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サッカーRSAテスト方法|反復スプリントを科学的に測る5手順
「ゲーム終盤に足が止まる」「連続ダッシュの精度が落ちる」。その正体は、反復スプリント能力(Repeated-Sprint Ability:RSA)の不足かもしれません。RSAは、短いダッシュを短い回復を挟みながら何度も繰り返す力。サッカーのゴール前、トランジション、プレスバックなど、勝敗を分ける局面で露骨に差が出ます。
この記事では、サッカー選手(高校生以上)と保護者・指導者向けに、RSAを「科学的に」「再現性高く」測定するための5手順と、データの扱い方・トレーニングへのつなげ方まで一気通貫で解説します。嘘や誇張は避け、研究で一般的に用いられる指標をベースに、現場で使える工夫も添えてお届けします。
序章:反復スプリント能力(RSA)とは何か
RSAの定義とサッカーでの重要性
RSAは「全力に近い短距離ダッシュを、短い休息を挟みながら、複数回繰り返す能力」を指します。サッカーはストップ&ゴーの連続競技で、スプリント→回復→再スプリントの質がパフォーマンスに直結します。トップスピードだけでなく、加速・減速・ターンの反復に耐える力が鍵です。
高校生以上の選手と保護者が知っておくべきポイント
- RSAは「瞬発力×回復力×反復の技術(ターン・減速)」の掛け算。どれか一つが弱いと総合成績が落ちます。
- 測定は練習と同じくらい大切。数値化すると、練習の方向性が明確になり、ケガの予防にもつながります。
- 高校生は成長期の影響を受けやすいので、間隔を空けた定期測定で「長期の傾向」を見るのが安全・有効です。
科学的根拠の概略(研究で示される関連性)
RSAは、サッカーの試合中スプリント回数や高強度走行距離と関連することが報告されています。研究では、平均タイム・合計時間・パーセンテージスローダウン(%SDec)などの指標を用いて、持久的能力(有酸素能力)や無酸素代謝の耐性と関係づけて解釈するのが一般的です。テスト-再テストの信頼性は、機材やプロトコルの標準化で大きく左右される点にも注意が必要です。
測定前の準備
対象者の選定とコンディション確認(疲労・怪我の有無)
- 対象:高校生以上のサッカー選手。成長痛や急性痛がある場合は実施しない。
- 前日〜当日:睡眠7時間以上、激しいトレーニングは24〜48時間空けるのが望ましい。
- 実施前チェック:RPE(主観的疲労)、筋肉痛、頭痛・めまい、発熱の有無。1つでも該当したら延期を検討。
テストの頻度とタイミング(シーズン中/オフ期)
- オフ期〜プレシーズン:2〜4週間に1回。トレーニング計画の微調整に活用。
- インシーズン:4〜8週間に1回。試合の合間に疲労が少ないタイミングで。
- 同一条件の確保:曜日・時間帯・サーフェス・シューズを可能な限り固定。
ウォームアップの具体例と推奨時間
推奨20〜25分。
- 5分:軽いジョグ+ダイナミックストレッチ(股関節・ハム・ふくらはぎ・足首)。
- 8分:ランニングドリル(スキップ、ハイニー、バットキック、カラダのひねり)。
- 5分:加速走×4〜6本(10→20→30m)、減速練習と180度ターン2〜3回。
- 2分:短い全力スプリント(90〜95%)を2本、完全回復で実施。
テスト実施のための機材・環境
必要な機材(ストップウォッチ/レーザー/GPS/スプリットマット等)
- ベーシック:高精度ストップウォッチ(0.01秒表示)、コーン、メジャー、ホイッスル、記録用紙。
- 推奨:光電管タイミングゲート(フォトセル)またはレーザータイミング。人手誤差が大きく減ります。
- オプション:10Hz以上のGPS/IMUでスプリントの速度・加速度を補足。屋内はIMU系が有利。
- 補助:スマホの高フレーム撮影(240fps)でゴール通過のバックアップ確認。
計測精度を上げるための配置と設定
- ラインの明確化:スタート・折返し・ゴールをコーンとテープで可視化。
- ゲート高:腰〜胸の高さで統一。スタンディングスタートに適合。
- スタート方法:反応時間を含めるなら合図音、含めないなら「フライング検出なしのセルフスタート+ゲート起動」に統一。
