最後の笛が鳴るまで強いチームになれます。

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