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導入:補食のタイミング目安、サッカー現場の定石を自分の武器にする
走る、止まる、切り返す、また走る。サッカーは90分を通してエネルギーの切り替えを何度も迫られるスポーツです。だからこそ「いつ・何を・どれくらい食べるか」という補食の設計は、技術や戦術と同じくらい差がつく領域。この記事では、補食のタイミング目安を軸に、サッカー現場で使われる定石と個別最適化のコツをまとめました。図解はなくても、今日から動ける具体と数字でガイドします。
補食の役割を正しく理解する
補食・間食・リカバリー食の違い
言葉が似ていて混同しやすいので整理します。
- 補食:練習・試合の前後や合間に、目的(パフォーマンス維持・素早い回復)のために戦略的に摂る小さな食事。主役は炭水化物。
- 間食:日常の食事間に摂る軽食。必ずしも競技目的でなく、空腹対策や総摂取量の底上げが中心。
- リカバリー食:運動直後に回復を狙って摂る食事。炭水化物+たんぱく質+水分・電解質のセットが基本。
サッカーでは「補食」と「リカバリー食」を状況に応じて使い分けるのが要点です。
グリコーゲンとエネルギー供給の基礎
高強度の動きは主に筋グリコーゲン(筋肉に蓄えられた糖)に依存します。筋グリコーゲンは90分の試合で大きく減り、後半や延長でのスプリント低下や意思決定の遅れにつながります。前後の補食は「グリコーゲンを満たす・守る・素早く戻す」ためにあります。
サッカー特有の反復スプリントと栄養需要
サッカーは有酸素的な走行の中に、無酸素的なダッシュや方向転換が頻発する競技。平均走行距離はポジションで差はあるものの、反復スプリント能力が勝負を分けます。高強度の反復には糖質が不可欠。つまり補食の設計が、ラストの5メートルや一瞬の寄せに直結します。
補食のタイミング目安—サッカー現場の定石
練習・試合の3〜4時間前:主食中心で満たす準備食
目標はグリコーゲンの充填と胃の落ち着き。炭水化物を1〜4 g/kgの範囲で(時間が長いほど多め)摂り、脂質と食物繊維は控えめにします。
- 例:白米+うどん、あんぱん+バナナ、オートミール(低脂肪牛乳 or 豆乳)+はちみつ
- 避けたい:揚げ物・濃いクリーム・大量のサラダ(繊維)・辛いもの
60〜90分前:軽めの補食(消化の負担を抑える)
狙いは血糖の落ち込み防止と即効エネルギーの確保。低脂肪・低繊維で炭水化物25〜40 gを目安に。
- 例:カステラやどらやき1個、ようかん1本、バナナ1本、ゼリー飲料1パウチ、オレンジジュース200〜300 ml
- 胃が弱い選手は液体中心(ジュース・ゼリー)にすると安定しやすいです。
ウォームアップ直前〜キックオフ前:即効エネルギーに切り替える
直前は吸収の速い炭水化物を少量(10〜20 g)と少しの水分。口をゆすぐだけの「カーボリンス(炭水化物含有飲料で口をすすぐ)」も、短時間の集中と主観的きつさの軽減に役立つ場合があります。
- 例:スポーツドリンク数口、エネルギージェル半分、ブドウ糖タブレット1〜2個
試合中・ハーフタイム:持久力を落とさない補食の量と選び方
ハーフタイムやプレーの合間で、炭水化物20〜30 g+水分・電解質を補給。全体として30〜60 g/時を目安に調整します(選手の許容量によって変わります)。
- 例:スポーツドリンク(6〜8%濃度)200〜400 ml+ゼリー飲料1個、オレンジジュース小パック+ようかん
- 暑熱時はナトリウムも意識(1時間あたり300〜600 mgを目安に)。
練習・試合直後0〜30分:ゴールデンタイムの補食
即座に炭水化物1.0〜1.2 g/kg/時のペースで摂り始めると、グリコーゲン回復が進みます。たんぱく質は20〜30 g(目安)を合わせると筋修復に好都合。水分・電解質もここでセットに。