- 担当分担:タイム係、休息カウント係、ラップ記録係を分けると誤記が減る。
屋外と屋内での注意点(ピッチ状態・天候)
- 屋外:風速・気温・芝の長さ・湿度で結果が変動。可能なら無風〜微風、乾燥、均一なピッチで実施。
- 屋内:床材(ウレタン/木床)でグリップが変化。スパイク不可の場合はトレーニングシューズで統一。
- 安全:濡れた人工芝や凍結路面は中止。ターン動作を含むため転倒リスクが上がります。
5手順で行うRSAテストの実施手順
手順1:コース設定と距離・反復回数の決定(サッカー向け推奨)
推奨プロトコル(サッカー向け標準):
- 6 × 30mシャトル(15m往復、180度ターン)
- 休息:各ダッシュ間20秒(受動回復・その場待機)
- 目的:加速・減速・ターンを含み、試合の動きに近い負荷を再現
代替プロトコル(環境や目的に応じて選択):
- 7 × 35m直線(休息25秒)…ターンなしで純粋な反復スプリント。
- 10 × 20m直線(休息20秒)…加速寄りの刺激、狭いスペースでも可能。
チームで比較する時は、同じプロトコルに固定してください。プロトコルが変わると数値の比較ができません。
手順2:統一したスタート方法と合図の運用
- スタート姿勢:立位、前足のつま先はスタート線の後ろ。動作キューは「Ready → 3,2,1, ビープ」。
- 反応時間の取り扱い:合図音を用いる場合は全員同条件で。セルフスタートなら、前傾姿勢や踏み切り位置を統一。
- フライング防止:スタートライン越えは無効。必要に応じてやり直し。
手順3:各スプリント中の計測(タイム計測とラップ記録)
- 計測は各本の所要時間を0.01秒まで記録。タイミングゲートの場合は自動記録を確認。
- 手動の場合:2名の計測者で同時計測し、平均を採用(誤差低減)。
- シャトルでは折返しラインを踏み切ることを必須条件に。未達は無効。
手順4:休息時間の管理と統制(能動回復の可否)
- 休息管理:タイマーで20秒固定。合図に遅れたら次は中止判断も検討。
- 回復方法:原則「受動回復(その場待機)」で統一。能動回復(歩行等)を使うなら全員同条件で。
- 水分補給:テスト中は少量のみ。大量摂取は動作に影響。
手順5:終了後のクールダウンと即時データ保存
- クールダウン:3〜5分のウォーキング、軽いストレッチ。
- 即時保存:紙とデジタルの二重保存。スマホ撮影・スクリーンショットもバックアップに有効。
- メモ:気温、風、サーフェス、シューズ、体調(RPE)を記録して再現性を高める。
データの記録と品質管理
手書き/デジタル記録の推奨フォーマット
推奨項目:日付/選手名/プロトコル/各本のタイム(1〜n)/ベスト(BT)/平均(MT)/合計(TT)/%SDec/備考(環境・体調)。
誤差を減らすための二重計測と校正
- 手動計測は2名で平均化。差が大きい(0.10秒以上)場合は動画で確認。
- ゲートは開始前に校正(設置高さ・光軸・反応確認)。
- スタート・ターン・ゴールのライン判定は責任者を固定。
再現性を高めるための標準化チェックリスト
- 同一時間帯/同一サーフェス/同一シューズ
- 同一ウォームアップ/同一スタート手順/同一休息
- 同一機材設定/同一測定者(可能なら)
解析方法と評価指標(科学的に解釈する)
基本指標:平均タイム・ベストタイム・合計時間
- ベストタイム(BT):各本の最速。加速・最高速度のピークを反映。
- 平均タイム(MT):総合力。反復の安定性も含む。
- 合計時間(TT):全本の合計。総合パフォーマンスとしてシンプルで比較しやすい。
疲労指標:パーセンテージスローダウン(%SDec)とフォームファクター
%SDec(Percentage Decrement)は反復での落ち込みを数値化します。
計算式:%SDec = 100 × ( TT ÷ (BT × 本数) − 1 )
例:6本のタイムが 5.10, 5.23, 5.35, 5.47, 5.52, 5.50 秒なら、BT=5.10、TT=32.17、%SDec ≈ 5.13%。
フォームファクター(主観観察):姿勢・接地・ターン品質の崩れを0(良好)〜2(大きく崩れる)で各本評価し、合計または平均で可視化。科学的指標ではありませんが、技術的課題の抽出に役立ちます(主観であることを明記)。