- 例:おにぎり2個+低脂肪乳500 ml、あんぱん+ヨーグルトドリンク、ゼリー飲料+プロテインドリンク
30分〜2時間後:本復食へ橋渡しする補食
できるだけ早く通常の食事へ。移動中などで難しい場合は、炭水化物+たんぱく質の比率を意識した「もう一回の補食」を挟みます。
- 例:ハムチーズサンド(薄切りパン)+フルーツ、ツナおにぎり+味噌汁(減塩でOK)
同日複数試合・連戦時のリピートサイクル
試合間隔が短い日は「少量をこまめ」が原則。毎時間あたり30〜60 gの炭水化物を、消化しやすい形で回します。トイレ事情や移動動線に合わせて、ゼリー・飲料・ようかん・柔らかいパンなどをローテーションしましょう。
量の目安と設計:体重・時間・強度で決める
炭水化物の目安(g/kg)と時間別の摂り分け
- 3〜4時間前:1〜4 g/kg(例:体重60 kgなら60〜240 g。試合の重要度・個人差で調整)
- 60〜90分前:0.5 g/kg目安(60 kg→約30 g)
- 試合中:30〜60 g/時(吸収に慣れた選手は最大90 g/時まで狙うケースもありますが、まずは30〜45 g/時から)
- 直後0〜30分:1.0〜1.2 g/kg/時のペースで摂り始め、2〜4時間継続
タンパク質・脂質・微量栄養素の位置づけ
- たんぱく質:直後20〜30 g、その後の食事で体重×1.6〜2.2 g/日を目安に分割。胃が弱い場合は液体で。
- 脂質:直前は少なめ、普段の食事で良質な脂質(魚・ナッツ・オリーブ油など)を確保。
- 微量栄養素:鉄・ビタミンD・カルシウムは不足しやすい項目。血液検査や医療の指導に沿って管理を。
体重50/60/70kgのモデルケース
- 60〜90分前の補食例(0.5 g/kg)
- 50 kg:25 g(バナナ1本+スポーツドリンク少量)
- 60 kg:30 g(ようかん1本+水)
- 70 kg:35 g(カステラ1切れ+水)
- 直後の炭水化物(1.2 g/kg)
- 50 kg:60 g(おにぎり1.5個+ジュース)
- 60 kg:72 g(おにぎり2個)
- 70 kg:84 g(あんぱん1個+ゼリー飲料)
延長戦・120分ゲーム・高強度二部練の対応
- 延長戦:ハーフタイムと延長開始前に、合計20〜40 gの炭水化物+ナトリウムを追加。
- 120分ゲーム:総補給量を全体で30〜60 g/時に収めつつ、胃の余裕に応じて分割。
- 二部練:午前後すぐのリカバリー補食(C1.0〜1.2 g/kg+P20〜30 g)→昼食→午後前の60〜90分前補食をルーティン化。
シーン別・年齢別の実装ガイド
高校部活の平日スケジュールに合わせた補食設計
例:放課後16:30練習開始の場合
- 昼食12:30:主食しっかり(ご飯・パン+麺など)
- 15:30:60分前補食(30 g前後)
- 18:30終了:直後補食(C1.0 g/kg+P20 g)
- 20:00:夕食で本復食
週末の遠征・大会日のタイムライン
- 移動中は食べやすいパッケージ(ようかん、ゼリー、あんぱん、小分けナッツ少量など)を分けて準備。
- 試合間は「液体→半固形→固形」の順で胃腸負担を下げる工夫が有効です。
朝練・ナイトゲームでの補食調整
- 朝練:起床直後に液体の炭水化物(ジュース、はちみつ水、ゼリー)を少量でも。終わってすぐリカバリー補食。
- ナイトゲーム:昼食で主食を厚めに、16〜17時に軽い補食、19時前に直前補食を追加。
成長期の選手が優先すべきポイント
- 総エネルギー不足は故障・パフォーマンス低下のリスク。体重推移・疲労感に注意。
- カルシウム・鉄は食事で優先。乳糖不耐は豆乳や乳糖低減製品で代替を。
現場で使える補食リスト(コンビニ・学校で完結)
すぐエネルギーになる選択肢