変動性と信頼性:標準偏差と最小検出差(SD/SEM)の活用
- 標準偏差(SD):各本のばらつき。大きいほどペース維持が苦手。
- テスト-再テストでの標準誤差(SEM):典型的誤差(TE)に相当。再測定2回の差のSDを用いて SEM ≈ SDdiff ÷ √2。
- 最小検出差(MDC):MDC ≈ 1.96 × √2 × SEM。MDCを超える変化は「実質的な変化」と解釈しやすい。
個別評価のための基準設定(高校生向け実例)
チームや年代で一律基準を決めるより、自分自身のベースラインからの変化で評価するのが安全です。実例の読み方:
- BTは向上、%SDecが大きい:単発スピードは伸びたが持久的反復が課題 → 反復スプリント持久の強化。
- BTは横ばい、MT・TTが向上:反復力・回復力が改善 → 現プログラム継続。
- SDが大きい:ペース配分やターン技術に課題 → 技術ドリルと減速スキル練習を追加。
結果のフィードバックとトレーニングへの応用
短所別の練習メニュー例(スプリント持久力/加速/回復力)
- スプリント持久力(%SDecが高い):2セット ×(6 × 30mシャトル/休息20秒)、セット間3〜4分。フォーム維持を最優先。
- 加速(BTが伸びない):10〜20m加速走×6〜10本(完全回復)。ソリ抵抗スプリント(体重の10〜20%)も有効。
- 回復力(MTは悪化、BTは良好):15秒走+15秒休を8〜10分×2セット(フィールド周回またはシャトル)。
- ターン技術:減速→体幹固定→方向転換→再加速の分解練習。マーカー間での “進入スピード管理” を学習。
- ゲーム形式:小規模ポゼッション(3v3〜5v5):ピッチを小さめ、レスト短めでRSA刺激。
周期的評価と進捗管理の方法(ロードマップ)
- 4週サイクル:Week1評価 → Week2-3強化 → Week4調整+再評価。
- ダッシュ量の漸進:総ダッシュ数、休息、セット数のいずれか1変数のみを段階的に増やす。
- ダッシュ日と試合日をずらす:試合48時間前はRSA高強度は避けるのが無難。
保護者ができるサポート(記録補助・栄養・休養管理)
- 記録補助:タイム読み上げ、休息カウント、動画撮影でサポート。
- 栄養:炭水化物を不足させない、トレ後30分以内にたんぱく質+炭水化物補給。水分と電解質も忘れずに。
- 睡眠:高校生は8時間を目安。就寝前のスマホ使用を控え、リカバリーを最優先。
よくある誤りと安全上の注意点
テスト時によくある手順ミスとその防止策
- 休息が毎回ばらつく → カウント係を固定し、タイマー音で統一。
- ターンライン未達 → 足元テープで視認性を上げ、判定者を置く。
- スタート方法が毎回違う → スタート合図と姿勢を事前にリハーサル。
怪我リスクの見分け方と中止基準
- 鋭い痛み、しびれ、ふらつき、視界異常が出たら即中止。
- ハムストリング・ふくらはぎの違和感が増す場合は中断し、リスク評価を優先。
- 熱中症警戒アラート時は屋内へ切替か延期を推奨。
データ解釈での陥りやすい誤謬(サンプルサイズ・環境差)
- 単回結果で断定しない:2〜3回の測定で傾向を見る。
- 環境差を無視:サーフェス・風・気温の差で0.1〜0.3秒変わることも。
- 他チーム比較の乱用:プロトコルが違うデータは単純比較不可。自分の過去との比較が基本。
実践チェックリスト(この記事を使ったワンページまとめ)
実施前チェック項目(機材・体調・環境)
- 機材:ストップウォッチ2台 or タイミングゲート、コーン、メジャー、タイマー、記録用紙
- 体調:睡眠・食事・痛みなし/RPE確認
- 環境:同一サーフェス、風弱い、気温・湿度メモ
- ウォームアップ:20〜25分ルーティン完了
実施中チェック項目(計測・休息管理)
- スタート合図統一/フライングなし
- 折返しライン踏破確認
- 休息20秒を厳守(受動回復)
- 二重計測とその場記録
実施後チェック項目(保存・解析・フィードバック)
- BT/MT/TT/%SDec計算、フォームメモ
- データを紙+デジタルで保存、環境条件も添付
- 課題別トレーニングへ即反映、次回日程確定
FAQ(よくある質問)
どの距離・回数がサッカーに最適か?