- おにぎり、あんぱん、カステラ、ようかん、バナナ、ゼリー飲料、オレンジジュース、低濃度スポーツドリンク
胃にやさしい選択肢(低脂肪・低繊維)
- 白パンのサンド(具はあっさり)、低脂肪ヨーグルト、米粉パン、米麺、ポタージュ(油少なめ)
コストを抑える自作レシピ案
- はちみつおにぎり(塩少々+はちみつ薄塗り)
- 手作りおしるこ(低糖版)やフルーツ寒天
- 粉飴(マルトデキストリン)を溶かした自作ドリンク+塩
アレルギー・食物制限への配慮
- 乳アレルギー:豆乳ヨーグルト、豆乳ココア、豆腐スムージー
- 小麦不耐:おにぎり、米粉パン、春雨スープ
- ナッツアレルギー:原材料表示を必ず確認。共通ライン製造の注意喚起に留意。
水分・電解質と補食の連携
発汗量に応じた水分・ナトリウム戦略
- 目安の発汗量把握:練習前後の体重差+摂取量−尿量で推定。1 kg減=約1 Lの水分損失。
- 運動中の補給:0.4〜0.8 L/時を目安に個別調整。
- リカバリー:失った量の約150%を4時間かけて補うと戻りやすい。
- ナトリウム:300〜600 mg/時を目安。大量発汗や塩白い汗染みが出る選手は高めに。
スポーツドリンクの選び方(濃度・量の目安)
- 濃度:6〜8%(60〜80 g/L)が一般的。暑熱時や胃が弱い場合は4〜6%に薄めてもOK。
- 組成:ブドウ糖・麦芽糖・果糖のブレンドは吸収効率を高める場合があります。
暑熱・寒冷・高地での調整ポイント
- 暑熱:水分・ナトリウムを優先。固形より半固形・液体中心。
- 寒冷:水分摂取が落ちやすいので、温かい低脂肪スープやホットスポドリで量を確保。
- 高地:呼吸量増・食欲低下が起きやすい。小分けの補食回数を増やして総量を確保。
ポジション・戦術で変わる視点
MF/サイド/CF/DF/GKの活動特性と補食
- サイド・MF:高い走行距離と反復スプリント。試合中の炭水化物補給を優先。
- CF:スプリントと対人で瞬間的高出力。ハーフタイムの即効糖+水分で後半のキレを維持。
- CB・SB:対人・スプリント・空中戦が混在。汗量の個人差に応じてナトリウム量を微調整。
- GK:総量は少なめでも可。集中維持のため、ハーフタイムの少量糖質+水分は有効。
ハイプレス・ポゼッションなどゲームモデル別の考え方
- ハイプレス:前半から高強度。キックオフ前の即効糖+ハーフタイムの補給を厚めに。
- ポゼッション:走行距離は長く、変動も多い。安定供給のために試合中の少量・高頻度補給。
個別最適化と“胃腸トレーニング”
休日に試す→本番で使うの原則
食べ物・飲み物は練習と同じ。新しい補食は休日練や強度低めの練習で試し、量とタイミングを調整してから公式戦へ。
炭水化物摂取量を引き上げる練習
- 週1〜2回、練習中に30→45→60 g/時と段階的に増量し、胃腸の許容量を慣らす。
- ジェル・ドリンク・固形をローテーションして、相性を見つける。
血糖の波を抑える工夫とGIの使い分け
- 3〜4時間前:中GI中心(白米・うどん・カステラ)
- 60〜90分前:中〜高GIを少量
- 直後:高GIで素早く回復、その後はバランス良く
よくある失敗とリスク管理
食べ過ぎ・食べなさすぎ・タイミングのズレ
- 直前に食べ過ぎ→胃もたれ・横隔膜痛。直前は少量・液体中心に。
- 食べなさすぎ→後半の失速。60〜90分前の補食を習慣化。
- タイミングのズレ→バス遅延などの揺れに備え、携帯できる補食を常備。
消化不良・腹痛を避けるコツ(繊維・脂質・乳糖)
- 繊維:直前は生野菜や玄米を控え、白米や白パンへ。
- 脂質:バターや揚げ物は直前NG。量を減らす。
- 乳糖不耐:乳製品でお腹が緩む人は乳糖低減品や豆乳に変更。
サプリメント利用の注意点(未成年・アンチ・ドーピング)
- 未成年はまず食事で整える。サプリは必要性と安全性を確認の上、保護者・指導者と相談。