15m往復の30mシャトル×6本(レスト20秒)は、加速・減速・ターンを含み、フィールドの動きに近いため汎用性が高いです。直線が目的なら35m×7本なども使われます。重要なのは、同じプロトコルで継続的に比較することです。
何歳から実施すべきか?/成長期での注意点
高校生以上を推奨。中学生以下は、成長段階や運動経験に個人差が大きく、全力反復ダッシュの負荷が過剰になる場合があります。実施するなら本数を減らし、フォーム重視で安全第一に。痛みがあれば中止してください。
週何回・シーズン中はどの頻度で測るべきか?
評価はオフ期で2〜4週間に1回、インシーズンで4〜8週間に1回が目安。毎週の実施は疲労と干渉しやすく、トレーニング効果が見えにくくなります。
簡易計測でどこまで信頼できるか?
ストップウォッチは人手誤差(0.1秒前後)が出やすいですが、二重計測と平均化、条件の標準化で実用レベルに近づけられます。可能ならタイミングゲートを使うと再現性が大幅に向上します。
参考文献・信頼できる情報源
学術論文やレビューの探し方(キーワード例)
- “repeated sprint ability soccer test”
- “percentage decrement score RSA”
- “test-retest reliability sprint shuttle”
- “intermittent exercise performance football”
国内外のガイドラインや現場報告の参照方法
- Sports Medicine、Journal of Sports Sciences、JSCRなどの査読誌。
- 国内学会・協会のフィジカルガイドライン、競技現場の実践レポート。
さらに学ぶための推奨教材とツール
- トレーニング科学の教科書(短距離・無酸素系・インターバルの章)。
- タイミングゲート入門資料、GPS/IMUのユーザーマニュアル。
- データ処理テンプレート(スプレッドシートで%SDecやMDC計算式を準備)。
まとめ(行動に移すための次の一歩)
まず試すべき具体的な最短プラン
- 今週末:6×30mシャトル(20秒レスト)で初回テスト。BT/MT/TT/%SDecを算出。
- 来週〜再来週:結果に応じたメニューを週2回、合計2週間。
- 3週目末:同条件で再テストし、MDCを目安に変化判定。
測定→解析→トレーニングのサイクルを回すコツ
- 条件の標準化が命。記録カードに環境と体調を必ず残す。
- 「最速一本」より「全体の安定感」も重視。%SDecとSDの両輪で見る。
- 数字が示す弱点に一点集中で処方。2〜4週間で再評価→調整を繰り返す。
保護者・指導者への最後のアドバイス
RSAの強化は、根性論ではなく設計の勝負です。安全に、正確に、そして同じやり方で測ること。数値をもとに小さな改善を積み上げることで、終盤の一歩、ラストの寄せ、最後のカウンターが変わります。今日から、あなたのチームの標準プロトコルを決めて、継続的に運用していきましょう。