- ドーピング対策:第三者認証(例:Informed-Sportなど)の製品を選ぶ。最新情報は公的機関のサイトで確認。
効果を測る:自己モニタリングと微調整
体重・尿色・主観的疲労(RPE)のトラッキング
- 体重:朝一と練習前後で記録。急激な減少は水分不足のサイン。
- 尿色:淡いレモン色を目安に。濃い→水分・電解質不足の可能性。
- RPE:練習のきつさを10段階で記録し、補食の効果を照合。
練習日誌への記録テンプレの考え方
- 「いつ・何を・どれくらい・どう感じた」を簡潔に。例:15:30 どらやき1個(炭水化物35 g)→体が軽い。
2〜4週間でのトライ&アジャスト手順
- 週ごとに一つの変数(量・タイミング・品目)だけ変える。
- 試合で使う前に最低2回は練習で再現。
導入を現場で回す:チーム運用の定石
役割分担(補食担当・在庫管理・共有ボード)
- 担当者を決め、持ち寄りリストと在庫表を管理。冷温の保管係も決める。
ルール例と共有方法(集合前・解散後の補食)
- 集合時:直前補食を各自確認。ハーフタイム配布の場所と動線を事前共有。
- 解散時:直後補食を配布。ゴミ回収ルールを徹底。
予算・衛生・保管温度の管理
- 常温保存できる選択肢を中心にしつつ、暑熱時はクーラーボックス+保冷剤を用意。
- 共有の水筒・ボトルの回し飲みは避ける。ボトルに名前を明記。
FAQ:現場からの質問に答える
朝食が入らないときの代替案
- 液体中心に:バナナ+ヨーグルトドリンク、オレンジジュース+カステラ、はちみつレモン水+ゼリー。
- 起床直後に少量→移動中にもう一口で分割。
胃が弱い・試合前に緊張する選手の補食
- 低脂肪・低繊維・常温に近いもの。ようかん、白パン、薄めスポドリ。
- 直前は液体少量で。カフェインは個体差が大きいため、未経験の本番投入は避ける。
減量・増量中の補食調整
- 減量:パフォーマンス優先のタイミング(直前・直後)はカットしない。総量はオフ時間で調整。
- 増量:直後補食にたんぱく質と炭水化物を十分確保し、就寝前に軽いたんぱく源を追加。
科学的根拠と参考リソース
国際ガイドラインの要点(要約)
- 試合前1〜4時間:炭水化物1〜4 g/kg、脂質と繊維は控えめ。
- 運動中:30〜60 g/時(状況により最大約90 g/時まで)。
- 運動後:最初の数時間は炭水化物1.0〜1.2 g/kg/時+たんぱく質20〜30 g、十分な水分・ナトリウム。
信頼できる学習リソースの紹介
- American College of Sports Medicine(ACSM)立場声明
- IOC(国際オリンピック委員会)スポーツ栄養コンセンサス
- FIFAの医科学関連リソース
- 日本アンチ・ドーピング機構(JADA)
まとめ:今日から実行できる補食タイムライン
時間帯別の行動チェックリスト
- 3〜4時間前:主食中心で1〜4 g/kg。脂質・繊維控えめ。
- 60〜90分前:炭水化物25〜40 g、消化に優しいもの。
- 直前:10〜20 gの即効糖+数口の水分。
- 試合中/HT:30〜60 g/時を分割、ナトリウムも確保。
- 直後0〜30分:C1.0〜1.2 g/kg+P20〜30 g+水分・電解質。
- 30分〜2時間:本復食へ橋渡し、移動中は携帯補食を活用。
連戦に強くなるための3つの定石
- 定石1:少量をこまめに—胃腸に優しい形で、合計量を落とさない。
- 定石2:水分+ナトリウムの同時管理—体重・尿色・RPEで日々微調整。
- 定石3:休日に試す→本番で使う—補食も練習して「自分の型」を作る。
補食は“知っているかどうか”以上に、“回せる仕組みがあるか”が勝負です。今日の練習から一つだけでも導入し、2〜4週間で手応えを確認してみてください。ラスト5分の自分を、確実に後押ししてくれます。